相聞  ROUND7 

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本歌    由良のとを 渡る舟人 かぢをたえ 行衛もしらぬ 恋のみちかな  (曾禰好忠)

作品No.37 腹の音 来たる女人(おなびと) かぢを変え 行衛もしらぬ 恋のみちかな  (近藤朝臣)

現代語訳 するめの端切れ嘗め舐め、ボーとして日くれぬ。秋の夕暮れ、虫が鳴いている。今鳴いておかねばと・・というように。あれは命の声なのか。こうしてただボーとしているだけでも何かものがなしいことよ、この炭焼きの煙立ちのぼる秋の夕暮れは。だが、その風情を打ち破るがごとき我が腹の虫。余の腹の虫の音はさすが風情がない。あれ、かすかに愛しい人の近づく気配。郎女様が間近に来られたような。ひょっとして治田峠あたりまで。思わず胸(腹?)ときめく。しかし、ああ、何ということだ。方向をこちら(茨川方面)にではなくあちら(青川、新町方面)へと変えられたような気配が。思う人、頼りにする人を失ってどうしてよいかわからないことよ。

後世の注釈者−評者は秋の虫の音に腹の虫の音が交じるとどんな風情か知らない。しかし、そんなことはどうでもよい。いよいよ間近に来たる郎女様を「女人」という表現はよい。しかし、その読み方が(おなびと)でいいのか。厳密に今調べる余裕がないが、試みに広辞苑ををひもとけばそんな呼称はないような。どうやら杣人の造語であろうか。いかにも管理人が記した如く「あらら」の状況を気配で感じ、内面的に動揺しているさまがうかがえ興味深い。

管理人解説  お見事。現在の状況を述べるには、百の歌の中でもこれしかないと言うハマり歌である。郎女に右折すべき所を左折されてしまい(かぢを変え)、朝臣の狼狽振りがうまく描かれている。女人を(おなびと)と読ませるのは舟人の音に忠実であろうとする表現なのだろう。(にょにん)と読んでは座りが悪い。もっとも筆者もそんな言葉は聞いたことがないが。
 ところで秋の夕暮れと言うのはどうしてもの悲しいのだろう。ふと例えようもない寂寥と孤独感に襲われることがあるが、この歌は腹の虫を鳴かせることによって救われている。


本歌  風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ くだけて物を 思ふころかな   (源重之)    

作品No.38 頭いたみ 胸うつ波の おのれのみ くじけて物も 言えぬころかな   (柳澤郎女)

現代語訳  寒さと疲労とでとうとう風邪を引いて寝込んでしまいました。熱は上る、頭は痛む、心臓はドキドキする。 苦しい身で心は朝臣さまにお逢い出来なかった無念さ!情けなさ!わが身の不甲斐無さに胸が引き裂かれるほどに懊悩するのでございます。 里で豊年満作氏が茨川へ炭焼きをするために行っていると聞きました。きっとお二人は邂逅をして喜び合っておられることでしょう。今頃は宴会でもして盛り上がっているのではないかと想像されます。 これでわが君のお命は助かったと安堵出来たことがせめてもの救いです。

管理人解説  パロディーとしてよくできた歌である。心身の憔悴がよく伝わってくる。しかし展開としてはどうなるのだろう。むろんお二人とも筋書きの無いアドリブでドラマを作っておられるのだが、朝臣と豊年満作が出会ってもこのドラマは終らないのである。やはり朝臣、郎女のハッピーエンドが期待されるところである。まあ、筋書きに管理人が口を出すのは憚られるのでお任せしておきましょう。


本歌   難波がた みじかきあしの ふしのまも あはで此よを 過してよとや  (伊勢)

作品No.39   汝彼方 身近にあっしと 月飲まず あはで此よを 過してよとや   (近藤朝臣)

(注)月飲むとは、月見酒をいう。しかし、単に月を愛でながら飲むだけではない。杯になみなみとつがれた美酒に秋の月を浮かせて−月を映らせて−杯の中は小宇宙−その月を飲むことをいう。風流なことよ。

現代語訳  あなたは遠く彼方へ行ってしまわれた。こんな美しい月の夜、あっしと一献傾けながら、あれやこれや語らうこともなく、この世を空しく終えてしまえとおっしゃるんでござんすか。こんなにあっしが恋慕っているというのに。

後世の注釈者  郎女様がいまどんな心労の中にあるのか、杣人自身が今どんな状況におかれているのか、まるで本人はわかっていないようだ。こんな状況下によくしゃーしゃーと(注)までつけて何が風流なことか。こんな月見酒はきっと風流なことであろう。私もしてみたいものだ。しかし、今の状況をよく考えよ。自己客観視できぬ典型的なおめでたさ。これはこれまでの相聞の随所にすでに見られていたのだが、ノーテンキも極まったというほかはない。道迷い、人さまに迷惑と心配をかけたことの責任をきちんととってから、風流を言いなさい。ほんに情けないことよのう。

