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昭和43

愛するアニタ,愛する君に,愛するってこわい,愛する人に歌わせないで,愛の香り,愛の奇跡,愛のさざなみ,愛の園[そこには花が],愛のふれあい,青い鳥,青い果実,赤い夕陽の三度笠,朝のくちづけ,あなたのブルース,あの時君は若かった,亜麻色の髪の乙女,雨の赤坂,雨のバラード,アリゲーター・ブーガルー,伊勢佐木町ブルース,いつでも君は,今は幸せかい,イムジン河,海は恋してる,エメラルドの伝説,おかあさん[オーママママ],落葉の季節,オックス・クライ,乙女の祈り,オリビアの調べ,オレと彼女,帰り道は遠かった,悲しき天使,悲しくてやりきれない,神様お願い,からっぽの世界,カランコロンの歌,ガールフレンド,キサナドゥの伝説,君がすべてさ,君だけに愛を,君の瞳をみつめて,今日も夢見る,霧にむせぶ夜,銀河のロマンス,釧路の夜,くちなしのバラード,黒ゆりの詩〔誰も知らない〕,グッドナイト・ベイビー,ケメ子の歌,恋の季節,恋の銀座,恋のしずく,恋のときめき,恋のロンド,こころの虹,コモエスタ赤坂,酒場人形,薩摩の女,さようおならは五つのひらがな,さよならの後で,三百六十五歩のマーチ,思案橋ブルース,シー・シー・シー,知りすぎたのね,受験生ブルース,純愛〔どうして分かってくれないの〕,城ヶ崎ブルース,好きになった人,すてきなファーニー,すてきなバレリ<Valleri>,砂の十字架,スワンの涙,青年は荒野をめざす,戦争は知らない,草原の輝き[あなたのおうちは],たそがれの銀座,旅路のひとよ,誰もいない処で,ダンシングセブンティーン,小さなスナック,小さな日記,月のしずく,天使の誘惑,年上の女,友達の恋人,友よ,トレイン<The Train>, 慟哭のブルース,ドック・オブ・ベイ<(Sittin’ on) The Dock of the Bay>(S43),ナイト・イン六本木,長い髪の少女,長崎ブルース,なげきの真珠,廃墟の鳩,白鳥の歌,花と蝶,花になりたい,花の首飾り,花のヤング・タウン,花はまぼろし,バラの恋人,非情のライセンス,ひとり酒場で,緋牡丹博徒,二人のシーズン<Time of the Season>,ブラック・ルーム,ブルー・ライト・ヨコハマ,星が降るまで,星空の二人,星を見ないで,マンチェスターとリバプール<Manchester & Riverpook>,むらさきの夜明け,夕月[教えて欲しいの涙のわけを],ゆうべの秘密,行け行け飛雄馬,ラブ・サイン,忘れるものか,Hey JudeManchester & Riverpook(Sittin’ on) The Dock of the BayThe TrainTime of the SeasonValleri

 

愛するアニタ(2017.2.17)

昭和43年,詞:山上路夫,曲:加瀬邦彦,唄:ザ・ワイルドワンズ

 「オウ 可愛いアニタ オウ 白いベールがにあうよアニタ」と始まる歌。

 歌詞としては「花嫁はアニタ アニタ 美しいアニタ」の箇所からのほうが印象に残っている。「教会の鐘がなれば この恋とお別れさ オウ さよならアニタ」と花嫁姿のアニタに別れを(直接にではなさそうだが)告げる歌。

GSヒット曲の中のひとつ。この曲を聞くと,GS時代を思い出すという意味だ。

 

愛する君に(2017.7.14)

昭和43年,詞:なかにし礼,曲:鈴木邦彦,唄:ザ・ゴールデン・カップス

 「僕の魂 君にあげよう」と始まる歌。

 「愛する君を いつまでも はなさない はなしたくない」と心の底からなのか,その場限りの言葉なのかは判らないがストレートな言葉だ。このようなストレート表現はGS時代に多くなったように感じる。『せめて一言好きなんだよと 打ち明けたいと ああ思いつつ』1)という時代から『好きさ 好きさ 好きさ 忘れられない おまえのすべてを』2)という時代になったという意味だ。もちろん、いつの時代にも例外はあるが。

1)「白い制服」(昭和38年,詞:佐伯孝夫,曲:吉田正,唄:橋幸夫)

2)「好きさ好きさ好きさ」(昭和42年,詞:C. White/漣健児,曲:C. White,唄:ザ・カーナビ―ツ

 

愛するってこわい(2014.6.1)

昭和43年,詞:山口あかり,曲:平尾昌晃,唄:じゅんとネネ

 「ほほに小さな 泣きぼくろ」と始まる歌。

 双子の女性デュオはザ・ピーナッツやこまどり姉妹などがいたがじゅんとネネはこれまでになかった新しいタイプの女性によるデュエットである。これまではデュエットといえば普通男女のデュエットだった。だからかもしれないが,ショートカットで宝塚の男役のようなじゅんとロングヘアーのネネというスタイルだった。もちろん,ピンクレディーはまだ現れていない。二人はスクールメイツの初代メンバーだったらしい。スクールメイツといえば,キャンディーズの3人や太田裕美もスクールメイツ出身だ。

 最後の「逢いたくなって逢いたくなって なぜかこわいの」の箇所などが印象に残る。

 

愛する人に歌わせないで(2017.9.26)

昭和43年,詞:森田公一,曲:森田公一,唄:森山良子

 「もう泣かないで坊や あなたは強い子でしょう」と始まる歌。

 戦死した兵士の子供に母親が語りかける歌。銃後の悲しみを歌った歌ではあるが,純粋に悲しみを歌ったというより,このような詞で反戦気分を高めようとの意図で作られた歌であるかのように感じるのは私が素直ではないからだろうか。

 

愛の香り(2018.5.15)

昭和43年,詞:安井かずみ,曲:平尾昌晃,唄:布施明

 「はるかな願いの花が開く時」と始まる歌。

 「とてもとても愛しているから」とあるが,当時この詞に共感するような心境ではなかったせいか,この歌自体もそれほど心には残らなかった。読書でもおなじだが,いかに名作といわれる本でも,読む時期を誤るとあまり感動しないものだ。

 

愛の奇跡(2014.12.22)

昭和43年,詞:中村小太郎,曲:田辺信一,唄:ヒデとロザンナ

 「淋しげな雨に濡れた君の」と始まる歌。

 デュオとしてのデビュー曲(発売当初はB面)。歌謡界ではそれまでになかったような新鮮なメロディーに感じた。ロザンナは歌謡界では最初の片言日本語外国人歌手1)ではないだろうか。彼ら以降,片言外国人歌手が増えた気がする。また,従来の歌謡曲でもフォークでもないメロディーも増えてくる。

1)過去にも外国籍の歌手は多数いるが,日本語の発音がネイティブ・ジャパニーズと同じで特に外国籍を意識することがない。片言というよりカタカナと表現すべきかもしれない。発音はネイティブとは違うが,言葉の選択ではネイティブ以上に正しい日本語を話す外国人もいる。

 

愛のさざなみ(2018.1.15)

昭和43年,詞:なかにし礼,曲:浜口庫之助,唄:島倉千代子

 「この世に神様が 本当にいるなら」と始まる歌。

 これがなかにしと浜口の歌かと疑うほど詞も曲も古風だ。この二人がコンビを組んだらもっと冒険をしそうに思うのだが。もっとも,古風ではあるが演歌調ではないところが浜口の技術なのかもしれない。とはいえ,従来とは違う島倉の魅力を引き出した歌になっている。

 

愛のさざなみ(2018.3.28)

昭和43年,詞:なかにし礼,曲:浜口庫之助,唄:島倉千代子

 「この世に神様が 本当にいるなら」と始まる歌。

 「あなたが私を きらいになったら」とはあるが,「あなたのふるさとは 私ひとりなの」と信じきっていて幸せの中にいるようだ。

 島倉の歌には他にもこのようなハッピーソングがあるが,私は島倉には哀しい運命に流されながらも健気に生きて行く歌が合うように思ってしまう。

 

愛の園(2018.3.2)

昭和43年,詞:山上路夫,曲:平尾昌晃,唄:布施明

 「そこには花が 咲いている 愛の花が 咲いている」と始まる歌。

 残念ながら「どこに どこにあるの」とまだ見つけられていないようだ。

 というより,知恵の実を食べてしまい追放されたのだから,いくら探しても見つけることはできないだろう。いくら切なげに唄ってみてもふたりだけの楽園には到達できない。

いろんな矛盾を抱えながら,幾多の困難が待ち受けるこの世の中を二人で歩むしか仕方がないことに早く気付くべきだ。

 

愛のふれあい(2019.2.4)

昭和43年,詞:山北由希夫,曲:小町昭,唄:沢ひろしとTokyo 99

 「感じていたの 今夜ははじめから」と始まる歌。

 「あやまちなんて 誰にもあることよ 忘れて欲しい お願いだから」と過ちを告白して去って行こうとする相手を引き留めようとする歌。「愛を失(な)くす 愛を失くす 明日(あす)がこわいの」と終わる。

 私には解らない心情だが,既に相手の気持ちは離れてしまっているのだろう。それを認めたくない気持ちは解らなくもないが,いくら自分が譲歩しても今となってはもう遅いのだ。薄々かはっきりとかは知らないが,解っているからこそのこの歌詞だろう。未練なりと言わざるを得ない。

 

青い鳥(2016.8.17)

昭和43年,詞:森本太郎,曲:森本太郎,唄:ザ・タイガース

 「青い鳥を見つけたよ 美しい島で」と始まる歌。

 「青い鳥」と言えば,身の回りの気づかぬところに幸せはあるという話のように思うが,この歌では既に「青い鳥」は手の中にあった。それが逃げて行ったのだ。

 「君がそばにいるだけで ぼくは嬉しいのさ」だったのに「青い鳥はもう二度と 帰っては来なかった」ということだ。

 詞は説明し過ぎで想像できる範囲が限定されるようにも思うが,その分,解りやすいので少なくとも難解な詞より私は好みだ。

 

青い果実(2018.4.20)

昭和43年,詞:山上路夫,曲:加瀬邦彦,唄:ザ・ワイルドワンズ

 「二人の世界は 青い果実(フルーツ)」と始まる歌。タイトルも「果実」の読みは「フルーツ」。

 詞・曲共にGSっぽくない。私の中でワイルドワンズはGSなのだが,念のためWikipediaを参照すると,そこにはジャンルとしてグループ・サウンズ,フォークロック,サマーポップスとある。フォークロックというジャンルは知らないが,サウンドは私がイメージするフォークでもないしロックでもない。サマーポップスというジャンルも初耳だ。この曲はポップス的であるとは思うが,サマーとは無関係な気がするし,印象としてはフォークをポップス風にアレンジしたように感じる。

 

赤い夕陽の三度笠(2018.6.12)

昭和43年,詞:佐伯孝夫,曲:吉田正,唄:橋幸夫

 「これで喧嘩(でいり)は あの すみやした」と始まる歌。

 『潮来の伊太郎』1)以来,橋は股旅ものを何曲も唄っている。映画の主題歌が多いようにも感じるが,同じ柳の下で何匹の泥鰌を獲ろうというのだろうか。

 まあ,当たった興業の場合,続編が作られることは昔からある。同じような登場人物で時代の異なるものが多い。ハリー・ポッター・シリーズのように主役が成長してしまうと続編では言葉通り前作から時間経過したものしか作りにくいだろうが,スター・ウォーズのようなものなら前作より過去に遡った作品をつくることもできる。時代劇と西部劇のように全く異なる舞台でリメイクされることもある。渡世人の話なら清水次郎長関係なら子分が多数いるのでエピソードはいくらでも新しく追加できるだろう。大岡越前や遠山金四郎でも同一主人公で何作も作れる。橋幸夫の股旅物は,登場人物がその都度異なるが,何となく同じストーリーのように感じてしまう。

水戸黄門や暴れん坊将軍などは偉大なるマンネリだが,ここまでくるとそのマンネリ度が心地よい。橋の股旅物はそこまではいかないように思う。

1)「潮来笠」(昭和35年,詞:佐伯孝夫,曲:吉田正,唄:橋幸夫)

 

朝のくちづけ(2018.5.1)

昭和43年,詞:有馬三恵子,曲:鈴木淳,唄:伊東ゆかり

 「あなたの面影 抱きしめながら」と始まる歌。

 「愛してみて 愛してみて はじめて わかるのね」とこれまでの人生で最高に幸せという歌だ。

 自分が不幸のどん底にいるときにこの歌を聴いて元気が出るかどうかは判らないが,可もなく不可もない状態のときにこの歌を聴けば幸せのおすそ分けが貰えそうだ。

 

あなたのブルース(2017.11.25)

昭和43年,詞:藤本卓也,曲:藤本卓也,唄:矢吹健

 「雨が窓を打つ 私の胸を打つ」と始まる歌。

 何度も繰り返される「あなた あなた あなた あなた あ〜なた」が強く印象に残る。

 歌全体から激しい思いが伝わって来るが,「暗いお部屋で空しく一人歌う」とあり,他者に責任転嫁してストーカーになったり,更にエスカレートしていきそうな雰囲気は感じられない。この時代はまだ,『みんな私が悪い』と考える者が多かったのではなかろうか。

 

あの時君は若かった(2020.8.9)

昭和43年,詞:菅原芙美恵,曲:かまやつひろし,唄:ザ・スパイダース

 「あの時君は若かった わかって欲しい 僕の心を」と始まる。

 「それでも君が 望むなら 僕は待ってる いつまでも」とそのときは真剣に思っても,いつの間にかこの気持ちは薄れてしまう。一度逃すと二度とチャンスは巡って来ないのだ。それでも逃すのが若さということなのだろう。

 

亜麻色の髪の乙女(2015.7.19)

