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昭和61年

愛燦燦,青いスタスィオン,あじさい橋,天城越え,愛しき日々,命くれない,色・ホワイトブレンド,OH!!POPSTAR,おっとCHIKAN!,男と女のラブゲーム,想いで迷子,風のインビテーション,悲しみモニュメント,悲しみよこんにちは,歌謡曲,ガラス越しに消えた夏,季節はずれの恋,君は1000%,キャンドルの瞳,くちびるNetwork,恋のロープをほどかないで,木枯らしに抱かれて,今夜はANGEL,最後のHoly Night,さよならのオーシャン,シーズン・イン・ザ・サン,深呼吸して,紳士同盟,シンデレラたちへの伝言,時代おくれ,ジプシー・クイーン,じゃあね,じょっぱり船,SWEAT & TEARS,スキップ・ビート(SKIPPED BEAT),スシ食いねェ!,Super ChanceSay Yes!1986年のマリリン,Song for U.S.A.,象さんのすきゃんてぃ,CHA-CHA-CHA,ツイてるねノッてるね,Teenage Walk,デカメロン伝説,DESIRE,時の流れに身をまかせ,ないものねだりのI Want You,渚の『・・・・・』,夏色片想い,夏を待てない,NANA,ノーブルレッドの瞬間,バナナの涙,バラードのように眠れ,バレンタイン・キッス,BAN BAN BAN,瞳に約束,Fin,不思議な手品のように,冬のオペラグラス,Broken Sunset,プルシアンブルーの肖像,My Revolution無錫旅情,MAYMERRY X’MAS IN SUMMER,  やっぱ好きやねん,雪国,Raspberry Dream,六本木純情派,わかれ道[おなじ夢],WAKU WAKUさせて,私は里歌ちゃん

 

愛燦燦(2012.9.8)

昭和61年,詩:小椋佳,曲:小椋佳,唄:美空ひばり

 「雨濽々とこの身に落ちて」と始まる歌。小椋佳が唄ったのも聴いたことがあるが美空ひばりのほうがいい。私が他人の歌声をどうこう言える立場ではないことは十分解っているが,それでも美空ひばりの歌声はプロの声であり小椋佳の歌声はアマチュアの声に聴こえる。

 歌自体は小椋佳らしく,悪くない歌だ。まあ,滅多に使わない言葉を少しだけ挿入するのは小椋佳らしいというか,少しだけ東大の匂いがするが。詞に意味があり,その意味を発声して伝えるという意味で昭和の歌だ。「人は哀しい」「かよわい」「かわいい」,「人生って不思議な」「嬉しい」ものだというメッセージだ。平成の歌は詞が意味よりも雰囲気を感じさせることを目的とし,声は生きた楽器として使おうとする歌が多いような気がする。

 

青いスタスィオン(2012.11.5)

昭和61年,詞:秋元康,曲:後藤次利,唄:河合その子

 「夏の前の淡い陽射しが駅のホームにこぼれてる」という歌。まあおニャン子っぽい唄い方ということなのか語尾が聞こえづらい。私の歳のせいなのか,歌詞に共感できる箇所もない。このような歌を次々と売っていく秋元には脱帽する。

 

あじさい橋(2016.10.1)

昭和61年,詞:秋元康,曲:見岳章,唄:城之内早苗

 「遠くにゆっくりと梅雨が来て」と始まる歌。

 私が分類に困る歌。唄い手の見た目からではアイドル・ソングと分類してもよさそうだが多くのアイドル・ソングがポップス系の曲であるのに対し,この曲は和風である。後のJ-POPは私の耳には洋風に聞える。城之内はおニャン子クラブの出身(会員番号17番)なので,スタートは確かにアイドルだった。

 一般にはこの曲は演歌として認知されているらしい。しかし私の耳には演歌に聞えない。フォーク系の歌に聞こえる。もっとも『襟裳岬』を森進一が唄えば演歌だが,吉田拓郎が唄えばフォークに聞こえる。曲自体より編曲や歌唱法によって印象が変わるのかも知れない。

 彼女は後にもっと演歌らしい演歌を唄うが,そのような歌でも歌唱法は演歌と言うより昔ながらの歌謡曲という印象を受ける。

 

天城越え(2012.7.14)

昭和61年,詞:吉岡治,曲:弦哲也,唄:石川さゆり

28回日本レコード大賞金賞受賞曲。

「隠しきれない移り香が」と静かに始まる。「誰かに盗られるくらいならあなたを殺していいですか」などと物騒なことをさらっと言ったかと思うと「九十九折り浄蓮の滝」など情景を並べているうちにどんどん高揚してきて,「山が燃える」と興奮の絶頂だ。私が以前持っていた石川さゆりのイメージを打ち壊した衝撃的な歌だ。

 考えてみたがこの歌を唄わせたらぴったりという歌手を思いつかない。阿部定なみの情念を感じる演歌歌手がいるだろうか。

 場所が「天城」というのはなぜだろう。歌の構想が先にあって天城が選ばれたのだろうか,天城からこの歌の構想がでたのだろうか。現場に立てばこのようなことを思いつかせる何かがあるのだろうか。天城峠といえば「伊豆の踊子」のイメージだったのだが,この歌以降イメージが変った。

 

愛しき日々(2013.2.26)