管理人解説  冴え冴えとした月明かりに照らされた夜気の冷たさが、心に染み入ってくるような秀歌だ。同じ原作で作った筆者の「歯ガタガタ 〜」とは風情に雲泥の差がある。一句、二句の置き換えがなかなか良い。下戸の筆者もゲッコー(月光)を浮かべた酒なら旨そうに思える。
 但しこれは朝臣の願望であり、現実はノシイカの切れ端も尽きた頃で酒どころではない。果たして郎女と差し向かいの月見酒を酌み交わす日は来るのだろうか。


本歌   このたびは ぬさもとりあへず 手向山 もみぢのにしき 神のまにまに    (菅家)     

作品No.40  このたびは 逢うもとりあえず 出来なくて もみぢの錦 君が待つ間に    (柳澤郎女)

現代語訳   このたびの山行きでお逢いする事が出来なかったので、その寂しさが私を病に臥させてしまいました。わが君は「もみぢかた敷き草枕」をいかに忍んでおられるのでしょう。 かって都落していく平家一族の「平忠度」の有名な歌に
『行き暮れて 木の下かげを 宿とせば 花や今宵の あるじならまし』
 歌にも武にも秀でた武将のこの期に及んでもなお優れた歌を詠むこの境地 きっとわが君も寂寥の中で凛としてこの「もみぢの錦」をめでておられることと思われます    

管理人解説 どうもこの相聞も格調が高くなってきた。平忠度の歌を有名と書いてあるが、筆者はトンと知らない。まあ、もともと解説など書ける素養などありはしないのだからお許し願おう。しかし意味は分かる。実際この間、山で「木の下かげを 宿と」している人を見たのである。まこと羨ましい境地である。
 朝臣も好むと好まざるにかかわらずそうしているに違いない。コアラのようにブナに抱きついて鼻ちょうちんを出しているかもしれない。果たして郎女の病は癒えるのだろうか。


本歌     つくばねの 峰より落つる みなの川 こひぞつもりて 淵となりぬる (陽成院)

作品No.41  御池岳の 峰より落つる 丁字尾根 こひぞつもりて ぶなとなりぬる   (近藤朝臣)

現代語訳  (郎女様は病に伏しておられるとか。余もふらふらであるが、郎女様はいかがなるか。夜もふけてしまい、身動きできぬ。こうして茨川の黒ちゃん麻呂の炭焼き小屋のそばの大木の下で宿りつつ、空腹と朦朧とした頭で月を眺めながら静かに一夜を過ごしている。そうしていると、あれやこれや、夢か幻か、いろんなことが頭を駆け巡ることよ。あれはいつだったか。つい昨日のようでもあるし、何年か前のことだったかもしれぬ。秋の盛りに丁字の尾根に山吟行にでかけたのは)

 御池岳の広大な峰から落ちるように派生している丁字尾根(注−都に住む万手麻呂氏によれば、あの尾根にはまだ丁字桜は見たことがないという。残念じゃ。あの尾根に奥丁字桜が咲けば、丁字尾根と名付けることができるのに。それまでは緑水皇子と余との合作−あるふぁべっとのTの字しか使えぬのか。でもここでは丁を使ってしまおう。相聞にあるふぁべっとなど使えるか)、落葉豊かに埋まるあの美しい尾根にすっくと立っているぶなの林。あの一本一本には、余と郎女様との恋も、人々の真摯な恋の物語も積もり積もっているからこそ、あんなにやさしく立ち上がっているのだろう。お花と幸助の悲恋も、250年もの樹齢を重ねると聞くあのぶなは、静かに受けとめていたのだろう。