昭和43年,詞:橋本淳,曲:すぎやまこういち,唄:ヴィレッジ・シンガーズ

 「亜麻色の長い髪を 風がやさしくつつむ」と始まる歌。

 「バラ色のほほえみ」をたたえ,「乙女は」「彼のもとへ」と幸せそうな歌だ。

 今でこそ,インターネットで亜麻色ってどんな色?と簡単に調べることができるが,当時は亜麻色がどんな色なのかも知らずに聴いていた。ただ,黒髪でないことは確かなので,何となく外国人の,それもヨーロッパ系の少女をイメージしていた。

 東京あたりでは外国人もいたのだろうが,当時の田舎で外国人を見ることはほとんどなく,外国人はスクリーンか雑誌の中でしか見たことがなかった。

 ヴィレッジ・シンガーズもグループ・サウンズなのだろうが,他の多くのGSがエレキバンドの発展系のように感じられる中,このバンドはフォークグループの発展系のようで,さわやかな歌を唄っていた印象がある。また,エレキバンド系,フォーク系とも,長髪のグループが多い中,短髪のグループだったことも爽やかさの印象を加えているのだろう。

 

雨の赤坂(2018.5.25)

昭和43年,詞:橋本淳,曲:三原綱木,唄:ジャッキー吉川とブルー・コメッツ

 「小雨にしずむ赤坂を あなたとふたり 歩いたね」と始まる歌。

 過去を思い出している歌。そういえば,あれが「別れ話のはじめとは」

あのときは思いもよらなかった。

 今では「ぼくはかなしい」と諦めている。昭和の香だ。

 

雨のバラード(2018.4.10)

昭和43年,詞:こうじはるか,曲:植田嘉靖,唄:ザ・スウィング・ウェスト

 「ふりしきる雨の舗道 頬つたう銀のしずく」と始まる歌。

 B面曲として発売されたが,この曲がこのバンドの最大ヒット曲ではないだろうか。

湯原昌幸と梁瀬トオルがボーカル担当だが,メインボーカルは梁瀬だった。湯原はソロに転向後この歌を唄い1)オリコン1位を獲得している。

1)「雨のバラード」(昭和46年,詞:こうじはるか,曲:植田嘉靖,唄:湯原昌幸)

 

アリゲーター・ブーガルー(2020.6.29)                       

昭和43年,詞:Donaldson Lou/松島由佳,曲:Donaldson Lou,唄:ザ・ハプニングス・フォー

 「アリゲーター・ブーガルー 二人だけの アリゲーター・ブーガルー 恋の踊り」と始まる。

 カタカナ部分はAlligator Boogalooらしいが,どうもリズムの名前らしい。当時日本で流行したのかどうか私には解らないが,この前後いろんなリズムが外国から輸入されていた。やや古い話になるが,ドドンパが数少ない和製リズムだった以外,新しいリズムはほぼ外国発だった。

 

伊勢佐木町ブルース(2018.5.28)

昭和43年,詞:川内康範,曲:鈴木庸一,唄:青江三奈

 前奏と共に「アァアッ」と何度か繰り返され,歌は「あなた知ってる 港ヨコハマ」と始まる歌。最後近くには「ドゥビ ドゥビ ドゥバ」などとよく判らない詞もある。

 第10回日本レコード大賞歌唱賞と第1回日本有線大賞スター賞を受賞。確かに衝撃的な歌唱だったが,私にとっての衝撃度は森進一のほうが上だった。いずれにせよデビュー当時極めて異質に感じられた森と青江はこの頃に従来の歌手のイメージに別な顔を加えた。

 有線放送に対する二人の寄与は大きく,何らかの賞を受賞するのは当然だろう。

 

いつでも君は(2019.3.3)

昭和43年,詞:星野哲郎,曲:米山正夫,唄:水前寺清子

 「こころとこころの ほそみちに あなたの小さな 親切が」と始まる歌。

 「一本が十本に 十本が百本に 百本が千本に ふえていく」という詞が耳に残る。

 毎日放送の連ドラ「いつでも君は」(高橋紀子)の主題歌。

 チータらしく人生の応援歌だが,彼女の応援歌には重いものと軽いものがあり,これは軽いというか軽快な部類の応援歌だ。

 第1回日本作詞大賞受賞曲。

 

今は幸せかい(2018.5.8)

昭和43年,詞:中村泰士,曲:中村泰士,唄:佐川満男

 「遅かったのかい 君のことを 好きになるのが」と始まる歌。

 「悔やんでみても」「君はもういない」と終わる。

 歌謡曲の典型的パターンのひとつなので,これらの一部の歌詞からだけでも全体の流れが十分わかるだろう。

 「遅かったのかい 悔やんでみても」と問を発しているつもりなら答をあげよう。『そのとおり』。そのように思っているほうが同時に争って敗れたと考えるより傷は小さいだろう。

 

イムジン河(2018.5.18)

昭和43年,朴世永,日本語詞:松山猛,曲:高宗漢,唄:ザ・フォーク・クルセダーズ

「イムジン河水清く とうとうと流る」と始まる歌。

原曲「臨津江」は昭和32年に北朝鮮で作られた。日本語歌詞は南北の分断を悲しむ歌。

原詩は北朝鮮が素晴らしい場所だという歌詞らしいが,詳細は知らない。

発売予定日前日に発売中止が決定されたが,既に出荷済であり3万枚が未回収になったとのこと。発売中止の理由は諸説述べられていて,何が真の理由か私にはよく判らない。

放送などでも自粛されていたようだが,全く流れなかったわけでもないようだ。学生の集まりでは唄われていた。

 

海は恋してる(2019.4.27)

昭和43年,詞:垣見源一郎,曲:新田和長,唄:ザ・リガニーズ

 「海はすてきだな 恋してるからさ 誰も知らない 真っ赤な恋を」と始まる歌。

 歌の雰囲気は加山雄三だ。

 加山の歌を聴くと,単調で何の技巧もないように聞こえるのだが,全体として独特の雰囲気がある。この歌を聴いて加山を思い出すということは,加山にひとつのパターンを創造するだけの才能があるということなのだろう。

 

エメラルドの伝説(2011.12.1)

昭和43年,詞:なかにし礼,曲:村井邦彦,唄:ザ・テンプターズ

 「湖に君は身をなげた」「会いたい君に会いたい,みどりの瞳に僕は魅せられた」という曲で,グループサウンズ全盛期の曲だろう。

 みどりの瞳とはどのような色の瞳なのだろう。碧眼というが,これは青から青緑,緑にかかる色らしい。青い瞳の人には何人も会った事があるが緑の瞳の人には会った記憶がない。以下,十分な根拠を持って言えるほど調べたわけではなく印象だが,もともと日本語には赤と青しか色を表す言葉はなかったのではなかろうか。暖色系は全て「あか」,寒色系はすべて「あお」だったのではなかろうか。

 ためしに手元の古語辞典1)を見たら「あか」も「あお」もそれらしい見出しはなかった。ところが「みどり」は「新芽」と書かれていた。広辞苑2)には「あか」はくろ(暗)と対で(明)とあった。「あお」に関しては一説にしろ(顕)の対で原義は(漠)などと書かれている。古語辞典などは名詞ではなく,形容詞を探してみるべきだったかもしれない。

 いずれにせよ,もともと日本語には色の名称はほとんどなかったと思う。昔習った古文を思い起こせば,色はものの名前で表されていたように思う。用例を現代から引いて適切ではないかとも思うが「橙色」「桃色」「空色」「水色」「黄土色」「山吹色」・・・などの要領である。昔なら「すはう」などが使われた。虹を7色に分けたのはニュートンだそうだから,赤橙黄緑青藍紫と分けたのはそれ以降であろう。気になるのは,音読みだけでなく訓読みもあるように思うので,訓読みのある色は大和言葉かもしれないということだ。大和言葉であるものや状態を表す言葉でニュートンの提唱した色を表すことにしたというのが私の仮説だが,検証には過去の用例を調べれば良いだろう。

 「みどり」は初々しさというか,要するに「新芽」から連想されるようなもの・状態ということだろう。「みどり」に代わって「青」が似たような意味に用いられるようになったのは「青春・朱夏・白秋・玄冬」などの言葉が伝来してからの話で,むかしながらの「あお」とは関係がないのではないか。

 「みどりの黒髪」などの表現もあり,「みどり」は「グリーン」と同義でないのは確かだが,エメラルドに関してはどうもグリーンのイメージしかない。

 李白が碧眼だったという説もあるようだが,緑だったのだろうか青だったのだろうか。

1)金田一京助,金田一春彦:明解古語辞典(修訂版,昭和42年,三省堂)

2)新村出:広辞苑(第二版,昭和44年,岩波書店)

 

おかあさん(2018.5.12)

昭和43年,詞:松岡弘子,補作詞:松崎由治,曲:松崎由治,唄:ザ・テンプターズ

 「オー ママママ」の繰り返しから始まり,意味のある歌詞は「かあさんがくれたかたみ ふところに しまってあるよ」と始まる。

 雑誌『平凡』で募集した歌詞。GSの雰囲気には合わないのではないかと思うのだが。

 そういえば『Mamy Blue1)という曲があった。あれは何年のことだっただろう。

 調べてみたら『Mamy Blue』のほうが後だった。こちらも『Oh Mamy Oh Mamy Mamy』と始まるので,「おかあさん」は『Mamy Blue』の影響を受けたのかとも思ったのだが,違うようだ。

1)Mamy Blue」(昭和46年,曲:Hubert Giraud,唄:Pop Tops)原曲はフランス語歌詞で昭和45年に作られた。

 

落葉の季節(2020.7.23)

昭和43年,詞:内山修,曲:内山修,唄:ザ・リガニーズ

 「夏が去ったように 君は去って行った」と始まる。

 「夏の燃えた恋は 今消えてしまった」らしいが,一時燃えたならいいじゃないか。恋の思い出だけを語っているが,どうかしたいという欲求があるわけではなさそうで,思い出を楽しんでいるようだ。勝手にやってくれ。

 ところで,グループ名はザリガニを意味しているらしい。

 

オックス・クライ(2020.8.19)

昭和43年,詞:橋本淳,曲:筒美京平,唄:オックス

 「そばにおいでよ かわいい少女」とはじまる。

 歌詞に「ロック踊って泣き真似するの」とあり,この歌詞は謎だが,この曲がロックなのは間違いない。当時の私はこのような曲がジャパニーズ・ロックだと思っていた。

 曲の中ほどで繰り返される[オックス]「オックス」の掛け合いが記憶に残る。

 この曲は大ヒット(とは言ってもオリコン7位。コンサートでの失神騒ぎが大ヒットの印象となっている。)曲『スワンの涙』のB面。

 

乙女の祈り(2016.1.8)

昭和43年,詞:なかにし礼,曲:鈴木邦彦,唄:黛ジュン

 「恋にもえる胸の願いはひとつ」と始まる歌。

 黛がソロで唄い始めるのは「あなたの淋しげな横顔を」からだ。

 「口に出すと恋がこわれそうなの」と歌詞は私が妄想する乙女のイメージだったが,黛ジュンは短髪でボーイッシュな感じを受け私の持つ乙女のイメージとは違っていた。曲もGSっぽい曲になっている。

 「乙女の祈り」といえばバダジェフスカのピアノ曲の印象が強く,この曲から祈っている少女を想像していたが,黛ジュンの唄はこのイメージを打ち壊した。

 以後,「乙女の祈り」と聞くと,黛の唄とバダジェフスカの曲の両方を思い浮かべるようになった。

 

オリビアの調べ(2018.5.22)

昭和43年,詞:北公次,曲:鈴木邦彦,唄:フォー・リーブス

 「あの星は遠いオリビアの涙」と始まる歌。

フォー・リーブスのデビュー曲。フォー・リーブスは初期のジャニーズ事務所の代表的グループ。最初はジャニーズだけという事務所だったが,ジャニーズJrができ,このジャニーズJrが改称してフォー・リーブスになったと言ってよいのではないか。

GS全盛期であり,サウンドはGS的だが他のGSが楽器を持っているのにこのグループは楽器を持っていなかった。代わりにといえるのかどうかは知らないが,メンバーの北公次はステージでバック転した最初のアイドルと言われている。

 

オレと彼女(2018.7.3)

昭和43年,詞:山上路夫,曲:いずみたく,唄:ピンキーとキラーズ

 「オレと彼女は 仲がいい」と始まる歌。

 『恋の季節』1)などではピンキーがメインボーカルでキラーズはバックコーラスだが,この歌ではキラーズが前面に出てきて,ピンキーと掛け合いになっている。ピンキーが主役のほうが私は好きだが。

1)「恋の季節」(昭和43年,詞:岩谷時子,曲:いずみたく,唄:ピンキーとキラーズ)

 

帰り道は遠かった(2017.3.15)

昭和43年,詞:藤本義一,曲:奥村英夫,唄:チコとビーグルス

 「帰り道は遠かった 来た時よりも遠かった」と始まる歌。もっとも,その前に「ゴッゴッーイェィイェィイェーィ」とある。

 「恋が芽ばえたの 私の心の中にだけ 貴方は知らない」とあるのでそういう歌なのだろう。これに日本調ヨナ抜き音階の曲をつければ演歌(当時はそのようには呼ばれなかった)になっただろうが,この曲はそうではなかった。これまでに聴いたことが無いような斬新な曲に私には聞こえた。初期の和製フォークソングや一部のGSの曲などのように私でも作曲できそうに感じたのだ。実際に作ってみたこともあったが気に入った曲はできなかったが。

 ところで,女性ボーカル+男性グループという形は松尾和子とマヒナスターズを思い出させるが,マヒナと松尾は対等の立場のような感じを受け,松尾和子と和田弘と言ったほうがよいように感じた。似たスタイルでは当時ピンキーとキラーズの歌がヒットしていた。こちらのほうはピンキーが主役なのだが,受ける印象はピンキーがキラーズを従えているというよりキラーズがピンキーを支えていると感じた。ところが,チコとビーグルスで私が受けた印象はチコがビーグルスを率いているという感じだった。