昭和61年,詞:小椋佳,曲:堀内孝雄,唄:堀内孝雄

 「風の流れの激しさに告げる想いも揺れ惑う」と始まる歌。

 日本テレビ系年末時代劇「白虎隊」の主題歌である。と書いたが,私は当時この歌を聴いた記憶がない。当時,忙しく,テレビ・ラジオを観たり聴いたりする時間もなかったのだと思う。

 今,この歌を聴くと,いい歌だ。「白虎隊」をどのような視点で描いた時代劇かは知らないが,小椋佳の詞から,何となく想像できる。歌詞には白虎隊を明示するものは全くないが,白虎隊の歌だと言われれば納得できるし,白虎隊のことを知らず,現代の歌だといわれても納得できる。これが「白虎隊」を明示しなかった小椋の意図のひとつだったのだろうが。歌詞は小椋佳らしさ全開だ。小椋佳らしさとは何かと問われると私の能力不足で上手く説明はできないが,滲み出てくる東大臭とでもいうようなものだ。

 「白虎隊」を「消え残る夢青春の影」と捉える小椋の詞と堀内の曲は良くマッチしている。白虎隊と聞くだけで,勇壮・悲壮なメロディーにしたくなるように思うが,この曲は「青春の影」というイメージの曲だ。

 

命くれない(2012.3.5)

昭和61年,詞:吉岡治,曲:北原じゅん,唄:瀬川暎子

 「生まれる前から結ばれていた」と始まり,サビで「命くれない命くれない」と繰り返す歌。「生まれる前から結ばれていた」などと燃え上がっており,三番の歌詞にも「花咲く日まで」とあるので,まだ若い二人のようだが,歌全体から受ける雰囲気は老夫婦のものだ。

私が老夫婦の話のように感じるのは「命くれない」の解釈が間違っているのだろう。生活は楽そうではなく,苦労も多そうだが,赤い糸で結ばれていた二人が添い遂げる。ささやかな幸せが滲みでてくる歌。この歳まで幸せだったという感じを受けていた。

「命あずけます」1)という歌があったが,この歌は逆に「命を私にください」という唄なのだろう。こう感じた後はこれ以外に感じられなくなってしまったので,いままでどのように誤解していたかは秘しておこう。

1)石坂まさを:「命あずけます」(唄:藤圭子)

 

色・ホワイトブレン(2019.6.30)

昭和61年,詞:竹内まりや,曲:竹内まりや,唄:中山美穂

 「White spring 春の陽ざしに White lips 輝きだせば White blend 恋が芽ばえそう…..」と始まる歌。

 ほとんどのフレーズが「White 〜」と始まるような感じがして,そのうえこの「〜」の箇所が何と言っているかよく聞き取れず,結局全体として何が言いたいか解らない歌。竹内には英語も日本語も同じように聞こえるのかもしれないが,私の場合は英語を聞く場合は脳内スイッチを切り換えないといけない。この切り替え速度が間に合わない程速く英語・日本語が切り替わるのでとても私にはついていけない。おまけに日本語部分でも歌詞を無理矢理ひとつの小節に収めるためだろう,不自然なほど早口になる箇所がいくつもあり,聴かせるために作られた歌だとはとても思えない。

 聴いても解らないが,歌詞を見ると乙女チックな雰囲気もある。もっとゆったりと聴かせるように作ればいいのに。

 

OH!!POPSTAR(2014.6.15)

昭和61年,詞:売野雅勇,曲:芹澤廣明,唄:チェッカーズ

 「Oh 悲劇のポップスターさ」と始まる歌。

 リアルタイムでは聴いていない。当時のグループではチェッカーズが最後のグループサウンズ(GS)という印象で,彼らの他の曲が私の耳に馴染んでいたので,この機会に聴いてみた。曲・歌唱共にすんなりと耳に入るが,詞の中身は共感しようがない。共感以前に意味の理解ができない。

 

おっとCHIKAN! (2019.8.18)

昭和61年,詞:秋元康,曲:長沢ヒロ,唄:おニャン子クラブ

 「ホラ!ホラ!ホラ! 誰かの誰かの視線!」と始まる歌。

 「牛乳瓶の眼鏡かけた かり上げヘアーのお坊ちゃま」「無実のその手つかまえて ちょっといじめちゃおう1」「この人はCHIKAN

 冤罪をデッチ上げる歌詞なので,現在は放送禁止か,少なくとも自粛となっているようだ。それでも当時は放送されていたようだ。おそらく『夕やけニャンニャン』1)なのだろうが,夕方のこの時間帯は仕事で忙しく観る機会はなかった。

 曲はメンバーの歌唱力(バラつきがある)に配慮したのか、単調で誰でも唄えそうだが,その分どこが聴かせ所なのか解らない。アイドル・ソングの一種であることは確かだが,おニャン子前後の単独アイドルやグループアイドルとに比べて洗練されていないように感じる。そこが秋元の狙いなのかもしれないが。

1)「夕やけニャンニャン」:昭和60年からフジテレビ系で放映されたバラエティ番組。この番組内でのオーディションに合格した者をメンバーとしたのがおニャン子クラブ。

 

男と女のラブゲーム(2012.2.13)

昭和61年,詞:魚住勉,曲:馬飼野康二,唄:日野美歌・葵司郎

 「飲みすぎたのはあなたのせいよ」と女性が歌いだす男女デュエット定番曲だが,歌詞の内容は酔っ払いの痴話げんかのような感じでよく理解できない。「水割り行きずり古い傷 男と女のラブゲーム」と言われても「古い傷」というのが全くわからない。まあ,「すねて甘えてわがままを」言える程度の仲であることはわかる。愛人というより馴染みの店のママかチーママのような感じもする。ゲーム感覚で,しばらく来店しなかったことに対して苦情を言っている感じだ。結局は営業トークではないかと思うのだが。この頃からバブル景気となる。

