昭和の歌,平成元年,平成2年,平成3年,平成4年,平成5年〜,平成7年,平成8年,平成9年〜,平成11年〜,平成13年〜,平成15年〜,平成17年〜,平成19年〜,平成21年〜,平成23年〜,平成25年〜,平成27年〜,平成29年〜,平成31年
目次
平成2年
会いたい,愛は勝つ,悪の華,あー夏休み,Easy Some Easy Go!,1990,愛しい人よGood Night…,今すぐKiss Me,WEEK END,WON’T BE LONG,笑顔の行方,OH YEAH![眠れない夜が],小樽運河,踊るポンポコリン,ギンギラパラダイス,くちびるから媚薬,恋唄綴り,恋しくて,荒野のメガロポリス,告白,CO CO
RO,心の旅,壊れかけのRadio,サイレント・イヴ,酒場,サマータイムブルース,さよなら人類,THE POINT OF LOVERS
NIGHT,Shake Hip!,忍ぶ雨,少年時代,JEALOUSYを眠らせて,JEEP,ジプシー,ジュリアン,情熱の薔薇,酔歌,ZUTTO,Sexy
Music,千流の雫,TIME TO CPUNT DOWN,太陽のKOMACHI ANGEL,天と地と〜HEAVEN
AND EARTH〜,Dear Friend,Dream On抱きしめて,虹の都へ,にちようび,ニュー・ムーンに逢いましょう,NO TITLIST,働く男,BE THERE,P.S. I LOVE YOU,PURE GOLD,プレゼント,Boys Kiss Girls,真夏の果実,Midnight Taxi,見逃してくれよ!,夢を信じて,夜明けのブレス,夜にはぐれて〜Where
Were You Last Night〜,らんちう,Little Birthday,浪漫飛行,私について
会いたい(2021.2.13)
平成2年,詞:沢ちひろ,曲:財津和夫,唄:沢田知可子
「ビルが見える教室で ふたりは机 並べて 同じ月日を過ごした」と始まる。
それが,突然「あなた 夢のように 死んでしまったの」となるが,信じられないようだ。いろんなことを思い出し,「約束したじゃない あなた 約束したじゃない 会いたい・・・」と歌は終わるが,心の区切りはとてもつきそうにない。
愛は勝つ(2020.9.19)
平成2年,詞;KAN,曲;KAN,唄:KAN
「心配ないからね 君の想いが 誰かにとどく 明日がきっとある」と始まる。
「どんなに困難で くじけそうでも 信じることを決してやめないで」と人生の応援歌だ。若干宗教的匂いがしないでもないが。
「必ず最後に愛は勝つ」というメッセージが強く伝わって来る。平成の名曲のひとつだろう。
昭和以前ならば『正義は勝つ』が主流だったとは思うが現実には正義が勝てない場合も少なくなかった。平成では愛が勝てたのだろうか。
悪の華(2024.6.19)
平成2年,詞:桜井敦司,曲:今井寿,唄:BUCK-TICK
「遊びはここで 終わりにしようぜ 息の根止めて Braking down その手を貸せよ 全て捨てるのさ 狂ったピエロ Bad Blood」と始まる。
私にはよく理解できない詞。「夢見たはずが ブザマを見るのさ」,「熱くキラメク ナイフ 胸に抱きしめ」,「Lonely nights 凍える夜に叫び続ける 狂いだせ Blind-Blue-Boy」などの詞から,現状に満足していないということは解るのだが。
曲は聞き馴染みのある比較的ソフトなロックだ。
あー夏休み(2023.12.29)
平成2年,詞:前田亘輝,曲:春畑道哉・前田亘輝,唄:チューブ
「湘南で見た 葦簀(よしず)の君は 誰かれ振り向く切れ込み feel so Good!」と始まる。
「夏の少女 一度お願いしたいね I love you 連発する渚のオオカミboy」。いかにも私がイメージする平成boyだ。昭和boyにもこういうのはいたかもしれないが,昭和の場合にはプチブル1)以上の避暑地での出来事のイメージであるのに対し,平成では庶民にまで広がっているイメージがある。
「あー夏休み」と叫ぶ箇所はいかにも日頃の種々の制約から解放された夏休みという雰囲気がよく出ている。
1) 「プチブル」:昭和40年代に流行した学生運動用語。プチ・ブルジョワ。ここでは学生運動家がこの語に込めた意味とは無関係に,単に避暑に行くような小金持ち以上という意味で使っている。
Easy Some, Easy Go! (2022.4.26)
平成2年,詞:稲葉浩志,曲:松本孝弘,唄:B’z
「さよなら言われた後で もう振り向かない 別れにすがって生きる 女にはなれない」と始まる。
「別れにすがって生きる」からどういう意味か解らない。そもそもこの詞の主体は男なのか女なのか。男性の視点で複数の女性が歌われているようにも感じるが,人物の書き分けが不明瞭でよく解らない。
「踊ろよLADY」と何度か出てくるが,結局それだけのように感じる。「幸も不幸もEASY COME, EAASY GO!」とお気楽そうだが。
1990(2025.9.20)
平成2年,詞:吉川晃司,曲:布袋寅泰,唄:COMPLEX
「抱きしめたこの腕をもうはなしはしない もう二度とその瞳戸惑いで曇らせない」と始まる。
「今すべての想い出を投げ捨てて 今すべての夢に勇気を込めて 今すべてをこの愛にかけてみる」というのが結論のようだ。この結論に至る思考プロセスも書かれているようなのだが,私には共感を持って追体験することができない。何かが根本から違っているのだろう。
曲はあまり抑揚が無いが,ロックのリズムはしっかり刻まれており,リズムで聴かせようとする歌なのだろう。
尚,タイトルの読みは「いちきゅうきゅうぜろ」。
愛しい人よGood Night…(2025.11.10)
平成2年,詞:稲葉浩志,曲:松本孝弘,唄:B’z
テレビ朝日系ドラマ『代表取締役刑事』(舘ひろし,高松英郎)エンディングテーマ。
「灯をともそう 二人が歩いてきた日々に 強い女(ひと)と決めつけてた きみの涙がそう言ってる」と始まる。
6分13秒という長い曲だ。歌詞が特別長いというより,ゆっくり唄っているからだろう。
「裏切り こわしかけた愛は 今強くなってる」「ありがとう きみをずっと守りたい 悪い予感はどうか捨てて 愛しい人よ Good Night…」
なんとなく自己中の臭いを感じるが,それを反省して成長しているようにも感じる。まあ,今後どうなるかを見たいものだ。