 この頃以降のグループでは,GS・フォーク・ムードコーラス等で,グループリーダーより目立つリードボーカルというのがしばしば見られるようになったと思う。

 

悲しき天使(2015.8.15)

昭和43年,詞:Gene Raskin,訳詞:漣健児,曲:Gene Raskin,唄:森山良子

 「こがらしの街を行く 一人ぼっちの私」と始まる歌。

 原曲はMary HopkinThose Were the Daysである。この原曲の発売が昭和43年で森山盤は昭和44年だ。当時は外国の音楽はほとんど聴かなかったので私が聴いたのは森山盤だ。

「想い出すのはあの日のこと 暖かい恋の夢」以降が強く印象に残る。楽しかった記憶だけが想い出されている。歳月が記憶を美化したのだろう。甘酸っぱい香りのする曲だ。森山の歌声もよく曲と合っている。

 なお,Wikipediaによれば原曲の英語盤に更にロシア語の原曲があるとのことである。コンスタンチン・ボドレフスキーの詞にボリス・フォーミンが曲をつけた『長い道』という歌らしい。

 

悲しくてやりきれない(2016.9.17)

昭和43年,詞:サトウ・ハチロー,曲:加藤和彦,唄:ザ・フォーク・クルセダーズ

 「胸にしみる空のかがやき 今日も遠くながめ 涙をながす」と始まる歌。

 「やるせないモヤモヤ」,「限りないむなしさ」,「もえたぎる苦しさ」をどうしたらいいのかという歌。

 子供から大人になる途中でこのような状態になることは少なくないのだろう。昔から文学のテーマのひとつである。少なくともこの時代はまだ自分で考える,本を読む,友達と語り合うなどが主要な対応策だったと思う。もちろん,中には詩を書いたりする者もいただろう。

 この歌に共感し,消極的に歌にハマったり,積極的に歌を作ったりする者もいただろう。

 いつかはこの時代を卒業して大人になるのだが,最近では大人になりきれずに年齢だけを重ねる者が増えているのではないだろうか。昔は食べていけないので無理やりにも卒業させられてしまったので,ごくわずかが青少年の感性を持つ詩人などになったが,今では食べていけるのでいつまでも大人になれないのだ。また,モヤモヤを心の内に問いかけて哲学的な思索に向かうより,外部に向けて暴力的に放出する者も増えているようだ。

 と感じるのだがこれを裏付けるデータは持っていないし,関係する理論も知らない。

 

神様お願い(2017.7.30)

昭和43年,詞:松崎由治,曲:松崎由治,唄:ザ・テンプターズ

 「アー アアア― アー アアア―」が最初に現れ,後にも何度も繰り返される。意味のある歌詞は「神様お願いだ」と始まる。

 いつから神様に対して友達に対するような言葉づかいになったのだろうか。願いは「あのひとに逢いたい」ということだが,どうやら叶わなかったようだ。私が天国の神様でも,『もっとまじめにやれ』1)と追い返すだろう。

1)「帰ってきたヨッパライ」(昭和42年,詞:ザ・フォーク・パロディ・ギャング,曲:加藤和彦,唄:ザ・フォーク・クルセダーズ)

 

からっぽの世界(2019.5.23)

昭和43年,詞:早川義夫,曲:早川義夫,唄:ジャックス

 「僕 おしになっちゃった なんにも話すこと出来ない僕」と始まる歌。

 暗い歌。

 「僕 死んじゃったのかな 誰かが殺してくれたんだろうね」

 精神を病んでいるのではないかとも思うが,青春時代のある時期,人によってはこのように感じることがあるのかもしれない。

 当時は売れなかったが,後に日本のサイケデリック・ロックバンドの先駆者として評価が上がる。

 

カランコロンの歌(2017.12.6)

昭和43年,詞:水木しげる,曲:いずみたく,唄:加藤みどり/みすず児童合唱団

 「カランコロン カランカランコロン カランコロン カランカランコロン おばけがポストに手紙を入れりゃ」と始まる歌。

 フジテレビ系アニメ「ゲゲゲの鬼太郎」で流れていた。

 ところで「カランコロン」といえば牡丹灯籠1)のお露だろう。足が無いのが一般的な日本の幽霊で,例外的にお露は毎夜駒下駄の音を響かせながら新三郎のもとへ通うのだ。この話を聞いたことがあれば,「カランコロン」と聞くだけでお露を思い出した。それほどこの「カラン コロン」は印象的だった。水木も当然このことが頭にあっただろう。鬼太郎の下駄の音とは少し違うような気もするが,怪談で有名なこの音を使ったのだろう。

1)「牡丹灯籠」:明治時代に三遊亭圓朝が作った怪談噺。圓朝没後も多くの噺家によって演じられ,舞台化や映画化された数も少なくない。「四谷怪談」「番町皿屋敷」と並び,日本三大怪談と呼ばれる。

 

ガールフレンド(2013.11.8)

昭和43年,詞:橋本淳,曲:筒美京平,唄:オックス

 「僕のかわいい友達は(マイ・ガール マイ・ガール)」と始まる歌。

 赤松愛・野口ヒデトがボーカルで,失神バンドとして有名だったオックスである。ステージで失神するということだったが,演出なのであろう。しかし,ファンのほうは本当に失神して病院行きになってしまうようになる。

 詞・曲は橋本・筒美で典型的なGSサウンド(サウンドがダブっているか?)だ。

 ブルーコメッツ−タイガース−テンプターズ−オックスと過激なステージになっていく感じを受けるが,カーナビーツくらいでこちらの方向への発展は終りではないだろうか。私の分類だとまだアイドル歌手と言っていい時代で,後に,アイドルが歌を唄うようになるのとはすこし違う。アイドルが歌を唄うという意味は,昭和末期以降のジャニーズ系アイドルは私の分類では歌手ではないが,GSは歌手だったという意味だ。

 

キサナドゥの伝説(2018.5.31)

昭和43年,詞:なかにし礼,曲:ハワード=ブレイクリー,唄:ザ・ジャガーズ

 「おー 愛に生きて死のう あなたを つれてゆこう」と始まる歌。

 最初は『心中するため』ではないかと誤解したが,どうも砂漠の中に「キサナドゥ」という国があり,そこでは愛だけで暮らせるので,そこで死ぬまで愛し合おうという歌のようだ。

 Xanaduはザナドゥともよばれ,元のクビライがモンゴル高原に作った夏の都である上都のことで。桃源郷と訳されることもあるらしい。いずれにせよ,ローマ字表記で語頭にくるXの発音は言語によりかなり異なるのでカタカナ表記は難しい。

 曲自体はフラメンコ風の箇所もあるのだが,桃源郷の歌というには全体として地味に感じる。原曲はDave Dee, Dozy, Beaky, Kick & Tich(デイヴ・ディー・グループ)の「The Legend of Xanadu」で,作詞・作曲がケン・ハワードとアラン・ブレイクリーの連名になっている,つまり二人らしいのだが詳細は知らない。

 

君がすべてさ(2019.3.31)

昭和43年,詞:稲葉爽秋,曲:遠藤実,唄:千昌夫

 「これきり逢えない 別れじゃないよ 死にたいなんて なぜ云うの」と始まる歌。

 「希望(のぞみ)を果たして 迎えにくるよ」とこの時代までよくあった別れの場面だ。これ以降はこのような別れの歌はあまりないように思う。

 「希望」が何かは不明だが,当時はまだ地域差があった時代だ。経済成長は続いており都市部には何らかのチャンスがあると信じられていた。生まれ故郷では先の希望が見えないというネガティブな動機もあったかもしれない。

 また,この頃以降,電話や新幹線・高速道路などの交通手段などの発達により,離れて暮らすことの意味が変わってきた。手紙しか通信手段のなかった時代と比べて遠距離恋愛が不可能ではなくなってくる。

 「君がすべてさ 君がすべてさ」と繰り返されるが,このような想いを抱えながらも,ひょっとしたら二度と逢えないかもしれないという別れの歌だ。

 

君だけに愛を(2011.11.10)

昭和43年,詞:橋本淳,曲:すぎやまこういち,唄:ザ・タイガース

「おーぷりーず」と始まり「おーぷりーず」と続く,「僕のはーとを君にあげたい」となる。

グループサウンズの中で特にザ・タイガースが好きだったわけではない。しかし何度もテレビで観た記憶があり,当時はよくテレビを観ていたか,ザ・タイガーズがよほど頻繁に出ていたかのどちらかだろう。実験と講義のレポートで大変だったはずなのだが。

当時は数表,計算尺,算盤を駆使して計算していた。結果のグラフを雲形定規を使って描く。実験で今と大きく違うのは,電子系では真空管を使っていたことである。電子回路の講義も真空管回路とトランジスタ回路の両方があった。トランジスタをつかった実験もあったように思うが数は極めて少なかった。電力系では水銀整流器かサイラトロンかイグナイトロンか何かがあった。これにあわせて講義は真空電子工学,気体電子工学,固体電子工学などというのがあった。そういえば磁気増幅器というのもあった。

電子計算機工学と言うような科目もあったが,試験は平方根を求めるプログラムを機械語で書くことだったように思う。解法もニュートン法かなにかを指定されていたように思うが,採点はさぞ大変だったのではないだろうか。Z80の時代,一時機械語プログラムを書いていたことがあるが,書いてしばらくすると自分でもプログラムの内容がわからなくなってしまった。それで逆アセンブラを作ったのだが逆アセンブルしても古いプログラムを解読するのは大変だった。

 

君の瞳をみつめて(2020.7.12)

昭和43年,詞:クニ河内,曲:クニ河内,唄:ザ・ハプニングス・フォー

 「葉かげにのぞく 月の美しさに 私の心は悲しみ」とはじまる。

 「君の愛の言葉が聞けたら 私は涙を おさえきれずに 泣くことだろう」と繰り返される。

 どうも女性から愛の言葉を掛けられることを待っている男性の歌のようだ。

 しかし,日本では 西洋のような愛の言葉はあまり使われなかったのではなかろうか。夏目漱石は『I love you』を『月が綺麗ですね』と訳したとか。露骨な言葉は使わなかったのだ。このような言葉を言われ,その愛を受けるときの言葉にも定番があって『死んでもいいわ』というのがこれらしい。こちらは二葉亭四迷が『あなたのものよ』という意味で使われた『Yours』を『死んでもいいわ』と訳したことが出典らしい。

 八百屋お七や娘道成寺など,積極的な女性もいたが,露骨な愛の言葉を口にしたとは思えない。直接的な言葉を待っているようだが,感受性が鈍いと日本的表現で言われたことが理解できないのではないか。

 もっとも,日本で直接的な愛の言葉があまり使われないというのは都市伝説かもしれない。愛の言葉を言われることがない人を可愛そうに思い,そのように言っているだけで,私などが知らないところでは愛の言葉が飛び交っているのかも知れない。

 

今日も夢みる(2019.7.16)

昭和43年,詞:川本優子(補作詞:前田武彦),曲:川本優子(補作曲:中村八大),唄:万理村れいとザ・タイム・セラーズ

 「あの日の海は 二人のために輝き」と始まる歌。

 タイトルを見た時には白馬の王子様でも夢見ているのかと思ったが,過去の想い出の歌だった。

 二人の関係は良くなった,昔と同じ,悪くなった,関係が切れたのどれかだろうが,このように想い出を夢見るということは悪くなったか,おそらくは関係が切れたのだろう。理由は不明だが,現状が不本意なことは解る。

 近い過去の想い出なら,よくある話だ,気持ちは解らなくはない。心の傷は時が癒してくれるだろう。過去は忘れて未来に生きよう。

 この想い出を今日も夢みているようだが,遠い昔の想い出ならば重症だ。思い出と共に生き続けるしかない。それが嫌なら新しく想い出になるような状況を作り出すしかない。どうやったら出来るかが問題だが。

 結局,告白の歌だが,聴いても歌手や作詞者と交流があるわけではないので慰めようがない。共感した同病の人が相憐れむ歌。

 

霧にむせぶ夜(2012.8.14)

昭和43年,詞:丹古晴己,曲:鈴木淳,唄:黒木憲

 「涙じゃないよと言いたいけれど」と始まり「さよならがさよならが霧にむせぶ夜」と終わるので別れの歌だとは解るのだが,いまひとつ事態が飲み込めない歌。歌詞どおりだと「みじかい旅」が理由で別れるらしい。それなのに「死ぬほどつらい」というのはどういう訳だろう。

 歌詞をあれこれ詮索しなければ唄いやすい良い歌だ。黒木の甘めの声も良い。

 この年開催されたメキシコオリンピックのサッカーでは,グループBでスペイン・ブラジルと引き分けた日本はブラジルを抑えてトーナメントに進出,準々決勝ではフランスを撃破した。準決勝でハンガリーに大敗したが,3位決定戦でメキシコに勝ち,銅メダルを獲得した。優勝はハンガリー,準優勝はブルガリアである。

 残念ながら平成24年のロンドンオリンピックで日本はメキシコに準決勝で負けた。更に3位決定戦でも韓国に負けた。メキシコオリンピック以来メダルなしだ。(女子サッカーはロンドンで銀メダルである。)

 この年はまた川端康成がノーベル文学賞を受賞した年でもある。

 ベトナム戦争,文化大革命,大学紛争などこの前後いろんなことが起きているが,スポーツや文学で日本に明るさをもたらすものもあった。

 

銀河のロマンス(2013.8.4)

昭和43年,詞:橋本淳,曲:すぎやまこういち,唄:ザ・タイガース

 「銀河にうかべた白い小舟」と始まる歌。

 『花の首飾り』1)の裏面である。当時,タイガースの歌が好きだったわけではないのだが,大抵知っているのは頻繁に流れていたのだろう。タイガースの歌のなかではスローテンポの曲のほうが好きだ。