 1月,米国でスペースシャトルのチャレンジャー号が発射後の加速上昇中に爆発し,乗組員は全員殉職した。必ずしも爆発時に亡くなったわけではないようだ。正確には爆発ではなく爆燃と空中分解が重なったらしい。大して違いがないようだが,爆発ならその瞬間に乗員は即死しただろうが,空中分解で,特に堅牢に作られている乗員の区画は瞬時に壊れたわけではなく,回収された部品等からは少なくとも3人分の個人用空気呼吸器が使用されており,パイロットは非常操作により電力を回復しようとしていた。しかし,スペースシャトルは緊急脱出可能なようには作られていなかった。

事故原因が詳細に究明され,Oリングの不良だとのこと。巨大システムは些細なことから破綻する。安全策はいろいろ講じられているのだが,想定外のことが発生するのだ。・・・と言って済ましてきたのではないだろうか。

 NASAの幹部はこのOリングに欠陥があることを10 年近く前から知っていたらしい。しかし,この1月の打ち上げまで,何度も打ち上げられたが致命的な問題は発生しなかったので適切な対処を怠ってきた。その上,打ち上げ前,想定より低温で長時間待機したことを理由に現場技術者からも打ち上げに対する懸念が表明されていた。

 長時間待機は機器の不具合や天候の理由のほか,ブッシュ副大統領の打ち上げ見学予定との調整などもあったようだ。

 この事故後,技術者倫理に対する関心が高まった。この事故例は技術者倫理教育の教材としてよく利用されている。

 この事故から学ぶことは多数あるが,ここでは伝言ゲームの危険性だけを指摘しておきたい。種々の理由から予定通り打ち上げたいと考える最終決定者と危惧を感じる末端技術者,関係者はそれぞれの能力・立場に応じて精一杯の仕事をしたのだろう。末端技術者は強い危惧を持っていても,絶対にダメだとは言いにくい。報告が次々と上に上がるにつれて微妙にニュアンスが変わっていく。例えば,「絶対にダメです」と言えずに「極めて危険です」と言ってしまう。「大きな危険があります」「危険です」「危ないかもしれません」などと変わっていく恐れだ。「Oリングが低音のため硬化してシール不良になる恐れがある」と種々の数値データを添えて説明されても,伝言ゲームに参加する者のなかには数値の意味を理解できない者もいる。「今回と同じ条件で実験をやってOリングが機能しなかったというデータはあるのか?」と尋ねられれば答えに窮するのが現場の技術者だ。

 結局,当時の考えは,「いろいろ想定して実験を行い,危険だと判定されたことはやらない」というものだった。その後「安全だと確認できたことだけをする」という形に変わってきた。

 安全・安心のためのセンシング技術においても「危険検知型」から「安全確認型」に考え方は変わったが,安全確認型だから大丈夫とは言えないものもある。想定外の事柄に関しては当然ながら安全確認などされていない。結局,「絶対安全」ということはないのだが,安全性に関しては確実に進化・進歩している。

 

想いで迷子(2019.11.18)

昭和61年,詞:荒木とよひさ,曲:三木たかし,唄:チョー・ヨンピル

 「愛に溺れて あなたに疲れて 生きることにも ため息ついて」と始まる歌。

 歌詞は論理的にはよく理解できないが,雰囲気は解る。論理的に理解できないにも関わらず,イライラしない。私が感じる詩とはこんなもんだという範疇に収まっているからだろう。

「時はあしたを連れてくるけど 過去のどこかで迷子になってる」など,私にはとても書けない。とはいえ荒木の詞で印象に残っているのは森昌子1)やテレサ・テン2)3)の数曲ぐらいだ。他にも芹洋子4)やわらべ5)の歌などもある。私が歌詞を気にするのはまず、歌がある程度ヒットしてからのことだ。歌のヒットには曲や歌手の影響も大きいので,ヒットしなかった歌の中にも心に残る詞はあるかもしれないのだが,そもそもそのような詞を目にする機会がほとんどないので,気づかないだけだろう。

1)「哀しみ本線日本海」(昭和56年,詞:荒木とよひさ,曲:浜圭介,唄:森昌子)

2)「つぐない」(昭和59年,詞:荒木とよひさ,曲:三木たかし,唄:テレサ・テン)

3)「時の流れに身をまかせ」(昭和61年,詞:荒木とよひさ,曲:三木たかし,唄:テレサ・テン)

4)「四季の歌」(昭和51年,詞:荒木とよひさ,曲:荒木とよひさ,唄:芹洋子)

5)「めだかの兄妹」(昭和57年,詞:荒木とよひさ,曲:三木たかし,唄:わらべ)

 

風のインビテーション(2022.12.13)

昭和61年,詞:秋元康,曲:高橋研,唄:福永恵規

 「黄昏の街 忘れものの雲」と始まる。

 「できることなら 知らない道に 迷ってみたい二人きり だけど何も言えなくて そっと 手をつないだ」というのだが,あまり歌声からはこのような雰囲気が伝わってこない。まあ,アイドル・ソングのひとつだろう。

 福永はおニャン子クラブの初代リーダー。会員番号11番。

 