今すぐKiss Me (2020.7.27)
平成2年,詞:朝野深雪,曲:平川達也,唄:LINDBERG
「歩道橋の上から 見かけた皮ジャンに 息切らし駆け寄った」と始まる。
何度も「ドキドキすること やめられない」と出てくるが,敢えてドキドキすることをしているという意味と,ドキドキが止まらないという両方の意味があるのだろう。
ドキドキ感は解らなくもないが,ドキドキの状況は4半世紀前とは大分変わっているようで,この歌の状況は理解できない。
WEEK END(2022.8.9)
平成2年,詞:YOSHIKI,曲:YOSHIKI,唄:X
「I hear a knock on the door 激しくせまる 失いかけた意識のなかで」と始まる。
続く歌詞は世の中に背を向けているような印象だ。このような曲はかなり好みが別れるのではないか。
この曲のようなヘビメタ系は歌謡曲とはかなり距離があり,レッド・ツエッペリンなどが歌謡曲と一緒に論じられることはなかったが,昭和末期から歌謡曲が落ち目になり,J-POPの勢力が強くなり,ハードロックでも何でも日本発ならJ-POPの一部に抱え込むようになったらしい。
WON’T BE LONG(2021.3.28)
平成2年,詞:Bro. KORN,曲:Bro. KORN,唄:バブルガム・ブラザーズ
「OLY OLY OLY OH! YELY YELY YELY YEAH!!」と始まる。しばらくこの掛け声のようなフレーズが繰り返された後「たりない頭なら 知恵を盗みゃいい」と続く。その先がよくわからないのだが,「もうすぐさ 笑えるのは」というメッセージは伝わって来る。
歌詞よく解らないが,曲は単調というか,繰り返しが多いので聴くのに緊張を強いられず,気楽に聴くことができる。
WON’T BE LONG(2023.1.15)
平成2年,詞:Bro.KORN,曲:Bro.KORN,唄:バブルガム・ブラザーズ
「OLY OLY OLY OH! YELY YELY YELY YEAH!! THE UP, TOWN TOKIO, SLAMIN’ NIGHT!!」と始まる。
「たりない頭なら 知恵を盗みゃいい ちょうじり合わすなら うそも必要さ」などの歌詞もあるが,全体の意味が理解できない。「もうすぐさ どどくまで」とか「もうすぐさ 笑えるのは」などというのも解りそうだが解らない。重要なフレーズは「おまえのために すべて」なのだろうが,「おまえ」がどんな人物なのか(ひょっとしたら人ではないのかもしれないが)すら全く不明で,消化できない歌だ。
笑顔の行方(2021.1.4)
平成2年,詞:吉田美和,曲;中村正人,唄:DREAMS COME TRUE
「卒業アルバムの 最初の春のページ 無邪気に笑う私がいる」と始まる。
聴こえないわけではないのだが,作詞者と思考パターンが違うのだろう,詞が頭に入って来ない。
何度か聴いていると内容が解るような気がしてくる。
どうもイントロ部では,以前は無邪気だったと言いたいようだ。それが今では「手を伸ばす勇気」があると言いたいようだ。「ベクトルの行方は あなただけに向かっている」とあり,全体の構成が解るとこの意味も解る。「たった一言がいつも言えなくて」というのも,どんな一言なのかは明示されていないが,今なら「きっと言える きっと届く」と思える。「今ならもっと」「素直に笑える」ということなのだろう。
詞を読めばそう書いてあるではないかと言う人も居るだろう。しかし,私にはそう聞こえなかったのだ。恐らく,言葉の配置が私の予想と違っているからなのだろう。私の対応力が鈍っているのだ。
OH YEAH! (2020.8.25)
平成2年,詞:中山加奈子,曲:奥井香,唄:PRINCESS PRINCESS
「眠れない夜が続き ウロウロとオリの中」と始まる。
やはり若者向けの歌というしかない。今の私にはもちろん,当時の私にもついて行けない。10代の私だったら曲としては好んで聴くこともあっただろう。しかし,詞は10代の私でも理解・共感できない。年齢差よりも時代差なのだろう。
ロックが嫌いという訳ではないのでこの曲が流れていれば身体はリズムに反応するだろう。
小樽運河(2024.4.11)
平成2年,詞:吉岡治,曲:弦哲也,唄:都はるみ
「精進おとしの 酒をのみ 別の生き方 あったねと… 四十路半ばの 秋が逝き セピア色した 雨が降る」と始まる。
作詞・作曲・歌手からはどう見ても演歌なのだが典型的演歌とはやや雰囲気が異なる。まあ出だしは演歌ととしても全く違和感なしだが。
最初に「イエスタデイを聴きながら」と出てきたときには当然ビートルズの曲を思い浮かべている。ところが次は「イエスタデイを抱きしめて」とくる。これは文脈からは『昨日』あるいは近い過去のようだ。そして最後に「イエスタデイをもう一度」とくるともうカーペンターズの曲しか思い浮かばず,演歌とは程遠くなってしまう。
踊るポンポコリン(2020.7.16)
平成2年,詞:さくらももこ/亜蘭知子,曲:織田哲郎,唄:B.B.クィーンズ
「なんでもかんでもみんな おどりをおどっているよ」と始まる。
「エジソンは えらい人」など,この歌の中でとどんな役割があるのかわからないが,わからないうちに「ピーヒャラ ピーヒャラ」と終わっていく。バブリーな時代を象徴するような歌だが,数多くの賞を受賞している。
テレビアニメ『ちびまる子ちゃん』のエンディングテーマ。長期間使われているのでオープニングテーマとして使用されている場合もある。
ギンギラパラダイス(2021.8.3)
平成2年,詞:長戸大幸,曲:織田哲郎,唄:B.B.クイーンズ
「やって来ました あこがれの Seaside 冬だと思えば 暖かいけど 夏だとおもえば 暑いだけ」と始まる。
「今頃 日本は 雪の中」というのだから外国なのだろう。「焦げつく素肌に Ocean View」とか「風が止まれば サウナ風呂」「焦げつく素肌 大ヤケド」とか,いかにも暑そうだ。
遊びならば暑くてもいいだろうが,仕事なら暑いのは大変だ。「ギンギラ」は暑いことを表しているのだろうし,「パラダイス」というと仕事よりは遊びだろう。楽しんでくれ。
くちびるから媚薬(2020.10.14)
平成2年,詞:松井五郎,曲:後藤次利,唄:工藤静香
「ちょっと待ってよ ねえ なんて言ったの いま」と始まる。