 橋本の詞は私には理解できないものが多いような気がする。この歌詞もよく解らないが解らないところが良いのだろう。全体の雰囲気に浸るための曲だと思う。

1)      「花の首飾り」(昭和43年,詞:菅原房子,補作詞:なかにし礼,曲:すぎやまこういち,唄:ザ・タイガース)

 

釧路の夜(2016.2.7)

昭和43年,詞:宇佐英雄,曲:宇佐英雄,唄:美川憲一

 「貴方のつめたい そのひとみ なぜに私を いじめるの」と始まる歌。「貴方がにくい 貴方がにくい」と終わる。

 歌詞を見ただけで美川憲一のあの声が聞こえてくるようだ。2番の歌詞に「釧路川」とあるがなかなか2番の歌詞まで覚えていない。3番には「ヌサマイ橋」などと固有名詞らしきものが出ているが,これがどこにあるのか私は全く知らない。曲を聞けばすぐに美川憲一の歌だと判るのだが曲名が出て来ない歌だ。『柳ヶ瀬ブルース』1)なら,頭の中で1番を唄ってみて,すぐにタイトルを思い出せるのだが。

1)「柳ヶ瀬ブルース」(昭和41年,詞:宇佐英雄,曲:宇佐英雄,唄:美川憲一)

 

くちなしのバラード(2019.1.7)

昭和43年,詞:万里村ゆき子,曲:万里村ゆき子,唄:舟木一夫

 「ひそやかなためいき 小さくひとつ ひそやかな花の香に 小さくきえた」と始まる歌。

 曲は今聴くといかにも古臭いというか,まさに昭和40年頃の歌に聞こえる。

 詞も,一番から三番まで毎回「なにもいわずに」と出てくる。昭和40年代までは「口に出さない」ということはよくあった。この詞自体も全体に言葉足らずで明確な状況は不明で,雰囲気を感じ取るための詞になっている。「見つめていようよ 白いくちなしの花」から感じ取れということであり,昭和40年頃なら,皆が感じ取れたのだろう。

 

黒ゆりの詩(2018.3.9)

昭和43年,詞:橋本淳,曲:かまやつひろし,唄:ザ・スパイダース

 「誰も知らないこの世のはてに 黒ゆりの花さく美しい山」と始まる歌。

 ファンタジーのような詞だが,ファンタジーならもっと夢を織り込んでもよいのではないだろうか。曲もファンタジーっぽくない。私にはよく解らない歌。

 

グッドナイト・ベイビー(2017.10.8)

昭和43年,詞:ひろ・まなみ,曲:むつ・ひろし,唄:ザ・キングトーンズ

 「きっといつかは 君のパパも わかってくれる」と始まる歌。

 リードテナー内田正人のハイトーンと「グッドナイト グッドナイト ベイビー」というフレーズが印象に残る。

 

ケメ子の歌(2015.2.3)

昭和43年,詞:馬場祥弘,曲:馬場祥弘,唄:ザ・ダーツ

 「それは去年の秋でした」と台詞から始まる。歌は「きのうケメ子に会いました」と始まる。歌詞に記載はされていないが得体の知れないスキャッツコーラスがその前にあったように記憶している。

 「ケメ子」という名から想像されるように,コミックソングの一種だろう。「おおきなおむすび十個持ち ケメ子が八つに僕二つ」というのも意表をついている。しかし,最後には「キライキライ私はあなたがキライです」と言われてしまう。

 「ケメ子」という名に何らかの意味があるのかどうか私には解らない。後にアンサーソング1)が出ているそうだが,私は知らない。

1)「私がケメ子よ」(昭和43年?,詞:柳家小せん,宇井天平,曲:萩原哲晶,唄:松平ケメ子)

 

恋の季節(2012.1.29)

昭和43年,詞:岩谷時子,曲:いずみたく,唄:ピンキーとキラーズ

 「忘れられないのあの人が好きよ」という歌。何度もテレビで観てステージ衣装は印象に残っているし,曲も良く知っているが,特に曲にまつわる思い出もない。「夜明けのコーヒーふたりで飲もうと」なんていうこととは無縁の生活をしていたからかもしれない。レコード大賞新人賞を受賞している。

 この年の新年に円谷幸吉選手が自殺している。東京オリンピックのマラソンで活躍した選手だ。マラソンがテレビで完全生中継されたのは東京マラソンが最初である。1位は裸足のアベベ選手,円谷は2位で競技場に戻ってきたが,ゴール直前で抜かれてしまい銅メダルに終わった。残念ではあったが円谷は十分以上に頑張った。遺書が公開された。食べ物の話が異様に多く,一見なぜこのような遺書を書いたのだろうと思ったが,何度も読み返すうちにじわじわと言うに言えない思いが心に浸み込んでくる。遺書にでてくる直接の自殺原因らしき言葉は「もうすっかり疲れ切ってしまって走れません」という言葉だけである。いろんな思いを飲み込んで,美味しかった食べ物を挙げることで家族に礼を述べ,自ら命を断ったのだ。安らかにお眠りください。合掌。

 

恋の銀座(2018.2.4)

昭和43年,詞:星野哲郎,曲:中川博之,唄:黒沢明とロス・プリモス

 「どうしてあの娘にばかり やさしくするの」と始まる歌。

 女歌のムード歌謡だが,私にとっては聞き流すだけのBGM用の歌といってよいだろう。

 

恋のしずく(2014.7.9)

昭和43年,詞:安井かずみ,曲:平尾正晃,唄:伊東ゆかり

 「肩をぬらす恋のしずく」と始まる歌。

 伊東の歌謡曲でベストアルバムを作るなら必ず入る曲である。Wikipediaによればこの曲は女性としてオリコン1位を獲得した初の曲だそうだ。というと大ヒット曲のような感じを受けるが,オリコンチャートは昭和4211月に実験的にはじめられたようで、正式スタートは昭和431月である。この曲の発売も昭和431月であるから要するにオリコンチャートのスタート時の曲ということだ。この年の年間ランキングでは5位になっている。

 私がランキングすれば,伊東の歌謡曲の中では『小指の思い出』1)がザ・ベストでこのこの曲がその次に来る。サビの高音部は『小指の思い出』よりも魅力的な声になっている。

1)  「小指の思い出」(昭和42年,詞:有馬美恵子,曲:鈴木淳,唄:伊東ゆかり)

 

恋のときめき(2018.4.2)

昭和43年,詞:有馬三恵子,曲:鈴木邦彦,唄:小川知子

 「あまえていたい あなたの胸で」と始まる歌。

 「さみしい夜も こらえてきたの」の辺り,ああ小川知子だと感じる。

 デビュー曲『ゆうべの秘密』1)に次ぐ2曲目,有馬の作詞では最初の曲だがテイストはデビュー曲に似ている。デビュー曲のヒットに,あまり路線を変える冒険ができなかったのかも知れない。

有馬の詞では,小川の4枚目シングル『初恋のひと』2)の方が悲しい歌ではあるが私の心に響く。

1)「ゆうべの秘密」(昭和43年,詞:タマイチコ,曲:中洲朗,唄:小川知子)

2)「初恋のひと」(昭和44年,詞:有馬三恵子,曲:鈴木淳,唄:小川知子)

 

恋のロンド(2018.4.14)

昭和43年,詞:橋本淳,曲:すぎやまこういち,唄:ザ・ピーナッツ

 前奏に合わせて「ララララ・・・」とスキャットが入り,意味ある歌詞は「恋はふしぎな出来事 男と女のいのち」と始まる。最後もスキャットだ。

 私にはこの曲が彼女らの代表曲だとは思えないが,ザ・ピーナッツときいて思い浮かべる雰囲気にはぴったりはまっている。いかにもピーナッツという曲だ。

 

こころの虹(2018.4.24)

昭和43年,詞:橋本淳,曲:井上忠夫,唄:ジャッキー吉川とブルー・コメッツ

 「あなたを信じて ここまできたけれど」と始まる歌。

 「かなしい蝶々は 大空へ帰える」と「あなた」を「蝶々」に譬えているようなのだが,私には意味が解らない歌。何となく,おそらく果たされないであろうと知ってはいるが,一応は約束をして離れて行った恋人を偲ぶ歌か。

 

コモエスタ赤坂(2019.12.10)

昭和43年,詞:西山隆史,曲:浅野和典,唄:ロス・インディオス

 「コモエスタ セニョール コモエスタ セニョリータ 酔いしれて みたいのよ」と始まる歌。

 「別れたひとに 逢えるような」とか「これから恋が 生まれるような」と思いだけはポジティブだが,結局は「ひとり暮らしの わたしには」という訳で,最後は「それが赤坂 赤坂 デル コラソン」と終わる。

 気分だけのムード歌謡のようだ。

 

酒場人形(2017.8.16)

昭和43年,詞:山口洋子,曲:猪俣公章,唄:青江三奈

 「お伽噺をまともに受けて 酒場人形が夢を見た」と始まる歌。

 「騙されたのは」「私ひとり」とあるが,『だから云ったじゃないの』1)と忠告してくれる人はいなかったのだろうか。『遊女は客に惚れたと言い,客は来もせずまた来ると言う』というのは昔からよく知られていることではないか。もっとも,この後にも『バカだな バカだな だまされちゃって』2)と後悔する女はいるようだからいつの世にも騙される女はいるということだろうか。

1)「だから云ったじゃないの」(昭和33年,詞:松井由利夫,曲:島田逸平,唄:松山恵子)

2)「新宿の女」(昭和44年,詞:石坂まさを,曲:石坂まさを,唄:藤圭子)

 

薩摩の女(2018.10.14)

昭和43年,詞:星野哲郎,曲:島津伸男,唄:北島三郎

 「義理あるひとに 背を向けて 別れてきたと 君は泣く」と始まる歌。

 今になって思うと,当時はまだ「義理」が重たい時代だったのかもしれない。勿論,東映では『義理が重たい男の世界』1)だったのだが。

 この歌にある「義理」はかなり広範囲の概念だったのではなかろうか。その中でもこの歌での義理は金銭的,いやもっと広く家族の就職の世話なども含めた経済的な恩義に対して感じる義理ではなかろうか。自分が義理を果たさないことで家族などに迷惑が及ぶということを感じての涙だろう。「悲恋の旅の ドラが鳴る」と前途は道険しなのだろうが,当時であれば障害が多いほど燃え上がる恋というのがあったのだろう。

 と聞いて行くと,「故郷で待てとささやけば」と出てくる。どうもこれから一時は離れ離れになるようだ。義理を欠いておきながら,故郷で待つことなどできるのだろうか。他所で生じた自分の義理を無視して故郷に逃げ帰り,ほとぼりがさめるのを待つとうというのなら同情はできない。

 北島は年代を経るに従い微妙に歌唱が変わってきたように感じる。私は,初期のヒット曲を唄っていた頃の北島の歌唱の方が好みだ。

1)「唐獅子牡丹」(昭和40年,詞:水木一狼,矢野亮,曲:水木一狼,矢野亮,唄:高倉健)

 

さようならは五つのひらがな(2023.11.27)

昭和43年,詞:星野哲郎,曲:中川博之,唄:黒沢明とロス・プリモス

 「さようならは さようならは 五つのひらがな」と始まる。

 「あしたから あしたから ただひとり あなたのくれた 悲しみを あなたの代わりに 抱いてゆくのよ」と諦めモードだが,「にくいひと わるいひと でも好きよ」と思い切れていないようだ。当時はこのようなムードコーラスというジャンルがあった。

 

さよならの後で(2014.8.16)

昭和43年,詞:橋本淳,曲:筒美京平,唄;ジャッキー吉川とブルー・コメッツ

 「さよならのあとで 私の髪に」と始まる歌。

 若手GSの追い上げに対抗するため,大人路線を強調しようとムードコーラス方向に舵を切ったという印象の曲。

 エレキバンドや,その発展形?のGSも嫌いじゃなかったし,ムードコーラスも好きだった私にとってはどちらの路線でもよかったのだが,爆発的だったのGSの人気も次第に下がり,バランスの良い状態に落ち着いていく過程の曲と言ってよいだろう。

 

三百六十五歩のマーチ(2013.12.17)

昭和43年,詞:星野哲郎,曲:米山正夫,唄:水前寺清子

「しあわせは歩いてこない だから歩いてゆくんだね」とはじまる歌。昭和44年には選抜高校野球大会の入場行進曲として使われ,第11回日本レコード大賞大衆賞を受賞している。

 口の奥,喉との境あたりで発声しているようなチータの声。もともと演歌の援歌をうたっていたが,この曲は演歌ではない。しかし,歌詞の中には演歌の心が盛り込まれている。演歌テイストの援歌である。声に張りがあり,心が病んでいるときには共鳴しにくいが,後一歩,精神力でなんとかなるのではという状況のときには心に響く。援歌と呼ばれるのも納得できる。

 

思案橋ブルース(2015.3.12)

昭和43年,詞:川原弘,曲:川原弘,唄:中井昭/高橋勝とコロラティーノ

 「哭いているような長崎の町」と始まる歌。「ああ長崎 思案橋ブルース」と終わる。

 ムードコーラスというのだろう。当時このような男性コーラスグループによるヒット曲が多かった印象がある。ポール・モーリアやレイモン・ルフェーブルなどのイージーリスニング同様,BGMとして最適だ。ムードコーラスの優れているところはBGMとしてもよいが,音量を変えることにより歌詞をも聴く歌としても聴けるところだろう。

 コーラスグループとしては『ダークダックス』,『デューク・エイセス』,『ボニージャックス』などがあった。少しイメージが異なるのが『和田弘とマヒナスターズ』である。『ダニー飯田とパラダイスキング』はもっと雰囲気が違うし,異色グループとしては『ザ・キングストーンズ』もいた。