悲しみモニュメント(2014.7.19)

昭和61年,詞:来生えつこ,曲:鈴木キサブロー,唄:南野陽子

 「眠れない夜いくつも過ぎて」と始まる歌。

 聴いた記憶のない曲なので聴いてみた。歌詞は意味が解るような解らないような,曲はそれなりに,但し歌唱は低音部が良く聞き取れない。

 フジテレビ系ドラマ『スケバン刑事U少女鉄仮面伝説』の主題歌だそうだ。このドラマも観ていないので理解できないのかもしれない。印象としては歌そのものより歌を歌う南野陽子ということでヒットしたのではないだろうか。

 「にがい恋の後味」の「想い出おいて想い出こえて」と前向きな詞であることは高評価だ。

 

悲しみよこんにちは(2016.6.20)

昭和61年,詞:森雪之丞,曲:玉置浩二,唄:斉藤由貴

 「手のひらのそよ風が 光の中 き・ら・き・ら 踊り出す」と始まる歌。

 フジテレビ系アニメ『めぞん一刻』のオープニングテーマだからこのような曲になるのだろうか。この詞を斉藤が唄うなら,もっとスローな曲の方がよいと思うのだが。

 昭和末期のクリエーターの感性の進化について行けない。

 

歌謡曲(2020.2.11)

昭和61年,詞:秋元康,曲:見岳章,唄:とんねるず

 「ごめんね アチャコ メンソールの長いタバコを ため息で吸いながら」と始まる歌。

 私には理解不能な歌。繰り返し聴こうとは思わない。

 『巧言令色鮮仁』という言葉があるが,巧言も無いし仁もない。「愛している」と何度かでてくるが,心がこもった言葉には聞こえないし,軽薄さしか感じない。

 

ガラス越しに消えた夏(2016.10.31)

昭和61年,詞:松本一起,曲:大沢誉志幸,唄:鈴木雅之

 「やがて夜が明ける 今は冷めた色」と始まる歌。

 曲も詞も嫌いではないタイプだが,歌唱法は好みのタイプとは言えない。

 「サヨナラを繰り返し 君は大人になる」とか「サヨナラを言えただけ 君は大人だったね」と二人の意識の違いに気づかなかったために別れてしまった過去を振り返っている。

 相手に責任転嫁していないところに好感が持てる。

 

季節はずれの恋(2020.5.8)

昭和61年,詞:秋元康,曲:山梨鐐平,唄:吉沢秋絵

 「季節はずれでした 初めての恋」と始まる歌。

 「出逢うのが 少し遅すぎました」「階段に凭れた あなたと女の人 楽しそうで 声もかけられない」という内容のアイドルソング。

 吉沢はおニャン子クラブ会員番号25番。

 

君は1000(2017.2.2)

昭和61年,詞:有川正沙子,曲:和泉常寛,唄:OMEGA TRIBE

 「君は微笑だけで 海辺のヴィラ 夏にかえてく」と始まる歌。

 曲も歌唱も嫌いなタイプではないが,「君は1000% 輝くハレーの雫を その髪に散りばめ」などと,歌詞は意味不明である。

 1000%などとどのように計算したのか,おそらく詩人は%の定義などには無頓着で感性の数字なのだろう。と思ったが,後には弁護士が(選挙に出馬する可能性は)20000%ないなどと,言葉の意味には厳密だろうと思っていた法律家も感性?で数字を出すのを知って文系人の数字は理系人の数字とは異なる定義で計算されていることが解った。

 まあ,詞が理解できないとは言っても幸せそうな雰囲気は伝わって来る。全体としてハッピーでいいではないかとは思うのだが,当時の私は米国に単身赴任中で,遊び回る余裕もなく,日々の生活に追われ,この歌のハッピーな雰囲気に浸っていることができるような状況ではなかった。

 

キャンドルの瞳(2020.6.12)

昭和61年,詞:安藤秀樹,曲:原田真二,唄:吉川晃司

「ドレスのすそを 躍らせて はしゃいでくれ バースデー」と始まる。

歌詞に何度も登場する「キャンドルアイズ」はタイトルの「キャンドルの瞳」と

同じ意味で使っているのだろうが,意味がよく解らない。もっとも「アイ」と「瞳」が同義語と思っているとしたら,そのレベルの言葉の使い方なのだから正確な意味など意識もしていないのだろう。歌唱も私の耳には聞き取りにくい。結局,歌詞を味わう歌ではなく,歌手のダンス?のようなパフォーマンスも含め,全体の雰囲気を感じて味わう曲なのだろう。

 

くちびるNetwork(2015.2.18)

昭和61年,詞:松田聖子,曲:坂本龍一,唄:岡田有希子

「ねえ・・・誘ってあげる ロマンティックに」と始まる歌。化粧品メーカーのイメージソング。

アイドルソングである。歌を聴いているという印象は薄い。歌唱法のせいかもしれないが,詞がすんなりと耳に入らず,曲が詞を聴かせることを無視しているように感じる。しかしこの曲もオリコン1位をゲットしており,世間では高評価なので私の感性が古いのだろう。

岡田はポスト松田聖子として期待されていたようであり,たしかに松田に通じるところは感じるが,私は聖子の唄のほうが好きだ。もっと長期間活躍したらどうなっていただろうか。活躍期間が短かったのが残念だ。

 

恋のロープをほどかないで(2020.7.2)