軽快なメロディーだ。工藤に軽快なメロディーが似合うかどうかは疑問だと思うが,この曲はよく合っている。歌詞も良く聞き取れるのだが,全体として何が言いたいか解らない。作詞者の思考の流れが,私が持っているいくつかの思考の流れのパターンのどれとも合致しないからだろう。歌詞を読んでも理解できないが,その理由は各フレーズの主語が自分なのか相手なのかが私にはすぐに判断できないからではないかと感じる。
恋唄綴り(2021.1.23)
平成2年,詞:荒木とよひさ,曲:堀内孝雄,唄:堀内孝雄
「涙まじりの 恋唄は 胸の痛さか 思い出か」と始まる。
平成には珍しい定型詩だ。作られるのが珍しい訳ではなく,ヒット曲になるのが珍しいだけで,荒木にとってみれば,普通に書いただけなのだろう。
堀内はアリス時代にも演歌テイストに近い歌1)なども書いていたが,ソロになってからはニューアダルトミュージック路線などとより演歌テイストに近づいたようだ。
ところで,私はいろんな歌の歌詞に文句をつけていることを自覚しているが,この歌では歌詞に対する文句はない。歌詞が予定調和の範囲にあることとと,メロディーに違和感がないので曲の途中で引っかかることがないからだろう。
1) 「秋止符」(昭和54年,詞:谷村新司,曲:堀内孝雄,唄;アリス)
恋しくて(2024.7.24)
平成2年,詞:BEGIN,曲:BEGIN,唄:BEGIN
「恋しくて泣きだした 日々などもう 忘れたの 今さらは 戻れない キズつけあった日々がながすぎたの」と始まる。
「かわす言葉 ゆきづまりのウソ 好きなら好きと Say again 言えばよかった」と後悔しても遅いことは昭和人間なら知っていた。
曲は聞き馴染みがないが,歌詞には「切なくて 悲しくて 恋しくて 泣きたくなる そんな夜は OH ブルース OHブルース」とあるのでブルースなのかという気もする。昔,社交ダンスの入門講習で最初に教えられるのがブルースだったが,この曲で踊るのは初心者には難しそうだ。念のためWikipediaを煮たらJ-POPとあった。どうもほとんどの和製の歌がJ-POPに分類されているようだ。
TBS系ドラマ『新金色夜叉 百年の恋』(石橋保,横山めぐみ)主題歌。
荒野のメガロポリス(2023.3.24)
平成2年,詞:飛鳥涼,曲:飛鳥涼,唄:光GENJI
「青い空が 消えて行く 寒い寒い 夢の中」と始まる。
「赤い羽根の 馬が飛ぶ」などと出てくると私にはもう理解できない。解らないフレーズが多いだけでなく,フレーズ間の関係も理解できない。要するに私には理解できない歌。いろんなヒットチャートで上位を獲得しているようなので,私が時代についていけなくなったということなのだろう。
頭が固くなり,浸み込んだ固定概念に反することは受け付けなくなる。これが老いるということなのだろうか。
告白(2024.3.7)
平成2年,詞:竹内まりや,曲:竹内まりや,唄:竹内まりや
「Why? 寝付かれぬ夜 鳴り響く電話のベル Sigh… 虚ろな耳に 懐かしい貴方の声」と始まる。
どうも元彼から電話のようだ。「違う道を選んだあなたに 今ごろ愛打ち明けられても 引き返せないと知ってるから この暮らし壊さないで」とは言ったが「受話器置いて せつなさに泣き崩れた 女心はいつも言葉と 裏はらな企みかくしてる どんない遅すぎても告白 待ちわびて生きているの」と歌詞中の説明が詳しく,私のような鈍い者にも状況がよく解る。
「Ah,失ったあとで 真実に気付くのは何故」とあるが,これは古来よくあることで仕方がない。経験した後では既に遅く,経験に学ぶことができないからだ。
日本テレビ系『火曜サスペンス劇場』の9代目主題歌。
CO CO RO(2025.3.8)
平成2年,詞:森浩美,曲:馬飼野康二,唄:光GENJI
「信じてない 信じている だけどいつか Wake Up, Baby」と始まる。
「CO CO RO だけは裸になれ すべてを見せればいいのさ カンジながら 磨きながら HEARTの奥までも…」などと言っているが,自分は心の全てを見せているのだろうか。自己中心的な歌詞が明確にあるわけではないが,何となく自己中心的な雰囲気を感じる。平成の歌にはこのような歌が多いような気がする。
心の旅(2024.5.16)
平成2年,詞:財津和夫,曲:財津和夫,唄:吉田栄作
「あーだから今夜だけは 君をだいていたい あー明日の今頃は 僕は汽車の中」と始まる。
「旅立つ僕の心を 知っていたのか 遠く離れてしまえば 愛は終わるといった」。そう,昔は遠距離恋愛は破局の元だった。交通は不便,電話代も高価,通信手段は郵便だけだから日が経てば次第に関係が薄れる。
「いつもいつも時でも 僕は忘れはしない 愛の終りがあって 心の旅がはじまる」というしかなかった時代だ。
昭和48年にチューリップが唄った歌のカバー。
壊れかけのRadio(2021.6.9)
平成2年,詞:徳永英明,曲:徳永英明,唄:徳永英明
「何も聞こえない 何も聞かせてくれない」と始まる。「ベッドに置いていた 初めて買った黒いラジオ」のことなのだろう。
「思春期に少年から 大人に変わる 道を探していた 汚れもないままに」とあり,何となく少年は汚れが無いことが自明のようなフレーズだが,汚れが無いかどうかは人によるのであって年齢によるわけではない。
ともあれ,以前は「ラジオは知っていた 僕の心をノックした」のに最近は「何も聞こえない」のだ。「本当の幸せ教えてよ 壊れかけのRadio」と終わる。
「本当の幸せ」などというものを探しているということはまだ若いということかも知れない。
TBS系列の金曜ドラマ『都会の森』のオープニングテーマ。
サイレント・イヴ(2021.3.6)
平成2年,詞:辛島美登里,曲:辛島美登里,唄:辛島美登里
「真白な粉雪 人は立ち止まり 心が求める場所を思いだすの」と始まる。
「なぜ 大事な夜にあなたはいないの」と言っているが,「さようならを決めた」のは自分なのだ。あからさまには述べていないが,「もう二度と二人のことを邪魔したりしない」とあるので,「邪魔しないため」に「さようならを決めた」のだろう。中島みゆきの世界に近いが中島の詞より別れの理由がオブラートに包まれていて直接的ではない。曲もニュー・ミュージックの一人の旗頭である中島より昭和の歌の路線を濃く受け継いでいるようだが流行歌の系統ではなく,童謡・唱歌の系統のように感じる。
酒場(2025.1.17)