マヒナスターズもムード歌謡と言えるだろうが,ムードコーラスと言えば『鶴岡雅義と東京ロマンチカ』,『内山田洋とクールファイブ』,『黒沢明とロス・プリモス』,『敏いとうとハッピー&ブルー』などだろうか。『ハニー・ナイツ』とか『ロス・インディオス』というようなグループもあった。

ムードコーラスではないが『ハナ肇とクレイジーキャッツ』,『ザ・ドリフターズ』などというグループもあった。ジャンルは違うが『ピンキーとキラーズ』,『ペドロ&カプリシャス』,『平田隆夫とセルスターズ』,『ダウン・タウン・ブギウギバンド』,『森田光一とトップギャラン』,『サザンオールスターズ』,『クリスタルキング』,『シャネルズ』,『ラッツ&スター』など挙げて行けばキリがない。これらはやはり歌だと思う。BGMには適さないと思う。

 

シー・シー・シー(2015.9.7)

昭和43年,詞:安井かずみ,曲:加瀬邦彦,唄:ザ・タイガース

 「愛のピエロが数えた」と始まる歌。

 「たして引いてもかけても ABC and ABC and シーシーシー」と意味不明だが雰囲気を感じる曲なのだろう。歌詞の他の部分も意味不明で英語の箇所すらある。ザ・タイガースの人気が無かったら,消えた歌だと思う。

 いつごろだったか忘れたが,恋愛状態の段階をA, B, Cで表すのが流行った時期がある。

『まだA』とか,『Bまでいった』などと使われていたようだが,この歌を聞いたときにはこの用法との関係は感じなかった。もっと後に『初めてのC1)などという本が出たときにはこの用法は広く知られていたか,既に廃っていたかだろう。

1)C」は広く使われているコンピュータ言語。「C言語」ともいう。昭和47年に米国ベル研で開発された。しかし当時コンピュータ言語を学ぶとすれば,まず「FROTRAN」または「COBOL」だった。その後,パーソナル・コンピュータが登場して,「BASIC」を学ぶ人も増えた。コンピュータ言語として最初に「C」を学ぶ人が増えたのは平成になってからだろう。

 

知りすぎたのね(2016.10.19)

昭和43年、詞:なかにし礼,曲:なかにし礼,唄:ロス・インディオス

 「知りすぎたのね あまりに私を」と始まる歌。

 「嫌われたくなくて」秘密がなくなり,「捨てられたのね 私はあなたに」という歌だ。

 少し可愛そうな気もするが,「バカな私」とわかっているようだからそれでいい。過ちを繰り返さないように。

 典型的なムード歌謡だ。軽音楽は昔からあったが,日本でこの頃?にイージーリスニングが流行したのはムード歌謡の先行があったからではないか。

 

受験生ブルース(2017.12.24)

昭和43年,詞:中川五郎,曲:高石友也,唄:高石友也

 「おいで皆さん聞いとくれ 僕は悲しい受験生」と始まる歌。

 前半は,受験生とはこうあるべきと思われているだろうことが並んでいる。しかし,全ての受験生がこのようにやっていたのだろうか。やらなくてはいけないと思いながら,できない受験生も多かったのではないか。

 途中では感心できない大学生を並べ,「どこがいいのか大学生」とキレ気味だ。このような大学生もいることを否定はしないが,有益な大学生活を送る学生も当然ながら多くいる。

 恐らく本人も解っているのだろうが,こんな歌を唄っている暇があったら勉強しろと高校や大学の教師なら言うだろう。

 

純愛(2016.3.3)

昭和43年,詞:なかにし礼,曲:村井邦彦,唄:ザ・テンプターズ

 「どうして分かってくれないの」と始まる歌。

 曲を聴くと「腕に傷をつけて腕と腕を重ね」の箇所のショーケンの振りなどが目に見えるようだ。

 「純愛」という言葉からは周囲からの反対を想起する。周囲の反対に従わず,秘めた愛になりそれが純愛に進化するというイメージを持つが,この曲からは「純愛」というより『熱愛』あるいは『狂愛』という感じを受ける。但し大人の愛ではなく,子供の熱病のような愛を感じる。

 

城ヶ崎ブルース(2018.2.18)

昭和43年,詞:星野哲郎,曲:関野幾生,唄:黒沢明とロス・プリモス

 「ゆかねばならぬ 男がひとり ゆかせたくない 女がひとり」と始まる歌。

 当時,GSやフォークが若者に流行する中,歌謡曲ではムード歌謡,ムードコーラスが流行していたように思う。私も当時は若者だった。

 

好きになった人(2018.3.16)

昭和43年,詞:白鳥朝詠,曲:市川昭介,唄:都はるみ

 「さよなら さよなら 元気でいてね」と始まる歌。

 「固い約束」をした相手との一時的な別れ。「たとえ別れて暮らしても お嫁なんかにゃいかないわ」と信じきっているので別れの曲だが悲壮感はなく将来の希望に満ちている。聴いている私も「早く帰って」との願いが叶うことを祈ってしまう。

 

すてきなファーニー(2018.4.17)

昭和43年,詞:山田五十鈴,曲:いずみたく,唄:佐良直美

 「ファーニー あなたのまなざし」と始まる歌。

 1曲中10回も「ファーニー」が繰り返されるので,『あっ,この歌』とすぐにわかるが,他にどんな歌詞があったのかは記憶に残らない。それほど「ファーニー」の印象が強い歌。

 

砂の十字架(2018.4.28)

昭和43年,詞:横井弘,曲:小川寛興,唄:中村晃子

 「北の渚は涯なく青く 波はよせても帰らないあなた」と始まる歌。

 「独りつくろう 愛の十字架」というのだが「砂をあつめて」つくるのでは直ぐに壊れてしまうだろう。「私を置いて 小さな貝になってしまったの」と死別を暗示している。

 当時は若年での死亡は,以前に比べて激減したとはいえ,現実に起こり得ることだった。

 織田信長が舞ったと言われている幸若舞の敦盛には『人間五十年』とある。これは源平時代の話である。日本人男性の平均寿命が60才を越えた(60.80才)のは昭和26年である(女性は64.9才)。昭和43年には男性69.95才,女性7430才になっている。平成20年にはそれぞれ79.29才と86.05才にまで伸びている。即ち,寿命が延びたのは戦後の話だ。これはもちろん医療技術の進歩によるものである。英国のフレミングによりペニシリンが発見されたのが昭和3年,昭和17年には実用化され感染症の治療に大きな進展があった。結核文学が近代日本文学の1ジャンルとなるほど結核の罹患者が多かったが,昭和18年のストレプトマイシンの発見後,この普及により結核による死亡は急激に減少する。

尚,ストレプトマイシンの発見はワクスマンの研究室の卒業研究生シャッツによってなされ,研究設備を準備し指示をしたワクスマンと実際に実験をしたシャッツの間でどちらが発見者かの訴訟までなされたが,後に二人は和解している。

 

スワンの涙(2018.4.6)

昭和43年,詞:橋本淳,曲:筒美京平,唄:オックス

 「君の素適な ブラック・コート」と始まる歌。

 野口ヒデトのソロ中心で,彼の「あの空は あの雲は 知っているんだね」という台詞まで入っている。雲のような自然現象が知っていたり知らなかったりという比喩はこれまで何度も用いられてきた。新鮮味がないとも言えるが,聞き馴れた言葉は聞きやすい。

 オックスの爆発的人気の火付けとなった曲ではなかろうか。

 

青年は荒野をめざす(2017.10.22)

昭和43年,詞:五木寛之,曲:加藤和彦,唄:ザ・フォーク・クルセダーズ

 「ひとりで行くんだ 幸せに背を向けて」と始まる歌。

 たまたま私の耳に入ったのがそうだったというだけなのかも知れないが,当時のフォーク・ソングの多くは後に反戦フォーク,キャンパス・フォークと分類されるようなものだったように思う。個人的な内容のものが無かったわけではないが,後の四畳半フォークの時代に比べればはるかに少なく,コミック系がたまにあった。私がこの系統の歌を特に選んで聴いた時期はない。

 この歌は昭和42年の五木寛之の小説「青年は荒野をめざす」をモチーフにつくられたのだろうが,私は読んでいない。

 五木寛之は当時既に有名作家だった1)ので私も少しは読んだことがあっただろうが,続いて何冊も読みたいとは思わなかった。また,音楽系では歌謡曲系を好んでおり,以前は聴いていた外国のポップスは,ベンチャーズのようなエレキバンドを最後に聴かなくなっていた。私の関心はビートルズやフォークには向かわず,ブルコメなどのGSに向かった。ところで当時,流行歌は歌謡曲と呼ばれるようになっていたと思うが,まだ演歌という言葉は現在のような意味では使われていなかった。ただ,私の子供の頃から,クラシックは高級な音楽,流行歌は低級な音楽という社会風潮だったと感じていた。流行歌は歌謡曲と名を変えたが,その中でも後に演歌と呼ばれる分野はおじん臭い歌として若者から軽蔑されているように感じ,このような歌のファンであることは隠していた。それが,藤圭子が登場した頃だろうか,五木寛之が演歌を高く評価している2)と聞き,まとめて何冊か彼の作品を読んだ。彼が『青春の門』を書いていた頃だろうか。

1)昭和42年には「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞を受賞している。

2)実際には五木寛之の「艶歌」が出版されたのが昭和41年,藤圭子の登場は昭和44年である。「艶歌」の登場人物に『艶歌を無視した地点に,日本人のナショナル・ソングは存在しない』と言わせている。私が初めて目にした五木の文は,毎日新聞日曜版に [ゴキブリの歌 ]と題して連載されていたエッセイの中の「艶歌と援歌と怨歌」ではないかと思う

 

戦争は知らない(2017.4.8)

昭和43年,詞:寺山修司,曲:加藤ヒロシ,唄:ザ・フォーク・クルセダーズ

 「野に咲く花の 名前は知らない」と始まる歌。

 「戦さで死んだ 悲しい父さん」とあり,且つ「明日お嫁に お嫁に行くの」とあるので,大よその時代が判る。戦後20年以上経ったとはいえ,戦争の記憶がまだ強く残っていた当時の歌だ。寺山修司の世代なら周辺にはこのような境遇の人間が少なからずいたのであろう。

 当時のことだから,反戦ソングの一つとして唄われたのだろうと思うが,戦争に対する怨みごとを直接言葉にしているわけではない。亡き父親にお嫁に行くと報告しながら,「なぜか涙が 涙がでるの」とだけ表現されている。

 

草原の輝き(2018.5.4)

昭和43年,詞:橋本淳,曲:井上忠夫,唄:ジャッキー吉川とブルー・コメッツ

 「あなたのおうちは 緑にぬれた草原の 草原の はるかかなた」と始まる歌。

 GS山脈にはいくつかの頂があるが,ブルコメはその頂のひとつであることは間違いない。各頂にはそれぞれ特徴があるが,この曲はブルコメの曲の中でもブルコメらしい曲だ。

 

たそがれの銀座(2015.9.28)

昭和43年,詞:古木花江,曲:中川博之,唄:黒澤明とロス・プリモス

 「ふたりだけのところを だれかにみられ」と始まる歌。

 ムードコーラスなのだろうが,ややアップテンポの曲だ。私が思う典型的なムード歌謡はテナーサックスが奏でる曲であり,ギターが泣く曲であり,『ワワワワー』という感じのバックコーラスが入いる,いずれももっとスローな曲だ。

 この歌に登場する女性は1・2・3番で別な女性のようだが,結局この歌詞は何を言いたいのか理解できない。夜の銀座にはそれぞれ特長があるいろんな女性がいますよということだろうか。

 歌詞に文句をつけているように思われるかもしれないがそのつもりはない。この歌は歌詞の意味より全体の雰囲気を感じるものだと思うので,これでよいのだと思っている。メッセージ性が強くでると歌が重くなってしまうだろう。

 

旅路のひとよ(2016.4.12)

昭和43年,詞:池田充男,曲:鶴岡雅義,唄:鶴岡雅義と東京ロマンチカ

 「いまごろ君は夜明けの船か」と始まる歌。

 「手紙さえ 一年も途絶えてた 小樽のひとよ」とあり,詞の他の箇所も参考にするとどうも小樽で待っている筈の女性が独りでやってくるようだ。「船」というのは青函連絡船だろう。「日昏のホームで逢えたなら」ということなので汽車の駅までは迎えに出る予定のようだ。恐らく急行だろうから,青森を朝出て夕方着くならやはり上野だろう。

 一年以上連絡なしに,ただ想いあっているだけ。当時は時間がゆっくり流れていたのだ。

 

誰もいない処で(2016.11.18)

昭和43年,詞:タマイチコ,曲:中州朗,唄:小川知子

 「頬に涙がにじんでいたら 誰もいない処で その訳聞いてね」と始まる歌。

 「好きよ 好きよ 好きよ」「だから教えて 愛の言葉を」と願望の歌だ。リアルな願望なのか妄想なのかは不明だ。当時どのように聴いたのか記憶にない。恐らくあまり聴かなかったのだろう。大分後になってから,小川知子の特集か何かで聴いたように思う。

 タマイチコ,中洲朗,小川知子なので『ゆうべの秘密』1)のヒットを承けての続編なのだろうが,二匹目の泥鰌は同じ柳の下にはいなかったというのが私の感想だ。

1)「ゆうべの秘密」(昭和43年,詞:タマイチコ,曲:中洲朗,唄:小川知子)

 

ダンシングセブンティーン(2018.3.22)

昭和43年,詞:橋本淳,曲:筒美京平,唄:オックス

 「おしゃれなぼく サイケな恋 君が好きさ 踊りに行こう」と始まる歌。

 私には筒美の曲とは思えない曲。

 オックスはタイガース,テンプターズと並ぶアイドルGSだが,私にはオックスが一番異質に見えた。

 

小さなスナック(2014.1.22)