作者注  朦朧として夢と現がごっちゃごちゃ。あの遠い丁字尾根を霧の中,秋の盛りに金麻呂、黒ちゃん麻呂主催で、近江の太郎麻呂、都の万手麻呂、へべれ麻呂、計国太夫らと吟行したのはいつのことだったろう。昨日のような気もするし、何年も前のような気もする。ぶなの樹の年齢をお聞きしていたのは確か、悦女(朝顔につるべとられてもらい水の作者は加賀千代女、高浜虚子の弟子で孤高の俳人−谺して山ほととぎすほしいまま−の作者は杉田久女という用法に従う)と鈴(リン)女。静かな立ち姿で一心にひたすらぶなの大樹を見上げていたのは妙女。寝っころがって全身でぶなと対面していたのは確か巴菜女(余も真似をして一緒に寝っころがったことはかすかに覚えておる)だったような。歌人によりいろんな吟じ方があるものよと、余はぶなの大樹に抱きつきながら思ったことよ。あれ、ではどこかで聞いたこの歌の作者は一体誰なのじゃ?
  「霧かかる T字の尾根の ぶなの木や この日の客に 衣染めしや」  ひょっとしてあの吟行の場に、郎女様もおられたのか?まさか? いや、そうでなかったら「衣染しや」など、あの世界を歌えるはずはない。そうか、あの場に同行されていたのか。愚かにも気づかぬめでたさよ。キャッキャッとぶなに大きく受けとめてもらって、一緒にはしゃいでおられたのか。そうでなければあの歌は詠めぬ。これは幻か?ぶなという字は「木」に「無」と書く。「手」に「無」で「撫でる」。そうならばあの柔らかな樹肌に僕たちはやさしく撫でられていたのかも。あの樹肌のやさしさは、人々の無数の恋の悲しみも喜びもすべて昇華したものであるに違いない。

管理人解説  かの丁字尾根を「峰より落つる」に掛けたのは卓抜な着目であり、絶賛に値する。ボタンブチ辺りから眺めれば、まさに実感されるであらう。さう云へば筆者も朝臣、麻呂、太夫、○女らの諸氏と丁字尾根(ちゃうじおね)にゐたやうな気がする。さらに「衣染めしや」の歌を聞くにつけ、病床より遊離せしめたる郎女の魂も参加してゐたかも知れぬ。
 250年前と云へば徳川吉宗の一子、家茂の治世であり、大岡越前守忠相が老境を迎へ隠居した頃だ。ちゃうどその頃郎女好むところの西洋音楽界では独逸の大作曲家J.S.バッハが没してゐる(1750)。「お父さんの木」と云はれるぶなは「音楽の父」と称されたバッハの生まれ変はりではないだらうか。バッハが丁字尾根に登ったと云ふ話は聞かないが(あたまえぢゃ)、魂は時空を越へると云ふ。
 このやうな我々が歴史でしか知りへない時代に、丁字尾根のぶなは大地に芽吹ひたのである。動かざる事山の如し・・・人の寿命をはるかに凌駕して大地に根を張るぶなの大木たち。面白うてやがて悲しき人々の営みを見守っているのだらうか。黙して語らぬぶなではあるが、その木肌には安らかなぬくもりがある。

注: なほ旧仮名遣ひになってゐるのは、戦前の名著「近畿の山と谷」に没入していた影響と思はれたい。

お詫び  作品41及び現代訳、作者注の中の「ぶな」は原作では木偏に無と書く漢字でしたが、HTML形式では文字化けしますのでやむなく平仮名としました。 そのつもりでお読みください。


本歌   あらざらむ この世のほかの 思い出に いまひとたびの あふこともがな  (和泉式部)

作品No.42   あらざれる この夜の夢の 思い出は いまひとたびの あふこともがな     (柳澤郎女)

現代語訳   熱に浮かされて幻覚を見ているのでしょうか。朦朧として、霧の中を漂っているような、ぶなの林を彷徨っているような、霧の中から現れるぶなの木が、朝臣さまのお姿に見えたような、濃い霧の中にすべてかき消されて、何も見えなかったような・・・・・・ 私は夢でさえも朝臣さまにお逢い出来なかったのでございます。   本歌の和泉式部は
        『黒髪の 乱れもしらず うち臥せば まづかきやりし 人ぞ恋しき』
と絶唱しております。 私は髪も乱れ、心も乱れに乱れまくって、うち臥しているのでございます。

管理人解説  本歌の「あらざらむは「私はまもなく死んで世を去るでしょう」と言う意味である。それに対して「あらざれる」という日本語?は如何に解釈するべきや。これはそうした考え方でなく、(朝臣が夢に)現れなかったという意味だろう。直訳すると「夢の中でさえ朝臣様に逢えなかったので、もう一度ぜひあなたにお逢いしたいものです」というところか。もがなは願望の終助詞。
 「黒髪の〜」という歌は『後拾遺和歌集』の中にある。百人一首ではないので参考までに訳を付けておこう。
あまりの悲しさに髪が乱れるのもかまわず泣き臥していると、こんなとき側に来て髪を撫でて慰めてくれたあの人が恋しいのです。
 和泉式部は師宮敦道親王との恋を十ヶ月にわたって綴った「和泉式部物語」など官能的、情熱的な歌が多い。

追記: 作者柳澤様より注釈が入り、あらざれる・・・は病におかされて身も心も荒れている様を現わしているそうです。漢字で書けば「荒ざれる」となるでしょう。    


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