平成2年,詞:三浦康照,曲:叶弦大,唄:冠二郎
「どこにもあるような 酒場の片隅で ひとりで呑む酒に あいつが眼に浮かぶ」と始まる。
「酒場の止まり木で あいつを見つけたよ」とあるので客のようだ。昭和なら酒場の女となるところ,さすが平成,一人客のようだ。
「一緒に暮らそうと あのとき言えたら」と後悔があり,「あいつは あいつは… どこにいる」という歌。
平成になっても,このような酒場は残っているようだ。
サマータイムブルース(2023.4.30)
平成2年,詞:渡辺美里,曲:渡辺美里,唄:渡辺美里
「天気図は 曇りのち晴れの予報 週明けの第三京浜 選んだ」と始まる。
「とりのこされたの 私のほうで きっと自由になったのは きみね」。これだけで状況が解る。あと」は海岸の描写。絵を見るようだ。
「見えない永遠よりも」「すぐそばの きみと今日 信じていた」とあるが,後悔している様子はない。「次の波 やってきたら」「もう一度 駆け出すよ 裸足のままで」と前向きなようだから成長の過程にあるのだろう。
さよなら人類(2020.8.4)
平成2年,詞:柳原幼一郎,曲:柳原幼一郎,唄:たま
「二酸化炭素をはきだして あの子が呼吸をしているよ」と始まる。
歌声だが,地声では内容で,作り声のようには聞こえるが,歌を正式に学んだ発声のようには聞こえない。昭和49年代から,このような唄が増えてきた。
歌詞に「野良犬は僕の骨くわえ」と出て来たところで普通の歌ではないことが解る。歌詞の意味を深く理解しようとしても無理なようだ。意味の解らない歌を積極的に聴くことはないのだが,「ピテカントロプスになる日も 近づいたんだよ」の一節は耳に残っており,いつの間にか聞いていたのだろう。
THE POINT OF LOVERS NIGHT(2021.8.30)
平成2年,詞:小室哲哉,曲:小室哲哉,唄:TMN
「電話ボックスに忘れたカセットで 君のメッセージ僕に伝わった」と始まる。
小室にしては詞も曲も昭和的な歌だ。まあ電子音は昭和末期以降のものだが。
「ただ寄り添って時を感じていたら 一人じゃなくて二人だけの明日が来る」などというのは聞き流してもいいのだが,どのような意味だろうと考えだすと解らなくなる。やはり平成の歌らしく,詞は自分の気分を表しているようだ。ストーリーテラーの昭和の作詞家が書いた詞のように状況を理解することは難しい。
Shake Hip! (2021.12.31)
平成2年,詞:米米CLUB,曲:米米CLUB,唄:米米CLUB
「Youの心 ヒュージョン ルージュからレイザー発してるよ」と始まる。
最初から解らない。歌声が聞こえないわけではないのだが,意味がわからないので聞き取れない。歌詞を読むとそれほど難しいことを言っているわけではないようだ。というか「Shake Hip! ゆれる度に Oh! SEXY Shock!」が全てのようだ。だから歌詞など聞きとれなくてもいいと考えているのではないか。
曲は私が中学生だった頃なら魅かれたかもしれない。しかしこの曲の当時,既に私は世間から中年と呼ばれる年齢だった。このような曲に身を任せつつ身体を動かしているには,日々の仕事で疲れ切っていた。
忍ぶ雨(2024.11.27)
平成2年,詞:たきのえいじ,曲:市川昭介,唄:伍代夏子
「人目に触れる 花よりも 影で 寄り添う 花がいい」と始まる。
七五調の定型詩,曲も典型的昭和演歌だ。歌詞の内容も「あなたを真似て 飲むお酒」「うわべで飾る しあわせは しょせん ふたりの 身につかぬ」と平成的な雰囲気は感じられない。内容に感動を覚える訳ではないが,昭和人には安心して聴いていられる歌。
少年時代(2021.9.28)
平成2年,詞:井上陽水,曲:井上陽水・平井夏美,唄:井上陽水
「夏が過ぎ 風あざみ 誰のあこがれに さまよう」と始まる。
初期の陽水には違和感だけをもっていた。陽水だけではなくユーミンにも違和感があった。しかし,どちらも,何回も聴くと慣れてきて,昭和の代表的シンガー・ソング・ライターだと感じるようになった。最初から違和感なしに聴くことができたのは中島みゆきと小椋佳かもしれない。
個人名を挙げてしまって,困ったことになった。ほかにも挙げるべき名前が次々に浮かんでくる。列挙して,書き忘れがあると申し訳ないのでこれ以上書かずにおこう。
陽水は最初は違和感があったが,平成になってからも昭和感を残していて遥かに聴きやすくなった。この歌でも「私の心は夏模様」という解るような解らないフレーズで終わっているにも関わらず昭和の雰囲気で聴きやすい。
JEALOUSYを眠らせて(2020.11.14)
平成2年,詞:KYOSUKE HIMURO・GORO MATSUI,曲:KYOSUKE HIMURO,歌:氷室京介
「風を追い越してMidnight Cruise 今ふたりは 流星に変るのさ」と始まる。
詞の各フレーズには理解困難なものは無いが,フレーズ間の繫がりが私には解らない箇所が少なくない。
「Baby I’m in blue いつだってジェラシー」と何度も繰り返されているが,何がどうしてこうなのかということが解らない。解らないから共感できない。
ひょっとしたらblueな理由は自分でも解っていないのかもしれない。若者にはありうることかも知れない。
JEEP (2022.5.30)
平成2年,詞:長渕剛,曲:長渕剛,唄:長渕剛
「ワークブーツにはきかえ 赤いジャンパーひっかけ 夜明け前の湾岸道路を俺は西へと走らせ」と始まる。
「悲しくてやりきれなかった」,「愛されていなかったのかも」,「不安ばかりの夜だった」ということで夜明け前から海を見るためにジープを走らせているようだ。走っているうちに「すべてを許してみよう」,「あいつを愛してやろう」と心が落ち着き思いが変わってきた。
曲の特徴としては,フレーズの末尾にアクセントが置かれていることだ。脚韻も踏んでいるようで,ラップの真似をしているのかとも思うが,フレーズ末アクセントというと大学紛争時代のアジ演説を思い出す。アジ演説ではではアクセントがあるだけでなく音の長さも伸ばしており,この曲では末尾の音の長さは短いのでラップ調に聞こえることは聞こえるのだが,私はそれがいいとは思わない。
ジプシー(2021.11.28)
平成2年,詞:魚住勉,曲:馬飼野康二,唄:児島未散
「昨日(きのう)から 降りつづく 雨の日は」と始まる。