昭和43年,詞:牧ミエコ,曲:今井久,唄:パープル・シャドウズ

 「僕が初めて君を見たのは」と始まる歌。

 この歌が流行していた頃,私にとってスナックは敷居が高く入ったことがなかった。スナックの実体は知らなかったが,純喫茶の大人バージョンのようなイメージを持っていた。私にとって,その後のスナックのイメージは高級飲み屋だ。酒が飲める場所は料亭・クラブ・バーいろいろあるが,その中のひとつが飲み屋で,居酒屋などは飲み屋の中の一種だ。これらはあくまで私のイメージだ。

 パープル・シャドウズに関してはGSの中ではブルコメ路線のひとつのような印象を持っていた。ブルコメには大人を感じたが,パープル・シャドウズはもう少し若く,その後の私がイメージするスナックなどに行くようには感じられなかったので純喫茶のようなものと感じたのだろう。

 詞自体は,スナックで見かけた君は「ギターをつまびく」ような君で,少しは話をしたこともあるようなのだが,「今日も一人で待っているんだ」と今では君はこのスナックに来なくなっていて,連絡先も知らないようだ。

 そういえばこの頃,ギターを弾く人間は非常に多かった。まあ,上手く弾く者はそう多くはいなかったが。私が子供の頃は小学校ではハーモニカと縦笛の授業があった。鍵盤ハーモニカではないし,リコーダでもない。楽器は高価で,授業で使うもの以外を持っている者は極めてすくなかった。ごく一部のお嬢様がピアノを習ったり,バイオリンを習ったりしていたようだ。

 それが,この頃になるとフォークソングやエレキギターのブームで,ギターを手にする人間が増えたのだ。安いギターなら何とか買えるほど,人々の生活に余裕ができてきたのだ。ギターだけではない。安い電動オルガンが市販され,安いピアノは百科事典や文学全集などと同様,小金持ちのステータスシンボルになった。

 いつも同じ店で見かけるなどというほど一つの店に通いつめたことがないので,この歌詞のような話は私にとって現実ではないが,いつも同じ電車に乗っていたのに,あるときから見なくなるという人ことはいた。

 

小さな日記(2013.6.7)

昭和43年,詞:原田晴子,曲:落合和徳,唄:フォー・セインヅ

 「小さな日記につづられた」と始まる歌。

 メロディーが解りやすくてリズムも解りやすい曲で,詞は恋の思い出である。その恋は激しいものであったようには感じられないのだが,だからかも知れないが死別にもかかわらず悲しみよりも懐かしさを強く感じる詞になっている。

 華やかなステージではなく,大きなフォーク集会でもなく,ロシア民謡などがいっぱいの歌声喫茶でもなく,宴会場でもない。キャンプファイヤー終了後,テントから離れて星でも見ながら,ごく少人数で唄うのがふさわしいと感じる歌だ。

 

月のしずく(2017.8.30)

昭和43年,詞:銀川晶子,曲:五代けん,唄:西郷輝彦

 「青い青いお月様 遠い空の果てでひとり」と始まる歌。

 月に願いを掛ける歌は少なからずあるように思うが,この歌では月に対して「淋しそう」とか「悲しそう」とか擬人化して自己を投影している。もっとも,日本では百人一首の時代から月を自然現象の一つと見ているようだから,月に願いを掛けるのは文明開化以降の西洋の影響かもしれない。。

 

天使の誘惑(2012.4.17)

昭和43年,詞:なかにし礼,曲:鈴木邦彦,唄:黛ジュン

「好きなのにあの人はいない」とはじまる第10回日本レコード大賞受賞曲である。「私の唇に人差し指で口づけしてあきらめた人」を想い出し,やっぱり彼のことが好きだったんだ,どうして彼の胸に飛び込まなかったのだろうと後悔している歌。とはいえ,メロディーはそれほど後悔しているようではない。淡い恋だったのだろう。誰かが,「女の恋は曲がり角」と言っていた。男は直線的なので過去を振り返るとそれまでの恋が全て見えるが,女は新しい恋が始まって曲がり角を曲がった後は振り返っても昔の恋は見えないとのこと。これが正しいとすると,まだ新しい恋は始まっていないのだろう。暗さがないのは若いからではなかろうか。

この年,川端康成がノーベル文学賞を受賞した。後に大江健三郎も受賞しているが,私は川端康成のほうが解りやすく,好きだ。作品もそうだが,「美しい日本の私」と「あいまいな日本の私」いう受賞講演のタイトルや内容もだ。

 

年上の女(2014.9.28)

昭和43年,詞:中山貴美,補作詞:水沢ひろし,曲:彩木雅夫,唄:森進一

 「だから分かってほしいのと そっとからんだ白い指」と始まる歌。

 年上の女を泣かせた歌。当時は女性が年上というだけで引け目を感じていたと思われる。もっと以前には『姉さん女房は金の草鞋を履いてでも探せ』と言われた時代もあったのだが。

 歌の内容はともかく,唄はいかにも森進一という唄だ。声も独特だが森は顔全体で唄う。この唄を聴くと唄っている森進一の顔が目に浮かぶ。

 

友達の恋人(2017.5.2)

昭和43年,詞:銀川昌子,曲:Robert Carlos,唄:西郷輝彦

 「愛しちゃったのさ 友達の恋人を」と始まる歌。

 結局「だってあの娘はどうにもならない」「誰かさがそう好きな人を」という歌。

 曲もそうだが詞も軽い。「愛しちゃったのさ」などという言葉には重みを感じない。軽薄そうなアンちゃんか,未熟なボクちゃんを思ってしまう。後に演歌と呼ばれるような曲調と詞ならばもっと同情というか共感というかできたのにと思う。

 

友よ(2015.4.19)

昭和43年,詞:岡林信康,曲:岡林信康,唄:岡林信康,高石友也,フォーク・キャンパーズ

 「友よ 夜明け前の闇の中で」と始まる歌。「夜明けは近い 夜明けは近い」と何度も繰り返される。詞には「友よ 戦いの炎をもやせ」とあるが反戦集会などでもよく唄われていたように思う。もちろん反戦の対象はベトナム戦争であり,「戦いの炎」の相手は明示されてはいないが日米政府と社会体制だったのだろう。

多くの反戦フォークと言われた歌があったが,ほとんどが戦争関連の悲惨な状況を淡々と唄い情に訴える歌が多い中で,この歌は戦いに悪い戦いと正しい戦いがあり,「輝くあした」のために「戦いの炎をもやせ」とアジテーションの歌だ。但し,曲はアジ演説の臭いを感じさせないソフトで唄いやすい名曲だ。

この歌の出来の良いところは,「この闇」が何かは明示されておらず,「戦い」の相手も明示されていないことだ。人によっては『受験戦争』を「この闇」と解釈することもできるし,『彼女いない歴=年齢』を「この闇」と解釈することもできるだろう。ただ,私がひねくれているからかも知れないが,「闇」に苦しんでいる人に「友よ」と呼びかけ近づいてくる人になんとなく胡散臭さを感じてしまう。

 

慟哭のブルース(2017.11.3)

昭和43年,詞:川内康範,曲:曽根幸明,唄:水原弘

 「あなたを欲しい 欲しくてたまらない」と始まる歌。

 歌詞を読んでみると女歌のようだが,水原弘の歌唱は男歌に聞こえた。

 当時,選んで何度も聴いたり,自分で唄ったりする歌ではなかった。

 

ナイト・イン六本木(2017.5.25)

昭和43年,詞:橋本淳,曲:吉田正,歌:三田明

 「あなたを一日待ちました 夜がゆれてる六本木」と始まる歌。

 当時は東京を知らなかった。修学旅行等で行ったことはあったが,六本木がどんなところだったのか全く知らなかった。

 青春歌謡のひとつだが,当時はこのような歌はあまり聞かなかった。世間はBeetlesであり,GSであり,フォークの時代になっていた。

 

長い髪の少女(2014.3.7)

昭和43年,詞:橋本淳,曲:鈴木邦彦,唄:ザ・ゴールデンカップス

 「長い髪の少女孤独な瞳」と始まる歌。

 GSの歌は,騒がしい曲と静かな曲に大別できそうだ。騒がしいというと聞こえが良くないかもしれないが,この歌とは無関係なのでここで適切な言葉を捜すことはしない。この歌は静かな曲の代表だろう。メロディーの中で最も高揚する箇所の詞が「恋の終り」だ。静かな曲にならざるを得ないのだろう。

 そういえば,昔は腰までのロングヘアの少女をときどき見かけた。それがロングヘアの男性が増えるのと同時にロングヘアの女性が減っていった。まあ,男性の場合は肩より下という程度でもロングヘアの範囲に入ったが。最近ロングヘアの女性をほとんど見ない。長いといっても背中までで昔ならセミロングと言っていた程度だ。

 悲しそうな長い髪の後姿をみると,思わず声をかけたくなるのだろう。

 

長崎ブルース(2016.6.4)

昭和43年,詞:吉川静夫,曲:渡久地政信,唄:青江三奈

 「逢えば別れがこんなにつらい 逢わなきゃ夜がやるせない」と始まる歌。

 長崎の風物がいろいろ歌い込まれているので,ご当地ソングのひとつと言える。とはいえ,全体としては大人の男女をうたった女歌だ。

 吉川の作詞家デビューは昭和11年だそうだ。戦後は岡晴夫や津村謙の歌などを書いていたらしいが,この頃は,青江三奈(曲は渡久地政信が多い)や森進一(曲は猪俣公章が多い)の歌をよく書いている。多くが水商売を思わせる大人の女性の歌だ。

 

なげきの真珠(2015.10.19)

昭和43年,詞:横井弘,曲:小川寛興,唄:中村晃子

 「青い海のような街角 白い風のようなあの人」と始まる歌。

 私にとっての中村晃子は『虹色の湖』2)で,水前寺清子ほどではないが人生の応援ソングという印象だったが,この歌は少し違う。もっとも,この歌は聴いて覚えたというより楽譜から知った歌なので私の演奏が元歌とずれているかもしれないのだが,

 なお,この歌が載っていたのは東京音楽書院から発売されていた楽譜集で,46曲掲載されていて350円だから1曲8円以下だ。表紙はザ・ピーナッツである。当時、全音楽譜出版社のギターピースが1曲50円とか70円とかだったと思うので,それに比べると格安だ。

 岩波文庫は☆ひとつが50円,岩波新書は150円だったのではなかろうか2)

1)「虹色の湖」(昭和42年,詞:横井弘,曲:小川寛興,唄:中村晃子)

2)岩波文庫の価格は☆で表され,昭和2年の発刊時には☆ひとつ20銭だった。その後何度か改訂され,昭和26年には40円,昭和37年には50円,昭和48年には70円,昭和50年には100円になった。新書ももっと安かったかもしれない。

 

廃墟の鳩(2014.4.22)

昭和43年,詞:山上路夫,曲:村井邦彦,唄:ザ・タイガース

 「人はだれも悪いことを覚えすぎたこの世界」と始まる歌。

 「築き上げたユートピア」が廃墟となり鳩が飛んでいる。この鳩に「生きることの喜び」を知るという趣旨の歌詞だが,昭和43年は日本のGNPが世界2位になった年だ。当時は毎年ベースアップがあり,収入が年毎に増えていた時代ではないかと思う(私はまだ収入が無かったが)。この頃から自家用車が急速に普及していった時期だ。このまま進んでいけばそれこそユートピアになるのではないかと感じられた頃ではなかろうか。

 一方,公害問題はこれより少し前から激しくなってきていた。「悪いこと」とはこの公害のことだろうか。公害は自分自身に影響が及んでいたが,私にとって体感というより観念的なものとしてはベトナム戦争があった。日本に籠もっていては実感できなくても,世界史的には「悪いことを覚えすぎた」人々は他にもいた。これらのことを歌った歌なのだろうか。

 当時私は何も考えずにこの歌を聴いていた。

 鳩が登場するのはノアの箱舟の故事によっているのだろう。しかし,私が鳩と聞いて第一に連想するのは『鳩に三枝の礼あり』であり,次が『伝書鳩』だ。他にないかと考えてでてくるのが特急『はと』であり,続いて『はとバス』,次が『鳩サブレ』だろうか。神社やお寺あるいは公園などにいる鳩も思い出す。そういえば手品にも使われるなどと考えていたら,大学で大量の鳩の糞に悩まされていた時期があったことを思い出した。磁石を置いたら鳩が寄ってこないなどという話を聞いて,磁石を置いて見たが,効果はわからなかった。

 そのほか,煙草の『ピース』のパッケージがオリーブを咥えた鳩だったはずだ。

 

白鳥の歌(2017.11.16)

昭和43年,詞:橋本淳,曲:平尾昌晃,唄:ジャッキー吉川とブルー・コメッツ

 「北の入江の夕ぐれは 悲しいほどに美しい」と始まる歌。

 もともとブルコメの曲にはGSサウンドとは雰囲気が異なる曲が少なくないが,この曲も作曲が平尾だからだろうか,GSの曲というより歌謡曲だ。

 「ふたりのための朝を待つ 朝を待つ」と終わるが,このエンディングがGS歌謡とでも言える雰囲気を出している。

 

花と蝶(2014.11.10)

昭和43年,詞:川内康範,曲:彩木雅夫,唄:森進一

 「花が女か 男が蝶か」と始まる歌。

 「花が散るとき蝶が死ぬ」「蝶が死ぬとき花が散る」というのが願望のようだ。森の歌唱は夜の蝶の感じだが,詞の内容はそうではないようだ。森進一には合わないように思うのだが,彼の歌唱の印象が強烈過ぎて他の歌手でこの歌を唄わせてみたいという歌手を思いつかない。

 

花になりたい(2024.12.2)