昭和61年,詞:秋元康,曲:後藤次利,唄:新田恵利

 「恋のロープをほどいちゃ だめだめ」と始まる。

 アイドルソング。

 新田恵利のファンかどうかでこの歌の評価は決まるのだろう。

 

木枯らしに抱かれて(2017.2.27)

昭和61年,詞:高見沢俊彦,曲:高見沢俊彦,唄:小泉今日子

 「出逢いは風の中 恋に落ちたあの日から」と始まる歌。

 「せつない片想い あなたは気づかない」と繰り返される。

 とんだりはねたりはしないが,わたしにとってはアイドルソングだ。ただ,私の感想だが,詞と小泉とのマッチングがよくないように感じる。曲は明るい曲のように聞こえる時もあり,やや暗めに聞こえる箇所もある。詞をもっとハッピーな詞にして曲全体をハッピーに仕上げたほうが小泉にはよく合うのではないか。

 まあ,KYON2ならより取り見取りで片想いなどという経験はないのではないか,などと思ってしまうが,片想いの経験も人間として成長するには役に立つだろう。

 

今夜はANGEL(2019.9.16)

昭和61年,詞:Jim Steinman/椎名恵,曲:Jim Steinman,唄:椎名恵

 「燃え尽きた私のHeart あなたには見えない」と始まる歌。

 このような状況ではあるが「誰でも天使のように 自由になりたい」とファンタジーだ。

 天使は自由だと純粋に信じているようで微笑ましいし,心の痛手から立ち上がり再起しようとしていることが感じられ,曲も感じが良い。

 ところで,天使が自由を満喫していると思っているようだが,天使は本当にあなたが思っているように自由なのだろうか。

 途中から歌詞は英語主体になり,意味不明になる。前半と後半が別人格による詞のようだ。Steinmanと椎名の合作なのかもしれないが,感情・意志の統一ができていない。あるいは意図的にアンビバレントな感情を表そうとしたのだろうか。「Tonight is what it means to be young」の「young」にはどのような意味が込められているのだろうか。

 私にとっては最初の部分だけで終わってしまったほうが良かった。

 

最後のHoly Night(2014.9.1)

昭和61年,詞:売野雅勇,曲:杉山清貴,唄:杉山清貴

「ビルの影を蒼く映した銀色の氷のリンクに」と始まる歌。某航空会社のCMソングらしいが,多分当時日本にいなかったのだろう,記憶がない。

 似たような経験があればこの曲を好きになったかもしれないと感じる曲。曲自体悪くないが,カラオケで唄おうとは思わない。

 

さよならのオーシャン(2016.3.14)

昭和61年,詞:大津あきら,曲:杉山清貴,唄:杉山清貴

「引き潮の波が 八月の愛を今 飲み込むよ」と始まる歌。

J-POPという言葉ができたのは平成の初頭だが,この歌はJ-POPと呼んでもよいだろう。とはいえ,JPOP とは何かと問われると答えられない。私の感覚では意味不明で,私の好みに合わないのに世の中でヒットしている日本製の曲がJ-POPだという気がする。もちろん逆命題が真のこともあるのでJ-POPと呼ばれる曲の中にも好みの曲はあるのだが。

この曲は好きでも嫌いでもない。BGMとして流れていても,それが突然止まっても気付かないだろう。つまり耳障りではなく,小音量で流れていれば心地よい。歌詞の意味が解らないのもその理由の一つだ。

 

シーズン・イン・ザ・サン(2016.7.29)

昭和61年,詞:亜蘭知子,曲:織田哲郎,唄:TUBE

 「Stop the season in the sun 心潤してくれ」と始まる歌。

 なぜ歌詞に英語を入れるのだろう。日本語では言いづらい言葉もあることは判る。

英語と日本語では言葉が表す概念が違うことがある。例えば日本人には指が20本あるがアメリカ人はfinger9本しかないと聞いたことがある。日本語の親指は英語ではthumbだし,足にはtoeがあってfingerはないそうだ

英語も日本語も同じ意味を表すが,日本語はあまりに身近すぎて口に出すのは気恥ずかしい言葉というのもあるだろう

世界に向けて売り出すために多くの人に理解されるようにと英語を使うなら全体を英語にしなければ不十分だろう。

 カタカナ語を使う人にも日本語能力が低く,適切な日本語で表現できない人と,日本語でも言えるがカタカナ語のほうが恰好いいと思っている人がいるのではないか。英語などの外国語を使う人は恰好いいと思ってカタカナ語を使う人と同じ系統の人で,更に自分は原語を知っているんだとさりげなく(あからさまに?)自己顕示しているように感じる。

 私に言わせれば,このような芸はルー大柴だけで十分だ。ルー大柴は恰好いいというより面白いと思っているように感じられ,英語を入れる意図が異なっているようだ。

 

深呼吸して(2016.11.29)

昭和61年,詞:秋元康,曲:山本はるきち,唄:渡辺満理奈withおニャン子クラブ

 「ラズベリー色のセーターを着たその背中 あなたと気づいたわ」と始まる歌。

 「あなたのことが好きなくせに」カップルに見える二人を「見送るのがせいいっぱいよ」という詞だ。

 曲として単調で魅力を感じないが,その単調さが観客も一緒に唄えるのでファン参加型のアイドルソングとしてはこれでよいのだろう。

 詞も淡い恋心の詞で,ヤングアイドルとファンとの関係を考えると悪くはないようにおもう。しかし当時,既に,私はおニャン子ファンになるには歳をとりすぎていた。

 