「だれか悲しい恋を 忘れさせてほしい あなたの傷あと 痛むから」という歌。
「捨てられた姿の 愛のジプシーよ」と終わるのだが,「ジプシー」という言葉は差別語であるとして使用しない方向に流れている。
山口百恵の『謝肉祭』の歌詞に「ジプシー」がでてくるが,引退コンサートが最初にDVD化されたときはこの問題のせいか『謝肉祭』1)は収録されなかったそうだから,このころ「ジプシー」が避けるべき言葉とされたようだ。その後再びDVD化されたときには『謝肉祭』も完全版で収録されているらしいので,その後「ジプシー」の使用が解禁された可能性もある。
あまり関係はないが,山口百恵には『プレイバックpart2』2)の『真っ赤なポルシェ』という歌詞を紅白では『真っ赤なクルマ』と唄わされたという都市伝説?がある。私もそのような記憶をもっていたが,紅白の録画を見ると『真っ赤なポルシェ』と唄っているらしい。紅白以前にNHKでこの歌を唄ったときは『真っ赤なクルマ』と唄っていたビデオがいくつも残っているらしい。どうも,初期には『クルマ』と唄っていたのが,紅白で『ポルシェ』と唄って以来、NHKでも『ポルシェ』が黙認されたようだ。このような事情が混同され,伝説になったらしい。
さて,「ジプシー」だが,元はどこからやってきたかわからぬ集団に対してエジプトからやってきた人々(エジプシャン)と呼んだことにあるようだ。もちろんエジプトから来たとは限らない。社会に溶け込もうとしないので,社会の底辺に位置することになる。もとは単にエジプトから来た人々の意味だったのに,社会の底辺の人々との意味が加わり,差別語とみなされるようになった。もとがエジプシャンなのだから何ら差別的な意味はないという説もあるらしい。しかしジプシーと呼ばれる移動型民族が自分たちをジプシーと呼んでいるわけではなく,外部のものがそう呼ぶのだ。移動型民族は幾つもあるらしいが,中東欧に住む移動型民族の代表が北インドのロマで,彼らは自称『ロマ』と呼ぶらしい。これを受け,NHKは「ジプシー」は使わず『ロマ』と言い換えるようだ。
この歌の「愛のジプシー」はエジプトから来た民族という意味より,下層民という印象が強く,だとすれば差別語として使われている印象を受けるので,このような使い方の是非は再検討すべきではないか。
ジュリアン(2021.5.15)
平成2年,詞:中山加奈子,曲:奥居香,唄:PRINCESS PRINCESS
「ジュリアン あなたの笑顔は日ごとにそっと にじんでゆくのに」と語りかけるように始まるバラード。
プリプリのイメージと違う曲だがこれもそう悪くはない。
「せめて夢の中 姿を見せて」と願うが「時間だけが過ぎてゆく」。
「あきらめようとするけれど つぼみのまま この想いつつむなんてできない」「でも
もう二度と会えないね」「さようなら」とジュリアンへの想いがあふれる詞だが,ジュリアンの描写がほとんどないのでジュリアンの人物像が頭に描けず,やや感情移入しにくい。
情熱の薔薇(2020.10.1)
平成2年,詞:甲本ヒロト,曲:甲本ヒロト,唄:THE BLUE HEARTS
「永遠なのか本当か 時の流れは続くのか」と始まる。
「心のずっと奥の方」と言うフレーズが5回登場する。この歌の重要な主題なのだろう。しかし,心の奥と言っても心は眼に見えないし,その奥ももちろん見えない。
見えない物は信じないというのは科学的態度ではない。見えない物が存在することはいろんな方法で証明される。しかし,「情熱の真赤な薔薇」を「心のずっと奥の方」に咲かせようとなると感性の世界になる。この歌の感性の世界は私の感性の世界とは微妙にずれているようで,情熱の薔薇を心の奥に咲かせるというイメージは理解できるのだが,他の箇所で随所に違和感を持つ。これが世代の差なのかもしれない。
酔歌(2025.7.24)
平成2年,詞:吉幾三,曲:吉幾三,唄:吉幾三
「ぽつり ぽつりと 降りだした雨に 男は何故か 女を想う」と始まる。
二番は「父親(おやじ)を想う」,三番は「おふくろを想う」
「ヤ―レン ソーランよ 今夜も酒よ」と終わる。
いろんなことを思いながら酒を呑む歌。
ZUTTO(2021.10.28)
平成2年,詞:亜伊林,曲:藤井宏一,唄:永井真理子
「ほどけた靴ひも そのままでいたい夜」と始まる。
二人でいながら「孤独(ひとり)にしといてなの あなたはそれをわかってくれる たった一人の人」と歌には珍しい二人の関係だ。
「二人は違う人間だから 一緒にいられるの そばにいてもね別々の夢 みられるよ」
二人で同じ夢に向かって進もうというのだが,別々の夢を見ることを是とする。同床異夢という言葉は夢の方向が相反する印象を受けるが,この歌の別々の夢というのはこれとは違う。背反するわけではないが同じ方向の夢というわけでもない。
昔なら一体化を望んだと思うのだが,平成では相手に干渉されたくない,自分がされたくないことは相手にしないというのが普通になって来るのだろうか。
Sexy Music(2021.7.6)
平成2年,詞:B.Findon, M.Myers, B.Pusey,日本語詞:及川眠子,曲:B.Findon, M.Myers, B.Pusey,唄:Wink
「まつ毛を伏せてCafe In The Dream」と始まる。
「Sexy Music」と何度も繰り返される間にところどころ日本語の歌詞があるような歌。
おおよそ30年後,日本の環境相が国連気候行動サミットで「On tackling such a big-scale issue like climate change, it’s gotta be fun, it’s gotta be cool, it’s gotta be sexy, too.」と発言したらしい。「sexy」と言葉はこのように使うらしいが,語感がよく解らない。「sexy music」といわれてもどんな音楽か解らない。私なぞ,ポールモーリアのイージーリスニングなどがセクシーだと思うのだが,どうも違うようだ。
「せつなさに似た 不思議な気持ち あなたの腕で愛に変えて」が結論らしい。不思議な気持ちでsexyという以外に説明のしようがないということか。
千流の雫(2022.7.5)
平成2年,詞:愛絵理,曲:後藤次利,唄:工藤静香
「吐息のさけぶ声 かすかに聞こえてる もう一度かきあげて からむ長い髪」と始まる。
具体的な昭和の歌から,抽象的な平成の歌への過渡期の歌だと感じる。