昭和43年,詞:有馬三恵子,曲:平尾昌晃,唄;奥村チヨ

 「貴方の目の中に やさしくつつまれて 貴方の目の中で 私は花になる」と始まる。

 「恋のために 死んでも死んでも いいと思うの」と激情型だが,有馬には奥村がそう見えたのだろうか。

 ただ,当時はまだ『あなたがかんだ小指が痛い』1)などという時代。このような激情型女性を歌にするにはやや早かったのだろう。ウーマンリブ運動が日本で盛んになり,飛ぶ女性2)が増えた数年後のほうが良かったのだろう。先駆的な試みだとはいえるが大きな支持はまだ得られなかったのではないか。

 歌には関係ないが,この年,大塚食品工業が世界初のレトルト食品『ボンカレー』の発売を開始した。なお10年前の昭和33年には日清食品が世界初のインスタントラーメン『チキンラーメン』の発売を開始している。尚、最初のカップ即席麺『カップヌードル』が発売されたのは昭和46年である。

 尚,昭和30年代にはいると三種の神器3)と喧伝された家電が普及し始める。このような一連の家事を軽減に向かう社会の変化もウーマンリブ運動に力を与えたのだろう。

1) 「小指の思い出」(昭和42年,詞:有馬三恵子,曲:鈴木淳,唄:伊東ゆかり)

2) 「飛ぶのが怖い」(Erica Jong: Fear of Flying, 1973. 柳瀬尚樹訳:エリカ・ジョング,「飛ぶのが怖い」,河出文庫) 

3) 「三種の神器」昭和30年代の電化製品の三種の神器。白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫

 

花の首飾り(2013.4.5)

昭和43年,詞:菅原房子,補作詞:なかにし礼,曲:すぎやまこういち,唄:ザ・タイガース

 「花咲く娘たちは 花咲く野辺で」と始まる歌。加橋かつみがリードボーカルを務めた歌で沢田研二がリードボーカルを務めた『銀河のロマンス』と両A面の形で発売された。白鳥に首飾りをかけると白鳥は娘になったというメルヘンである。

わたしにはジュリー(沢田)の声は甘すぎるように聞こえ,もう少しさっぱりしたトッポ(加橋)の声のほうがどちらかというと好きだった。

 ビートルズの来日は昭和46年である。ビートルズファンの中にはGSの音楽性の低さを言い立てる人もいたようだが,当時のGSは絶頂期であった。もっともフォークの方へ向かう人間も出てきたりして,アメリカン(だけではないが)ポップスの翻訳は聴くことが少なくなってしまった。歌謡曲が分裂したといってもよいだろう。

1)      「銀河のロマンス」(昭和43年,詞:橋本淳,曲:すぎやまこういち,唄:ザ・タイガース)

 

花のヤング・タウン(2020.7.31)

昭和43年,詞:島田陽子,補作詞:山上路夫,曲:加瀬邦彦,唄:ザ・ワイルドワンズ

 「朝日の中から あの子は来るよ」とはじまる。

 「ババババ・・・」と繰り返されるが,何のことか解らない。

 「花の香りで すぐにわかるさ 君が来る時」というのが全てのようだが,それほどハッピーな状態だと誰彼かまわず言いふらしたいという心境か?

 

花はまぼろし(2016.7.13)

昭和43年,詞:丹古晴己,曲:鈴木淳,唄:黒木憲

 「こころのすみで いつまでも 涙にぬれて 咲いている」と始まる歌。

 初恋の思い出の歌だが,「いちずにもえた帰らぬ月日」と必ずしも片想いというわけではなかったようだ。なぜ「初恋の 花はまぼろし」となったのか事情が不明なので共感できないし,同情も薄くなる。広い意味での経済的理由あるいは病気が原因でこの恋が成就しなかったのなら,メロドラマになっただろうが。

 

バラの恋人(2018.11.11)

昭和43年,詞:安井かずみ,曲:加瀬邦彦,唄:ザ・ワイルドワンズ

 「いつでも逢うたびに 君の返事を待ってるのに」と始まる歌。

 ザ・ワイルドワンズはGSの一つであることは間違いない。私の中ではGS3 系統ある。エレキバンド系,フォーク系,そのどちらでもない純粋?GS系だ。ワイルドワンズは純粋GS系と感じられる歌も唄ってはいるが,ヒット曲の多くはフォーク系だと感じる。この歌もそうだ。

 ところで,この少し前私がフォーク系という言葉で思っていたのは,カントリーと反戦フォーク,もっと広く言えば,ギター伴奏で素人っぽい唄い方がフォークだと思っていた。

 もっとも,フォーク系は自作の詞を唄うというイメージもあるが,この歌はプロ作詞家の詞だ。フォークでの分類なら商業フォークとなるのだろう。ただし,安井が作詞家として本格的に活躍するのはもう少し後と言っても良いかもしれない。この少し前まではみナみカズみという名で訳詞を主にやっていたように思う。

 閑話休題。この詞は当時よりも少し前の一般的中・高生の心情をよくとらえているのだろう。このような気持ちを忘れてしまった者にも,そのような時代もあったと思い出させ,それがヒットにつながったのだろう。

 

非情のライセンス(2013.2.3)

昭和43年,詞:佐藤純弥,曲:菊池俊輔,唄:野際陽子

 歌詞を見ると,最初に「ウフン ラムール アー ラモール」という台詞が入っている。私はこの「アー」という箇所を「et」と聴いていた。この台詞は2番の後にもあるが,「ウフン」の部分の記憶はない。歌は「あゝあの日愛した人の墓に花をたむけるあした」と始まる。

 TBS系で昭和43年から5年間放映されたテレビドラマ「キイハンター」の主題歌である。東京にある国際警察特別室配下という設定の国際スパイ系のアクションドラマで,野際は英語・フランス語・ドイツ語・アラビア語に堪能な元フランス情報局諜報部員を演じている。他には千葉真一などが出演しており,キャップは丹波哲郎が演じている。海外でも放映され,ジャッキー・チェンは千葉の大ファンだったとのことである。

 この歌の歌詞もスパイアクション系になっており,凡人にとっては非日常の歌詞だ。

 昭和48年からNET系で放映された天地茂主演の刑事ドラマ「非情のライセンス」の主題歌は「昭和ブルース」1)である。こちらは歌のほうが先にできている。

 この年,『週刊少年ジャンプ』が創刊され,『ビッグコミック』で『ゴルゴ13』の連載が始まった。本格的な漫画時代2)の到来ではないか。

1)      「昭和ブルース」(詞:山上路夫,曲:佐藤勝,唄:ザ・ブルーベル・シンガーズ)。ドラマの主題歌は天地茂が唄っている。

2)      週刊少年サンデーおよび週刊少年マガジンは昭和34年,週刊少年チャンピオンは昭和48年,少女フレンドは昭和37年,マーガレットが昭和38年,花とゆめは昭和49年の創刊である。少年漫画・少女漫画の雑誌が増え,次第に大学生まで漫画を読むようになり,ついには通勤途中のサラリーマン風の男までが少年用?漫画週刊誌を読むようになった。(それ以前にも大人用?の漫画週刊誌はあったが・・・)

 

ひとり酒場で(2015.5.21)

昭和43年,詞:吉川静夫,曲:猪俣公章,唄:森進一

 「ひろい東京にただ一人」と始まる歌。「夜の銀座で飲む酒は なぜか身にしむ胸にしむ」と終わる。

 終わってしまった恋を思い銀座で飲んでいる。「両手でつつむグラスにも」とあるのもブランデーか何かを飲んでいそうに感じられる。銀座は高いというイメージがあり,たまに東京へ行っても銀座で飲もうということはなかった。

 二十歳過ぎてから,飲みに行く機会ができるようになったが,まだ酒が殆ど飲めなかった私から誘うことはなかったし,一人で飲みに行くこともなかった。友人や先輩と飲みに行く場合,カクテルが多かったように思う。カクテルの名前など知らないので,一つ覚えのマティーニを頼むこともあったが,たいていはジンライムなどを飲んでいた。当時でもコークハイなどもあったと思う。「など」の中身はハイボールなどだ。店にはジュークボックスがあった。

 10年経たないうちに少しは呑めるようになり,ウイスキーやブランデーを買って来て飲んだり,一人で呑み屋に出かけるようになっていた。・・・金がないので安い酒ばかりだったが。カラオケ登場前で,流しのお兄さん?がやってくる店もあった。

 有名な『ひとり酒場で飲む酒は』と始まる美空ひばりの歌があるがあれは『悲しい酒』,知名度は少し落ちるかもしれないが江利チエミにも『酒場にて』という,少し紛らわしい歌がある。

1)「悲しい酒」(昭和41年,詞:石本美由起,曲:古賀政男,唄:美空ひばり)

2)「酒場にて」(昭和49年,詞:山上路夫,曲:鈴木邦彦,唄:江利チエミ)

 

緋牡丹博徒(2017.6.20)

昭和43年,詞:渡辺岳夫,曲:渡辺岳夫,唄:藤純子

 「娘盛りを渡世にかけて 張った体に緋牡丹燃える」と始まる歌。

 東映映画「緋牡丹博徒」シリーズの主題歌。使われたのは3作目(「緋牡丹博徒 花札勝負(昭和44年)」以降らしい。

 唄う映画スターというより,女優が唄ってみたという感じだが,そこが東映映画らしいとも言える。

 

ブラック・ルーム(2022.9.16)

昭和43年,詞:なかにし礼,曲:鈴木邦彦,唄:黛ジュン

 「ああ あなたがいないから さめてしまった ブラック・コーヒー 時計の針も 止まったの」と始まる。

 ボーっと聞いていると,同じことを繰り返してるだけの歌に聞こえる。

 私にはなかにしと鈴木がこのような歌を作った意図が理解できない。「あなたがいない」ことで頭がいっぱいで何も考えられないし,何も手につかないということを表現したかったのだろうか。

 『天使の誘惑』のB面。

 

ブルー・ライト・ヨコハマ(2012.12.9)

昭和43年,詞:橋本淳,曲:筒美京平,唄:いしだあゆみ

 「街の灯りがとてもきれいねヨコハマ」と始まる歌。「あなたとふたり幸せよ」とハッピーな歌なのだが,いしだの鼻に近い部分で発声していると感じられる声と,アンニュイな唄い方は,ハッピーさに心ウキウキワクワクではなく,全てを「あなた」にゆだねて,ぬるすぎはしないが熱くもない風呂にゆったりと浸かっているような幸せ感がある。

 この年,札幌医科大学付属病院でわが国初の心臓移植手術が行われた。医学の進歩は素晴らしいが,倫理問題との兼ね合いで極めて難しい問題を人類に投げかけることになる。iPS細胞に係るノーベル賞は素晴らしいことではあるが,この技術に関係する倫理問題もどのように解決すべきか私には判断がつかない。遺伝子操作の技術なども同様だ。もちろん,私なりに思うところはあるが,それが正しいのかどうか不明ということだ。結局この問題に対しては何が正しいのか誰も証明することはできず,信仰の問題になるのではなかろうか。

 この歌が流行っていたころだったと思うが,『命とは何か,人間とは何か』などということを考えたことがある。結局結論は出ていないが,私は『人間は特別な存在であり,人間以外を利用することを神から許されている』という考えは誤りであると考えている。なぜなら「人間」が明確に定義されていないので,このような考えはその内容が一定ではないため普遍の真理ではありえないからである。例えば,鉄腕アトムが人間ではないとする理由は何なのだろうか。

 

ブルーライト・ヨコハマ(2016.12.16)

昭和43年,詞:橋本淳,曲:筒美京平,唄:いしだあゆみ

 「街の灯りがとてもきれいね ヨコハマ ブルーライト・ヨコハマ」と始まる歌。

 やや鼻にかかったように聞こえる石田の歌声。この時代を代表する歌だろう。特に好んで聴いたわけではないが,聴く機会が多かったせいか,強く耳に残っている。

 

星が降るまで(2015.11.11)

昭和43年,詞:橋本淳,曲:筒美京平,唄:ヴィレッジ・シンガーズ

 「砂に残した小さな足あと」と始まる歌。

 GSらしくないGS?の歌。「夢の中だけで恋をしようね」と橋本まで存在感の薄い歌詞を書いている。筒美の曲もGSらしいパンチが無い。GSではオジサン風のブルコメと良い子風のヴィレッジがGS界の端を歩んでいたように思う。

 GSの中央ではなく,反戦フォークでもカレッジフォークでもなく,ムードコーラスでもなく,従来の歌謡曲でもない。新しい路線を目指したのだろう。

 

星空の二人(2017.9.14)

昭和43年,詞:橋本淳,曲:筒美京平,唄:ザ・ジャガーズ

 「星がきれいだね 歩いて下さい」と始まる歌。

 「君と二人きり 楽しいはずさ」という歌だが,当時の私には関係の無い唄だった。

 GSブームの末期の曲ということが。

 

星を見ないで(2013.9.23)

昭和43年,詞:安井かずみ,曲:平尾昌晃,唄:伊東ゆかり

 「私はあなたの目を見るわ」と始まる歌。

 私の印象では『小指の想い出』1)から『朝のくちづけ』2)までが伊東ゆかりの一つの時代で,この歌もその中に入る。これより前もこれより後もいろんな歌を唄っているが,この時代とは少し違うと感じるのだ。違うといっても,森山加代子・弘田三枝子・山本リンダほどの大変身ではなく,小柳ルミ子程度の変身以下の僅かな変身だと思うが,それでも確かに違うと感じる。

 私にとって,伊東ゆかりの歌ではベスト3の次に位置する歌だ。

1)      「小指の想い出」(昭和42年,詞:有馬美恵子,曲:鈴木淳,唄:伊東ゆかり)

2)      「朝のくちづけ」(昭和43年,詞:有馬美恵子,曲:鈴木淳,唄:伊東ゆかり)

 

むらさきの夜明け(2019.8.9)