紳士同盟(2017.3.25)

昭和61年,詞:阿木燿子,曲:宇崎竜童,唄:薬師丸ひろ子

 「神様の投げた輪が 二人の額に ゴツンとぶつかったみたい」と始まる歌。

 「恋は永遠の暇つぶし 遊びましょうよ」とか「花の生命(いのち)は短いから楽しまなきゃね」と書いた阿木はその後に「・・・なんてね」と付けて薬師丸の見た目と整合をとったつもりなのだろうか。早口言葉のように曲に載せているのは,私にとってやはりニュー・ミュージックであり,作詞者の意図が理解できない。

 

シンデレラたちへの伝言(2019.12.20)

昭和61年,詞:売野雅勇,曲:八田雅弘,曲:高井麻巳子

 「草原に寝転んだ君 長い髪にStardust 天使が降りる」と始まる歌。

 メルヘンチックなアイドルソングと言っていいのだろう。もっとキーが高い方がよりメルヘンチックになると思うのだが,歌手に合わせたのかもしれない。

 詞の中の「真夜中過ぎのシンデレラたち」というのがよく解らない。魔法が解けた後だとは思うが,そのような少女が多数いる中で「夢見たままで 大人になっておくれよ 君だけは」ということのようだ。わざわざメッセージを込めているように思うがメッセージソングなら最初からメルヘンのような体裁をとらず,直球勝負でいくべきではないか。

 メッセージ自体は悪くない。可愛い少女には「夢見たままで 大人になっておくれよ」と同感する。しかし,夢見たまま大人になったオバサンは見たくない。年相応というのが望ましい。

 

時代おくれ(2020.7.6)

昭和61年,詞:阿久悠,曲:森田公一,唄:河島英五

 「一日二杯の酒を飲み さかなは特にこだわらず」と始まる。

 「男の嘆きは ほろ酔いで 酒場の隅に置いて行く」「飾った世界に流されず 好きな誰かを思いつづける」ほか,昔はこうだったのに今は違うという点がいくつか挙げられ,「時代遅れの男になりたい」と何度も繰り返される。

 詞は「目立たぬように はしゃがぬように」と繰り返しているのに,曲はやや目立つ曲になってしまっているが,森田だから仕方がないだろう。河島が唄でカバーしているので,合っていないという訳ではない。

 時代の流れに流されないようにしているだけかもしれないが,流れにに逆行しようとしているように見える。ひとのことは言えないが。

 

ジプシー・クイーン(2020.3.26)

昭和61年,詞:松本一起,曲:国安わたる,唄:中森明菜

 「百二十五頁で 終わった二人 燃える愛の途中でAh すべて」と始まる歌。

 「生まれる前の星座(くに)で あんなに愛し合って ひとつの時代だけで 失った」ということらしいのだが,私には理解できない。

 詩のなかには言葉の意味はあまり重要でない詩もあるらしい。もちろん,言葉の選択は重要だが,論理的意味はあまり関係ないという意味だ。詩の一種に感情等,言葉で表現するのが難しいものを表現するのがあるらしい。例えば『犬が怖い』という感情をどのように表現するか。怖い理由などをあれこれ説明することはできるかもしれないが,怖さの状態の表現は難しい。『犬は可愛い』と思っている人間には犬を怖がる人間の感情は観念的にしか 理解できない。『飛行機が怖い』,『暗闇が怖い』などでも怖さの理由は説明できてもどのように怖いのかの説明は難しい。このような表現しにくい感情を,言葉を並べて感じさせるものが詩だというような説明を何かで見たことがある。

 この詞がこのような詩だとすると,例えば『ジプシー・クイーン』という言葉の意味は大して重要ではなく,言葉が醸し出す雰囲気だけが重要だということなのかもしれない。とにかっく,私には理解できない歌。私には詩人の感性がないのだろう。

 私の耳が悪いせいか,唄っている詞も良く聞き取れないのだが。

 

じゃあね(2017.4.18)

昭和61年,詞:秋元康,曲:高橋研,唄:おニャン子クラブ

 「春はお別れの季節です」と始まる歌。

卒業ソングだがアイドル・ソングで,厳粛な式にふさわしいと感じる歌ではなく,二度と会えないかもしれないという深刻な別れの歌でもない。「いつまでも私たちは振り向けばほら友達」「じゃあね」「四月になれば悲しみはキラキラした思い出」と会いたくなればいつでも会える感じの軽い別れの歌。

当初は中島美晴を送る歌として中島美晴withおニャン子クラブとしてフジテレビ系の『夕やけニャンニャン』で放映されたが,中島卒業後,おニャン子クラブ名になった。

 

じょっぱり船(2017.5.11)

昭和61年,詞:やしろよう,曲:市川昭介,唄:神野美伽

 「ドンと砕けて散る波よりも やけにしょっぱい おとこ出船だよ」と始まる歌。

 主人公?の職業が判る歌は沢山あるが,登場する職業は限られているような気がする。圧倒的に多いのが海の男で、中でも北の海の漁師が多いように思う。この歌も演歌の定番どおりの歌である。

 歌の一部に初期の都はるみのような唸りが入るのは市川の好みだろうか。

 

SWEAT & TEARS(2017.6.3)