「あゝ 思いはつのる程 貴方しか愛せない」と「貴方」は一応登場はするのだが,具体的描写はなく,抽象的なままで終わってしまう。
「何千年先の今でさえ」などとあるのでリアルの話ではなさそうだからリアリティが感じられないのも当然かもしれない。
歌唱としては昭和のアイドル歌謡の流れを引く唄だ。
尚,愛絵理は工藤のペンネーム。
TIME TO COUNT DOWN(2023.8.11)
平成2年,詞:小室みつ子,曲:小室哲哉,唄:TMN
長いイントロの後,「What do you think is going on? 悲しげに スパークしているサーキット・シティ」と始まる。
唄のスピードが特に速いわけではないが,バックミュージックのリズムがアップテンポでせわしなく,かつ歌詞に英語が多用されているので私には聞き取れない。歌詞を読んでも意味が理解できないので,もし聞き取れたとしても理解はできない。
唄を聴こうと思わず,曲に身をゆだねるだけならこのようなロックも悪くない。特にフラストレーションが溜まっていた10代の頃なら曲に没入できたかもしれないが,年齢と共に歌詞を聞こうという意思が強くなり,意味不明な歌は聴かなくなっていった。
太陽のKOMACHI ANGEL(2022.3.24)
平成2年,詞:稲葉浩志,曲:松本孝弘,唄:B’z
「あの娘は 太陽のKomachi Angel!」と始まる。
「やや乱れて Yo! Say, yeah yeah! いざ今宵酔わん I love you, my Angel! 理屈抜きで Now we can say yeah, yeah!」と続くがこの一群のフレーズは何度も繰り返される。
詞に関しては好き好きがあるのだろうから特に言うことはない。曲に関しては私にはこの詞に合うとは思えないのだが,このように激しい曲を好む人もいるのだろう。
天と地と〜HEAVEN AND EARTH〜(2024.9.7)
平成2年,詞:小室哲哉,曲:小室哲哉,唄:小室哲哉
「永遠に流れる川を流れゆく水の音は 幾千の月日越え 響く耳元に…」と始まる。
小室は昭和末期から作詞・作曲をしており,当時は昭和テイストの残った歌をかなり書いていた。この歌はその系統の最後に近い曲かも知れない。
平成になると小室は日本で一・二のヒットメーカーとなる。平成ではステージパフォーマンスが重要になり,昭和時代よりリズムを明確に刻むダンス音楽的な曲が小室に限らず平成の流行のように感じる。同時に歌詞の日本語イントネーションを無視した曲も増える。私が理解できない歌の時代の始まりだ。この歌はその時代に入る前の最後の歌かもしれない。
Dear Friend(2020.9.6)
平成2年,詞:伊東真由美,曲:和泉一弥,唄:中森明菜
「回転ドアの向こうで 手を振る 彼女の影」と始まる。
詞・曲・歌唱が小さくまとまりすぎているようで私は気に入らない。詞に英語が含まれているのも気に入らない。ただ,唄を聴くのでなく,歌詞を読んでみると全体の意味がはっきりと理解できるわけではないが,詞は明菜のイメージに合っているようにも感じる。しかし,曲と歌唱が優しすぎるというか,明菜の音域と合っておらず,十分声を出せていないのではないか。明菜のイメージはもっとパンチがあるようなイメージなのだが,私が抱いているイメージが間違いなのかもしれない。
Dream On 抱きしめて(2025.4.22)
平成2年,詞:朝野深雪,曲:平川達也,唄:LINDBERG
「地下鉄 降りれば 蒼ざめてる 街に着く 定刻通りの 週明けには 手を振るわ」と始まる。
解るような解らないような。このフレーズが後のフレーズとどのような関係にあるのかすら解らない。日本語の部分ですらよく解らないのに何度も繰り返し登場する「Dream On」が解らないのでもちろん全体を理解することができない。
日本語の各文字にそれなりの音符の長さが与えられているようで,日本語の特徴である子音+母音の母音が良く聞こえるので日本語の箇所が日本語っぽく聞こえるのが救いだ。やはり母音が綺麗に聞こえると,私には歌声が綺麗に聞こえる。
虹の都へ(2022.12.11)
平成2年,詞:高野寛,曲:高野寛,唄:高野寛
「君と僕はいつでもここで会っているのさ 太陽しか知らない 二人だけの秘密」と始まる。このフレーズは何度も何度も繰り返される。
「昨日よりもっと 今日の方がいい そして 世界は廻ってる」とあることから解るように,ポジティブ思考の歌だ。
昭和のJ-POPのような曲。平成になるとJ-POPの概念が大幅に広がって,日本発なら何でもJ-POPのような印象だが。
にちようび(2022.2.20)
平成2年,詞:破矢ジンタ,曲:破矢ジンタ,唄:JITTERIN’ JINN
「マンデー つまったスケジュール イライラしている チューズデー」と始まる。
軽快な曲。というか,全く私の誤解かもしれないが,ごく軽い気持ちで作った曲だったのではなかろうか。
「ダーリン ラムネを買ってきて 二人で飲みましょ散歩道」というのが何度か出てくる。歌の途中の歌詞ではラブレターやピクニックの計画などいろいろ登場している。
Wikipediaによれば,フジテレビ系の『爆買い☆スター恩返し』の主題歌だそうだ。
ニュー・ムーンに逢いましょう(2024.10.16)
平成2年,詞:及川眠子,曲:門倉有希,唄:Wink
「瑠璃色のベールをまとい 月影に秘密をあずけ この都会(まち)で あなたと出逢う」と始まる。
「凍(い)てついた舗道にふたり 哀しみのピアスをはずし 禁断のダンスを踊る」とあるがダンス音楽だろう。リズムがディスコっぽい。ユーロビートというのだろうか。
ダンスに詳しいわけではないが,ディスコダンスの雰囲気は盆踊りの雰囲気に似ていると感じる。
ジルバとかツイストは流行った当時のレコードがEPレコードだったのだろう。EPレコードに収まるくらいの3分少々の長さの曲が多い。一方盆踊りの歌はまだレコードが無かった時代ということなのか,比較的短い曲に次から次へと歌詞を載せ,延々と踊り続ける。これがディスコの時代になるとLPレコードかCDだろうからどんどん長い曲が作られたのだろうが,長いといっても比較的短い曲の繰り返しだ。これが盆踊りに近いと感じる所以だ。
NO TITLIST(2023.10.20 )
平成2年,詞:川村真澄,曲:小室哲哉,唄:宮沢りえ