昭和43年,詞:吉岡治,曲:原信夫,唄:美空ひばり

 「はるかな空の彼方から 夜明けが今日も訪れる」と始まる歌。

 編曲のせいもあるだろうが,吉岡・原・美空の組み合わせとは思えぬGSサウンズというかブルコメサウンズだ。さすが美空,このような歌も上手く唄うもんだと感心するが,当時の映像を今観て印象に残るのはスカートの長さだ。そのせいでオバさんが唄っているように思えてしまう。

ブルコメサウンズとの印象は『真っ赤な太陽』1)の印象からきているのだろう。美空は『真っ赤な太陽』で初めてミニスカート(とはいってもようやく膝上)姿を披露した。当時は『ええ歳こいて,何若い恰好してんねん』という印象だったが,今観ると何の違和感もない。美空も十分に若い。当時の美空は30を超えていたし,私は10代,今の私は70代なのでこれらの年齢の差と時代の違いによりこのような印象になったのだろう。本人は『ミニは嫌い』と言っていたそうで,また普通?に戻しただけのようだ。

1)「真赤な太陽」(昭和42年,詞:吉岡治,曲:原信夫,唄:美空ひばり/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ)

 

夕月(2012.10.12)

昭和43年,詞:なかにし礼,曲:三木たかし,唄:黛ジュン

 「教えて欲しいの」と始まり「涙のわけを」,「私の罪を」,「忘れるすべを」と続く歌。「許されるものならあやまりたいの」と言っているが,恐らく謝るような性質のものではないだろう。あるいは「あまりにいちずに愛しすぎたのね」というのが正解かもしれない。相手から重荷と感じられたのかもしれない。

 密かに良い歌だと思っていたのだが,ある日,歌謡曲などには興味がなさそうな同級生が口ずさんでいるのを聞いて,やはり良いものは良いのだと思った。

 月は最も多く歌詞に登場する天体だろう。願いは星に掛けたりもするが,伝言を頼んだり,回答を期待する?ような問いかけは月に限られるようだ。太陽は余りにもギラギラしすぎている。暗い空に黙って光っている月を眺めていると,悩みを聞いてくれそうな気がするのだろう。私が月だったら,何も答えてあげることはできない。時が傷を癒してくれることを祈りながら。

 

ゆうべの秘密(2011.9.29

昭和43年,詞:タマイチコ,曲:中州朗,唄:小川知子

「ゆうべのことはもう聞かないで」で始まる歌。「あなたにすべてをかけたのだから」などと鼻歌を歌いながら製図の宿題をしていた。製図といっても線を引いたり円を描いたりだけだが。

 当時は烏口を使っていた。アーカンソー砥石で砥ぐのだが,きれいに砥げていないと線がきれいにならず,砥ぎすぎるとケント紙が切れてしまう。ほんの少しだけ紙に切り込むくらいがきれいに描くポイントだった。大学院に進学したころはロットリングペンを使うようになっていて,烏口を使ったのは授業のときだけだった。研究室のロットリングペンを他人が使っているときは,仕方がないので自分の烏口をつかっていた。大学院生になったころは自分でロットリングペンを買う金は持っていなかった。

 計算尺も似たようなものだ。高校の化学の時間には簡単な計算尺をつかっていたが,大学では電気工学用の大きな計算尺を買った。これでレポートの計算などもしたのだが,大学院に入った頃は電卓に変わった。電卓は加減乗除だけだったので数表と電卓というのが正確なところだ。卒業研究で研究室に配属されたときにはまだ機械式の手回し計算機もあった。

要するに,当時は自宅では算盤と計算尺で計算していた。

 

ゆうべの秘密(2012.6.25)

昭和43年,詞:タマイチコ,曲:中州朗,唄:小川知子

 「ゆうべのことはもう聞かないで」という歌。「あなたに凡てをかけたのだから」という部分などなかなかいい。幸せのおすそ分けが貰えそうだ。

 昭和43年1月,米国のエンタープライズが佐世保に寄港するということでこれに反対する左翼系の運動があった。エンタープライズは昭和35年に進水した世界最初の原子力空母で,昭和37年のキューバ危機では海上封鎖に加わっており,昭和40年からは北ベトナム攻撃に加わっており,世界最初の実戦に投入された原子力空母でもある。ベトナム戦争反対(=米国の南ベトナム支援反対)と核の持込反対ということで,大学でも学生集会などが頻繁に開催された。現地ではかなり過激な反対闘争もあった。

 エンタープライズはベトナム戦争中に佐世保に寄港したのだが,プエブロ号事件1)が発生し十分な乗員の休養もないまま日本海に出動する。その後も,昭和44年,厚木基地所属の米海軍電子偵察機(乗員31名)が北朝鮮軍機により撃墜された事件のときなどにも日本海に派遣されている。

1)      昭和43年1月,北朝鮮東岸の公海上で情報収集をしていたプエブロ号が領海侵犯ということで拿捕された(乗員83名,内1名死亡)。領海侵犯事実の有無に関しては米朝の意見は食い違っているが,最終的には外交判断として米国がスパイ活動を謝罪している。北朝鮮の瀬戸際外交の始まりとも言われる。

 

行け行け飛雄馬(2015.12.4)

昭和43年,詞:東京ムービー企画部,曲:渡辺岳夫,唄:アンサンブル・ボッカ

 「思いこんだら試練の道を」と始まる歌。

 日本テレビ系で放映されたアニメ『巨人の星』の主題歌。原作は梶原一騎原案,川崎のぼる作画で週刊少年マガジンに昭和41年から連載された。基本的に当時のスポーツ漫画は根性漫画だったと思うが,そのなかでも『巨人の星』はスポ根漫画の代表だろう。

 少女漫画の主人公の瞳に最初に星を描いたのは石森正太郎だという話を聞いたことがあるような気がする。主人公の瞳に炎が描かれたのはこの主人公「星飛雄馬」が最初ではなかろうか。

 このアニメは言葉もまだよく知らない幼児も観て,ローラーを引いて整地する様子に被せて流れるこの主題歌を「重いコンダラ」と聞き,飛雄馬が引いている物の名称が「コンダラ」だと思い込む子供が多かったとかいう話もある。

 ところで,このタイトル「行け行け」は「イケイケ」ではなく[ユケユケ]だ。「イク」は「ユク」の口語形だと辞書にある。確かに『海行かば』1)のように,「ユク」は文語だ。しかし広沢虎造は「旅ゆけば 駿河の国に茶の香り」2)と口語でも「ユク」を使っている。音便で「イッテ」となるので,この語幹が誤用されたのが定着したのだろうか。歌詞全体を見ると大部分が口語形になっているが,やはり「行く」は「ユク」の方がこの歌に合っているというのが当時の語感なのだろう。私の語感は今でも「ユケユケ」だ。

1)「海ゆかば」(昭和13年,詞:大伴家持,曲:信時潔)

2)「清水次郎長伝」(広沢虎造)

 

ラブ・サイン(2020.8.29)

昭和43年,詞:牧ミエコ,曲:今井久,唄:パープル・シャドウズ

 「町のはずれの プラタナスの木に みつけたよ ラブ・ラブ・サイン」と始まる。

 「ほんとに愛してるから 許せなかったのさ」というような出来事があって既に別れているようだ。別れた後,プラタナスの木に「きみがかいた ラブ・ラブ・サイン」を見つけたのだ。神社の絵馬にメッセージを発見したようなものだ。この木が何らかの想い出の木だというなら解らなくもないが,単に街の中の一本の木というなら極めて珍しいことだろう。

 歌はこのサインに気付き,「いますぐこの胸に かえっておいで」と終わっている。

「かえっておいで」というメッセージが相手に伝わったかどうかは定かではない。

 一度壊れたものは元通りにはならないというのが私の経験則だが。

 

忘れるものか(2017.1.25)

昭和43年,詞:有馬三恵子,曲:鈴木淳,唄:石原裕次郎

 「抱いてやりたい燃えてもみたい それさえ出来ない恋なのに」と始まる歌。

 日活映画「忘れるものか」の主題歌。

 裕次郎の歌の中ではムード歌謡路線の歌だろう。彼の声は私にはムード歌謡に向いているとは思えないのだが,全体の雰囲気がムード歌謡だ。

 歌詞に関してはあまり共感できる点はない。相手の男性がこのように思っていてほしい(思っているに違いない)という女性の願望(思い込み)の歌詞ではないかとも思うが,私には解らない。

 

Hey Jude(2015.12.30)

昭和43年,詞:John Lennon 曲:Paul McCartney,唄:The Beatles

 「Hey Jude, don’t make it bad」と始まる歌。

 私がもっと英語のヒアリングができれば,聴く時を選べば感情移入できたかもしれないのだが,なにせどんな意味なのか聴いただけでは解らないので心に響くことはなかった。

 「Hey」というのが呼びかけの言葉だとは頭では理解するのだが,心が受け付けない。後に少し滞在した米国で「Hay」とか「Hey」とか呼びかけられたことが何度もあり,話者は特別なニュアンスを含ませていないようには感じたのだが,自分から「Hay」とか「Hey」とか呼びかけることはしなかった。私の感覚だと,気軽過ぎる気がして,善意や敬意を込めて「Hay」と呼びかけることができなかったのだ。もちろん,職場のボスのファーストネームを呼び捨てにすることなどできなかった。ほとんどどこでも,私は呼びかけには「Hellow」を使っていたように思う。相手にはどう聞こえていたのだろう。

 まあ,歌詞が聞き取れなくても曲が私のツボにはまればよいのだが,歌謡曲にどっぷりつかっていた私には曲もそれほど魅惑的ではなかった。

 当時はビートルズはそれほど好きではないなどと言うと,音楽レベルの低い奴だと思われるような気がして,ビートルズも聴いているようなふりをしていたが,今では何と思われても構わないという気になったので,ビートルズに関心がなかったことを告白しておこう。

 

Manchester & Riverpool<マンチェスターとリバプール>(2018.7.27)

昭和43年,詞:Eddy Marnay,曲:Andre Popp,唄:Pinky & The Fellas

 「Manchester and Liverpool may not seem cities for romantic fools」と始まる歌。

 他にはNew YorkSydneyが登場する。

 原曲「Manchester et Liverpool」はMarie Laforêtが唄っているらしい。英語盤と詩の内容が異なっているらしいがフランス語盤は聴いたことが無い。岩谷時子の日本語詞もあり,これは仏語盤に近い内容らしいがこれも聴いた記憶が無い。

 英語盤でも聞き取りはほとんどできないのだが,歌詞を読むと,大都市は住みやすい所とは言えないかもしれないが,そこで生まれ育った人にとっては忘れられない故郷だというような意味らしい。ザ・ピーナッツの英語盤を聴いたことがあるが,さすがピーナッツ,なかなか聴かせる。やや単調にさえ感じられる曲が私に合っているのだろう。

 

(Sittin’ on) The Dock of the Bay<ドック・オブ・ベイ>(2019.9.3)

昭和43年,詞:Steve Cropper/Otis Redding,曲:Steve Cropper/Otis Redding,唄:Otis Redding

Sittin’ in the mornin’ sun  I’ll be sittin’ when the evenin’ comes」と始まる歌。

Reddingはこの歌を録音して3日後に乗っていた飛行機が墜落して亡くなった。逝去後の発売だが,ビルボード1位を獲得している。Wikipediaによれば,ローリング・ストーンが選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング5002010年版)で26位にランクインしているとのこと。

私にはこの歌のどこがそれほど良いのか解らない。

Cause I’ve had nothing to live for  And look like nothin’s gonna come my way」とか「I can’t do what ten people tell me to do  So I guess I’ll remain the same」などという歌詞が,将来に希望を見出せない若者の悩みを上手く表現しているということなのだろうか。

曲も単調だ。詞に合っているとは言えるが。

 

The Train<トレイン(2018.9.15)

昭和43年,詞:Ritchie Cordell, J.Kasenetz, J.Katz,曲:Ritchie Cordell, J.Kasenetz, J.Katz,唄:1910 Fruitgum Company

 「The train is comin’ down the track  It’s bringin’ my baby back」と始まる歌。

 去ってしまった元彼女が戻って来る。詞も曲も単純に喜んでいるようだ。第三者の私としてはどうぞご勝手にという気分で,何度も聴きたいとはあまり思わない。

 

Time of the Season<二人のシーズン>(2019.6.19)

昭和43年,詞:Argent Rod,曲:Argent Rod,唄:The Zombies

 「It’s the time of the season  When love runs high」と始まる歌。

 正しく理解しただろう歌詞は「What’s your name?  Who’s your daddy?  Is he rich like me?」くらいで,あとは雰囲気を感じ取る程度だ。解ったと思っているところも表には現れない深い意味があるのかもしれない。

 結局,私の浅薄な理解ではナンパソングなのだが,そのようなときに父親の名前を聞いたりするのだろうかという疑問は残る。

 

Valleri<すてきなバレリ>(2018.12.10)

昭和43年,詞:Tommy Boyce, Bobby Hart,曲;Tommy Boyce, Bobby Hart,唄:The Monkees

 「Valleri I love my Valleri」とまずあり,続いて「There’s a girl I know who makes me feel so good

と始まる。

 幼馴染だけど,今は昔と違って見えるという。思わず幼馴染と書いてしまったが,年齢差はありそうだ。よくある話かとも思うが,欧米人も同じかとある意味感心する。ただ,日本の歌でこのような状況をストレートに歌った詞を思い出さない。

同年代のケースは『おさななじみ』1)を始めとして何曲もあるが。年の差というと光源氏と若紫2)などを思い出すが,こちらは最初に見かけた時から魅かれているので少し(かなり?)状況が異なる。

曲だが,ニール・セダカやポール・アンカを聴いてきた私にはビートルズと同じように聞こえる。新鮮さは感じるが異質で,要するにあまり魅力を感じなかった。

1)「おさななじみ」(昭和38年,詞:永六輔,曲:中村八大,唄:デューク・エイセス)

2)「源氏物語」紫式部