鈴鹿:国見岳・御在所岳
アカヤシオの花見登山。花咲く登山道を周回した。花はキノコ岩より東のヤシオ尾根、中道七合目から八合目過ぎまでが良く咲いていた。
- 登山日
- 2021年4月26日月曜日
- ルート
- 裏道-ヤシオ尾根-国見岳-御在所岳-中道
裏道・ヤシオ尾根


蒼滝大橋東詰に自動車を置いて御在所岳の裏道へ入った。藤内小屋から見える伊勢湾は川越火力から塩浜あたりか。中部国際空港も見えているようだが逆光で判然としない。北谷側へ出て山頂方向を撮影した写真を拡大すると、中道八合目過ぎのテラスに登山者の姿があった。その周辺はアカヤシオの花だ。
北谷を横断して薄暗い道を歩き、左に五輪塔を見れば不動谷に出る。岩を伝って対岸の三嶽寺趾に渡るが、石段とか嫌なのでショートカットを試みた。しかし、古いテープや切れそうな固定ロープはあるが、足下は照葉樹の落ち葉で滑り台状態。慎重に急傾斜を一般登山道まで登ることになった。距離半分で、疲労感は二倍の感じだ。
分岐標識を左へ入って尾根の左山腹を登ればアカヤシオの花が増え、ユルギ岩、天狗岩を遠望する。国見尾根の北側(千種側)からは各所から見えるシンボルだ。江戸時代の国絵図に「ゆる木石山」と書かれたのも当然だろう。(水晶岳は何処にあるのか)








あとはキノコ岩付近まで、「カメラを構えれば風が吹く」の法則と闘いながら、アカヤシオと青空のヤシオ尾根を散策するのみ。良く咲いている。
その先、国見岳北面の県境尾根も開花しているがツボミ状態が多め。開花前線の上昇は一日で25m程度と考えているので、逆方向に歩いた二日前から少し進展した程度。再度、花見に訪れたいが連休初日の荒天予報が恨めしい。
地図の大きさ:600×150 600×300 600×600
地図の大きさ:600×150 600×300 600×600 地図表示について
赤線:登山ルート、:五輪塔、
:キノコ岩、
:桃岩、
:石門、
:霊神碑「覚村霊神」
この地図は Garmin eTrex30 により取得した軌跡を編集して国土地理院の地形図(地理院タイル)に重ねて表示したものです。
御在所岳




県境尾根を御在所岳の三角点へ。山頂部のアカヤシオも未開花のツボミ状態が多い。中腹のアカヤシオは異例の早い開花だったが、山頂部では普通の「早い開花」となった。
芭蕉池へ行けば蛭ヶ野高原から移植されたというミズバショウの花は終わっている。木道は壊れ、「芭蕉池」の看板も撤去された。昔の池塘をさんざんに破壊しておいて、今度はどうするつもりだろう。
中道




中道上部でもアカヤシオは良く咲いた。中道の下降は久し振り。クサリで八合目へ身体を引き上げることが辛い。そして、八合目から下る固定ロープ周辺は、年々岩が東へ移動して溝が開いており不気味だ。風が強い七合目から振り返ると、逆光による濃い陰影の中道にアカヤシオの花色が浮かんでいた。
この先には精彩のあるアカヤシオは残っていない。架線下から見上げるロープウェイのゴンドラが風に揺れる。昨日も強風で午後は運休したが、上部のアカヤシオの強風被害は少なめに見えた。手を振る乗客のオジサン、オバサンに手を振り返す。


最後の木製階段がヒザに応えるので鉄棒を跨ぎ、尾根を直進して道路へ下りた。道路近くには「覚村霊神」の霊神碑があるが、石碑前の黒い石に刻まれた文字を読めた。「村上寅治郎◯」。寅さんだった。最後の文字は「津」か。ならば、もう一文字「島」が埋もれているかも知れない。霊神碑は「福寿講 大先達覚村霊神 大正十二年秋」だ。仮に大正十二年が没年、寅年生まれとすると、慶応二年生まれで57才、安政元年生まれで69才、それとも天保十三年生まれで81才か。表道登山口には尾張津島福寿講とある「御在所嶽御嶽神社登山道」の石標(大正十一年)があるが、村上さんは中道が好きだったのか。中道の霊神碑はこの一基しか知らない。
道路脇に自動車があるので、今日も中道駐車場は満車になったようだ。あとは鈴鹿スカイラインを蒼滝大橋へ戻るのみ。既にアオダモの白い花が道路沿いに咲いていた。
行程表
7:09 | 蒼滝大橋東詰の駐車場 |
7:48 | 藤内小屋 |
8:10 | 五輪塔 |
10:13 | キノコ岩 |
11:57 | 国見峠 |
12:19 | 御在所岳三角点 |
13:04 | 富士見岩、出発 |
15:28 | 鈴鹿スカイラインに下りた |
15:43 | 駐車場 |