「ターミナル前のシグナル いっせいに変わるブルー 虚ろな目のスクランブル 肩がぶつかる」と始まる。
SPレコードの時代は録音時間が5分程度で,ターンテーブルを止める信号を出すためにレコード盤の最後の箇所には音を入れてなかったので,当時の歌謡曲は1番から3番までで3分強のものが多かった。時間に制限があるステージの場合2番の歌唱を省略することもよくあった。LPレコードの時代になっても1曲の長さはあまり変わらなかった。CDの登場により長い歌謡曲も登場するようになった。
平成では曲自体が長いうえに,以前は定型詩が多かった歌詞が散文化し,1小節に詰め込む歌詞の文字数が増えたりして歌詞を書き起こすと以前に比べて長くなることが普通になって来た。
この歌も長い歌詞があるが,「誰かのまねを したくはない」,「誰かのまねじゃ つまらないよ」,「誰かの後を 行きたくない」,「誰より先を歩いていたい」等々,似た表現が何度も繰り返されているのでこれが訴えたいことなのだろう。要するに何のタイトルも持っていないが,タイトリストになりたいということなのだろう。これで意味不明のように思われた表題の意味が解った。ところでこの表題は「ノン タイトリスト」と読ませるようだ。もっと解り易いタイトルにして欲しい。
曲は昔の歌のようではなく,抑揚をつけて語り掛けているようで,これが新工夫なのかもしれない。
フジテレビ系ドラマ『いつも誰かに恋してるッ』(宮沢りえ)主題歌。
働く男(2023.2.19)
平成2年,詞:奥田民生,曲:奥田民生,唄:ユニコーン
「仕事できる男 それが彼女の好み 気合入れて勤めたのだが 忙しいわ つまんないわ」と始まる。
「いつも僕はひとりきり フロに入って寝るだけ」「眺める事さえできない 君の髪を 歩く姿を 眠る事しかできない せめて夢の中ででも 君に逢いたい」という歌。
仕事がつまんないと感じているようだが,そのような人間が増えて日本経済が停滞したのか。ついこの前まで牛若丸三郎太1)はペキン・モスクワ・パリ・ニューヨークと世界中を股にかけ,24時間戦うのがジャパニーズ・ビジネスマンだと唄っていたのに。
フジテレビ系バラエティ『夢で逢えたら』のオープニングテーマ。
1) 「勇気のしるし〜リゲインのテーマ〜」(平成元年,詞:黒田秀樹,曲:近藤達郎,唄:牛若丸三郎太)
BE THERE(2025.6.7)
平成2年,詞:稲葉浩志,曲:松本孝弘,唄:B’z
「色とりどりの灯が街を飾り 人は流れる 楽しく哀しく歌って踊ってみんな まとめて寂しがり屋」と始まる。
簡単な英語なのだが,何度も英語が登場する。その度に私の頭には大きな負荷がかかって歌詞が言いたいことが頭に入って来ない。
なんとか言いたいことを想像してみると,「何かが動き出している」「君のまわりでも少しずつ」「どんなに時代が流れても」「君だけはそこにいて」ということのようだ。「そこにいて」というのは『変わらないでいて』ということなのだろうが,周囲が変わっても変わらずに居ることができるのだろうか。「新しいrevolution 自分も変わらなけりゃと思いはじめれば」とあって自分は変わってしまうのに,君が変わらずにいたらどうなるのだろうか。なぜ一緒に変わろうと云わないのか私にはわからない。「流行りすたり・・・」「変わらない君の笑顔にあえばくだらないことみたい」と答えのようなものも書き込まれてはいるのだが,私の理解力を越えているようだ。
P.S. I LOVE YOU(2020.11.30)
平成2年,詞:石田美紀,曲:小路隆,唄:PINK SAPPHIRE
「こんなに悲しすぎて 涙が止まらないのは何故」と始まる。
ロックは嫌いじゃない。しかし,ロックならもっと激しいほうが好きかもしれない。(『激しい』という言葉は私の思いと違う『激しさ』もあるように思うので適切とは思えないが適切な言葉を思いつかないのでとりあえずこう書いておく。)
要するにもっと激しく唄っても良いのではないかということだ。メリハリは大切だろうし,詞の内容も最初は静かに唄う方が適していそうな内容だ。曲も最後に向けて盛り上げて行こうというイメージは理解できるが,やはりロックは最初から全開でいくべきだろう。
要してばかりだが,要するに私の好みは終盤のハイテンションを最初から出して欲しいということだ。
PURE GOLD(2026.2.28)
平成2年,詞:売野雅勇,曲:矢沢永吉,唄:矢沢永吉
「ホームに Night Train 財産は トランクとギターだけ 場末のDance hall 渡ってく 幻のYeah Yeah … Rock Star」と始まる。
「悪魔に身を渡し Mad love 天使の夢見るぜ My heart」などと言われても実感は湧かないが,これがロックだという雰囲気は感じる。
当時の私も矢沢の歌に感激していたわけではないから,当時既に私はロック魂を失っていたのだろう。
TBS系ドラマ『ホットドッグ』(柳葉敏郎,仙道敦子)主題歌。
プレゼント(2023.7.7)
平成2年,詞:破矢ジンタ,曲:破矢ジンタ,唄:JITTERIN’JINN
「あなたが私にくれたもの キリンがさかだちしたピアス」と始まる。
以下「あなたが私にくれたもの フラッグチェックのハンチング あなたが私にくれたもの ユニオンジャックのランニング」と次々とプレゼントを列挙する。同じメロディーで24品目列挙されているが,この繰り返しは中毒になりそうだ。
「あなたが私にくれたもの」の最後は「あの日生まれた恋心」なのだが,「大好きだったけど彼女がいたなんて」ということで「さよならしてあげるわ」と終わる。
失恋を笑い飛ばそうという歌だろう。
Boys Kiss Girls(2023.6.3)
平成2年,詞:渡辺美里,曲:伊秩弘将,唄:渡辺美里
「男の子は 居眠りしてる ライオン 女の子は 夢見る ペンギン」と始まる。
「勇気を出して心開けばサインはみつかる」から行動に移せということのようだ。行動に移れば「動きだす若さは誰も 止められない」。ペンギンとしては「引き寄せる 不思議な力 届け」ということだ。
「すぐそばで待ってる愛に 気づいてよ」という歌。
昭和の歌なら「気づいてよ」も,もっとお願い調子のメロディーになったのだろうが,流石平成,言葉こそお願い調子だが曲は威勢が良く命令調に感じる。これが昭和と平成の違いかもしれない。
真夏の果実(2020.10.29)