昭和61年,詞:高見沢俊彦,曲:高見沢俊彦,唄:THE ALFEE

 「涙にあけくれた日々もある」と始まる歌。

 「命が尽きるまで 夢おいかけようぜ」と援歌の歌詞だが,「瞳から汗を 体中に涙を」などの詞からも解るように演歌ではない。ノリのよさそうな曲で,演歌とは全く異なる。

 昭和30年代までの涙や命とバブル時代の涙や命は違うような気がする。昭和40年以前とこの時代の夢の追い方の違いが曲の違いに現れているのだろう。

 

スキップ・ビート(SKIPPED BEAT) (2019.6.2)

昭和61年,詞:桑田佳祐,曲:桑田佳祐,唄:KUWATA BAND

 「Lennonが流れるRock Café あれも濡れもす 予感」と始まる歌。

 「Skipped Beat, Skipped Beat」の繰り返し部分は桑田の意図どおり?「スケベ スケベ」と連呼しているように聞こえる。他にも下ネタ系の言葉がちりばめているのだろうが,歌を聴いている限りはそれぞれの歌詞が良く聞き取れず,何をいっているのかよく解らない。唄い手の自己満足の歌ではないだろうか。

 カラオケ登場前の宴会では春歌や下ネタソングがよく唄われていた。カラオケ登場前でも春歌の頻度は宴会メンバーによってかなり違った。私が若かった頃は年寄りばかりの宴会にはでたことがなくよく解らないが,若者ばかりの宴会では頻度が高かったように思う。下ネタソングは仲間内での歌だったのではなかろうか。

 桑田はこれを公衆に広めようというのだろう。さすがにダイレクトではまずいと思うのか,いろいろ偽装しているようだが,そんなにまでして広めることにどんな意義を感じているのだろう。作者・歌手の自己満足と感じる理由だ。

 

スシ食いねェ!(2012.5.8)

昭和61年,詞:岡田冨美子,曲:後藤次利,唄:シブがき隊

 「トロは中トロコハダアジ(ヘイ・ラッシャイ)」と寿司ネタを並べた歌。

 「寿司食いねぇ」と聞くと,森の石松を思い出す1)。三十石船で相客に寿司を勧めてやくざ者の評判を尋ねる。東海道で貫禄のある親分は,三州寺津の間之助,西尾の治助,見附の大和田友蔵,藤枝長楽寺静兵衛,・・・だが,やっぱり草津の身受山鎌太郎が一番だと言われたにもかかわらず最後の最後に石松の親分である清水の次郎長を思い出してもらい,気をよくして,「食いねぇ食いねぇ寿司食いねぇ。江戸っ子だってねぇ。」「神田の生まれよ。」「そうだってねぇ。」・・・と寿司を勧めて今度は次郎長の子分の評判を尋ねる。ここでも,大政・小政・・・といつまでたっても石松の名前がでてこない。「スシ食いねぇ」というとこの石松の台詞しか思い出さない。というより,この一言で何時間にもわたる浪曲「清水次郎長伝」を全て思い出すほどの印象的な一言だ。

 この歌のスシはにぎり寿司のようだが,石松の話に出てくるのは押寿司だ。

 なお,森の石松はこのあと,ここで評判の良かった身受山鎌太郎を尋ね,これが遠因となり命を落とすことになるのである。もちろん鎌太郎に責任はないのだが。

1)広沢虎造:清水次郎長伝

 

Super Chance(2020.5.23)

昭和61年,詞:売野雅勇,曲:和泉常寛,唄:1986 OMEGA TRIBE

 「Off shore 琥珀色(ぎんいろ)の細波(さざなみ)が 海の背を走る」と始まる。

 売野は数年私より遅く生まれている。ほんの数年だから同世代かというと,この数年の差は大きい。初期のチェッカーズに詞を書いていた頃はまだ理解できたのだが,この頃になると私にとって彼は新人類だ。恐らく私の成長が止まった後も彼は成長を続けていたのだろう。ただ,その成長方向が私の嗜好とは合わないようだ。

漢字の使用法を含め,言葉の選択が私には思いもよらないものだ。また,随所に入る英語が理解できないし,なぜ英語になっているのかも解らない。日本語に翻訳できない概念なのだろうか。

 「逢えたことを忘れないでと 君は眼を伏せた」と2度出てくるので,これが重要な言葉なのだろうが,この言葉がでてくる過程に共感できないので,この歌から受ける感銘はない。

 

Say Yes! (2020.6.22)

昭和61年,詞:売野雅勇,曲:林哲司,唄:菊池桃子

 「空にSay Yes! 悲しいことがあっても いつもSay Yes!」と始まる。

 最近,歌詞が聞き取れないと文句をいうことが多くなったが,私の最近というのは昭和60年頃からだ。歌詞のアクセントとメロディーの関係が弱くなってきたような気がする。

現在聞き取りにくいのは,加齢による耳の衰えも関係しているだろう。

 ということで,この歌を聴いても,内容が全く頭に入ってこない。詞を読むとそういうことかと解るので,結局,曲と歌唱が詞と合っていないのだろう。私にとってこの歌はアイドルソング,即ち歌の好き嫌いを論じる歌ではなく,唄い手自体を好きか嫌いか論じる歌ということだ。

 

1986年のマリリン(2015.3.25)

昭和61年,詞:秋元康,曲:筒美京平,唄:本田美奈子

 「接吻(くちづけ)の後はため息が出ちゃう」と始まる歌。

 私は歌手と呼ぶべきだと思うがアイドルと呼ぶ人もいるかもしれない。アイドルと呼ぶならば他のアイドルに比べて格段に歌が上手だと感じる。

 若かった本田がこのような詞を望んだのかも知れないが,私はもっと違う作詞家の詞を歌わせてみたかった。筒美の曲はいいが編曲も私の好みではない。まあ,歌詞と編曲は合っていると言えるのかもしれない。