平成2年,詞:桑田佳祐,曲:桑田佳祐,唄:サザンオールスターズ
「涙があふれる 悲しい季節は 誰かに抱かれた夢を見る」と始まる。
「マイナス100度の太陽みたいに 身体を湿らす恋をして」のように,何を言いたいのか全く理解できない箇所もあり,全体もよくは解らないが,要は「遠く離れても 黄昏時は 熱い面影が胸に迫る」というのだろう。
私は恋と愛とは別物と思っているが,この詞では恋と愛の区別がよく解らない。このような点が全体が解りにくい原因ではないか。
曲は単調に感じるが,好みの問題だろう。
Midnight Taxi(2026.1.1)
平成2年,詞:飛鳥涼,曲:飛鳥涼,唄:中山美穂
「電話を置いた後で とても素直になるの 冷めたふりしたの私 あれは夜が言わせた嘘」と始まる。
この後,関係を修復しようとタクシーで相手の元に駆け付ける。そのタクシーがタイトルになっている。
歌詞からは状況がよく掴めない,この歌でいえば,なぜ再電話せずにタクシーを選んだのかなど,理由がはっきりしない点もあるが,それでも相手との心理的・空間的距離感も解り,解り易い歌だ。
見逃してくれよ!(2023.9.15)
平成2年,詞:活発委員会,曲:加藤英彦,唄:小泉今日子
「会議室でお弁当食べても[いいじゃん いいじゃん] ブレーキきかない私を許して」と始まる。
「なんでもアリの世の中よ 気にせずに進め乙女よ 結局人生 やったもん勝ちよ」「ガマンをするのはソンだわ アタマばっかしでっかくなるわよ」という歌。
何でもかんでも「[いいじゃん]見逃してくれよ[いいじゃん]見逃してくれよ いいじゃん」と終わる。
これが女性解放運動の成果か。あるいはバブルの副産物か。
夢を信じて(2020.12.18)
平成2年,詞:篠原仁志,曲:徳永英明,唄:徳永英明
「いくつの街を 超えてゆくのだろう 明日へと続く この道は」と始まる。
傷ついた君が再起しようとしているのを励ます歌のようなのだが,詞に書かれているフレーズのいくつもがそれぞれ複数の意味を持っているようで,全体としての理解がいまひとつできにくい。しかし,これは作詞者が意図したことなのだろうか。
夢を追い続ける若者はこの歌のメッセージを感じ取ることができるかもしれない。
夜明けのブレス(2022.10.17)
平成2年,詞:藤井郁弥,曲:鶴久政治,唄:チェッカーズ
「消えかけた街が静かに色づく 夜明けのブレスが傷跡に染みる」と始まる。
「群れからはずれた一羽のカモメが」「羽ばたくことさえ 疲れはてた時」「君のことを守りたい」というラブソング。弱っている相手だから守りたいというのか。相手が弱っているのに付け込んでよからぬことを企んでいるのではないかなどというのは下種の勘繰りなのだろう。
夜にはぐれて〜Where Were You Last Night〜(2022.9.12)
平成2年,日本語詞:及川眠子,曲:アレクサンダー・バード,ティム・ノレル,オーラ・ハーンカンソン,唄:Wink
前年にアンキ―・バッカ―が発表した曲のカバ―。原曲はスウェーデン語版と英語版があり,スウェーデン語の詞は作曲者全員,英語の詞はティムを除く作曲者全員が作詞者としてクレジットされている。
「No! サヨナラだけを 残して切れた電話 Why? どうしてなの こころが凍りつく」と始まる。
「No! ほかに誰かがいること 気付いてた Why? だけどきっと 遊びと信じてた」と予感はあったようだ。
「くちびるが忘れない」とか「指先が憶えてる」とか「あなた逃げないで」などと言っているが、無駄だろう。
私の印象では詞の内容に比べて曲が明るすぎる。踊っている場合ではないだろうと言いたい。
らんちう(2021.4.20)
平成2年,詞:知久寿焼,曲:知久寿焼,唄:たま
「あんまりのこころさむさに うらにわをほじくりかえしていると」と始まる。
ファンタジーなのだろうが,私の理性ではついて行けない歌。私には妄想としか聞こえない。
まあ,穴を掘れば水が湧くのは不思議ではない。しかしそこに砂漠の隊商が水を汲みに来るという発想には私の思考との乖離がある。突然鉄棒がでてきたり,金魚が登場するのはどういう訳だ。それぞれは何かの象徴なのだろうか。
解らない。
Little Birthday(2024.2.1)
平成2年,詞:飛鳥涼,曲:飛鳥涼・佐藤準,唄:光GENJI
「プールに飛び込む時の 胸の高鳴りを忘れ いつの間にか魚の気分でいたから」と始まる。
「何処かにあわせたはずの 目覚まし時計が切れた」。何のことだろう。あまりよさそうなことには感じられないが。
「キラキラの水を破り 僕は空に飛び出した」。この辺りから何のことかわからなくなる。「魚」というのはそのような「気分」だっただけなんだろう?
「君は僕にHappy Birthday歌ってくれるね」はどういう状況での言葉なのだろう。
タイトルが「Little Birthday」になっているのはどのような意味があるのだろう。私には理解できないことばかりの歌詞だ。
浪漫飛行(2020.8.14)
平成2年,詞:米米クラブ,曲:米米クラブ,唄:米米クラブ
「『逢いたい』と思うことが 何よりも大切だよ」と始まる。
口語の散文で書かれている詞だが,完璧に理解できるとは言い難い。まあ,気分はわからなくもない。この時代の若者はこれで内容を理解したのだろうか。あるいは気分だけ受け取って満足していたのだろうか。
まあ,このバンドはじっくり歌を聴くというより,パフォーマンスを観るバンドだろう。
私について(2023.11.23)
平成2年,詞:中島みゆき,曲:後藤次利,唄:工藤静香
「私について 語られる出来事 もれなく聞いてから 愛し始めて 私について 誰も知らない あなたのその瞳は 何処(どこ)を見てたの」と始まる。
「光りだす前の 小石を ひろいますか それとも捨てますか 薔薇かもしれない 毒があるかもしれない 薔薇ならどうする あぁ毒ならどうする」。
「光だす前の 小石」という言い方は将来その小石が光るということを知っているからだろう。昔の中島なら「光りだす前の」は付けなかったのではないか。将来光るというような自信はたとえ心の底に持っていたとしても人前には出さなかっただろう。
後藤の曲は工藤には合っているかもしれない。しかし私は中島自身が曲を付け歌うのを聴いてみたい。
「私について 知らなさすぎるのは どんな人より たぶん私よ」と終わるところも中島らしい。