 彼女が唄った『Amazing Grace』など,最高だ。

 

Song for U.S.A(2017.6.28)

昭和61年,詞:売野雅勇,曲:芹澤廣明,唄:チェッカーズ

 「桟橋で君を抱きしめ 見果てぬ夢を夢中で話していたね」と始まる歌。

 詞は実の所よく理解できない。感情の流れや論理が理解できないし,何よりも何故「This is the Song for U.S.A.」なのか解らない。

 しかし,曲を聴いていると,意味も解らないながら大きなコンサートでの聴衆参加大合唱(斉唱?)などには良さそうに思えてくる。

 

象さんのすきゃんてぃ(2020.6.2)

昭和61年,詞:秋元康,曲:後藤次利,唄:うしろゆびさされ組

 「昼下がりのまっさおな空」と始まる。

 「今の男女交際 これくらいは 当り前よ!」などという歌詞も入っている。

 昭和58年から平成3年まで,『オールナイトフジ』という深夜のテレビ番組があった。系列局の関西テレビなど『お色気は一切排除する』という方針からネットを拒否したので関東ローカル番組だった。この番組はこのような番組に女子大生を大量に登場させた最初の番組ではないだろうか。

 昭和60年にこの番組の特別版『オールナイトフジ女子高生スペシャル』が放送され、4月からはこれをレギュラー化した『夕やけニャンニャン』の放送が始まった。出演者を『おニャン子クラブ』にまとめたのが秋元だろう。秋元はこのときの経験を基に,後にAKB48をプロデュ―スしたのだ。

 とにかく,番組の前身がオールナイトフジだから,その路線を一部引き継いでいた。

 例えば,千家和也なども背伸びした少女の詞を多数書いているが,ほとんどがその背伸びを意識しているように感じる。しかし秋元の詞になると,背伸びとは感じられず自然体で大人?の言動をしていると感じる。

 私の認識では,このような時代の先端を走ったのが秋元だ。

 

CHA-CHA-CHA(2014.10.14)

昭和61年,詞:G.Boido,日本語詞:今野雄二,曲:B.Reitano, B.Rosellini,F.Baldoni, F.Reitano,唄:石井明美

Baby, Get On My CADILLAC」と始まる台詞のやりとりがちょっとあった後「街で噂の辛くちセクシー・ギャル」と始まる歌。「I Wanna Dance Do you like CHA, CHA, CHA」などとところどころ英語が入る。文字で見ると平易な英語のようだが,ただ,耳が悪いのか私には歌われている歌詞の意味が聞き取れない。やはり歌は歌詞の意味が解りやすいほうが好きだ。

曲は昔聞いたチャチャチャのリズムで,身体で聴ける。

ところでこの歌はTBSのテレビドラマ「男女7人夏物語」主題歌だそうだ。このドラマは人気ドラマだったらしいが私は観ていないしこの歌もリアルタイムでは聴いていない。

 

ツイてるねノッてるね(2021.2.15)

平成61年,詞:松本隆,曲:筒美京平,唄:中山美穂

 「Lucky Girl ・・・・・ 誰かがどこかで見ている」と始まる。

 「あぶない恋はいつもいつもルーレット」「幸運の女神が 私に微笑むの」と詳細はよく解らないが,お気楽脳天気な歌のように聞こえる。

曲はディスコサウンズのようにも思うが,こんなアップテンポではとても長時間踊れそうにない。まあ,郡上踊りでも春駒のようにエネルギーを消費するのもあるが。

 

Teenage Walk(2018.9.25)

昭和61年,詞:神沢礼江,曲:小室哲哉,唄:渡辺美里

 「Woo Woo Woo 鳥が空へ 遠くはばたくように」と始まる歌。

 「いつか飛びたてるさ 自分だけの翼で」というのがメインメッセージのようだから,随所に新感覚が入ってはいるが,全体としては以前からある人生の応援歌というところだろう。主旋律の抑揚は大きくはないが,随所に小室らしい音が入り,全体として小室サウンドそのものだ。私はビートルズ登場時も何の魅力も感じなかったが,小室サウンドにも特別な興味を持つことができない。私の感性は新しいものにはついていけない。

 

デカメロン伝説(2020.1.15)

昭和61年,詞:秋元康,曲:筒美京平,唄:少年隊

 「夜の都会は 恋の砂漠 高層ビルは 遠い山脈」と始まる歌。

 デカメロンは世界史で14世紀にボッカチオが発表した小説と習うが,読んだことはない。歌詞に「恋物語」とか「千夜一夜さ」などとあるので,まあ,そのような小説なのだろう。小説とこの歌の内容とどのような関係があるのかも不明だが,イメージ以外には大した関係はないのではないか。「恋人は見つめ合って伝説を作るよ」などと言っているが,どんな伝説なのか。

 何回歌詞を読みなおしても男の軽薄そうな言葉しか見つからない。

 雰囲気だけで満足すべきアイドルソングだろう。

 

DESIRE(2013.6.30)

昭和61年,詞:阿木燿子,曲:鈴木キサブロー,唄:中森明菜

 「Get up, Get up, Get up, Get up, burning love」と始まる唄。この唄で最も印象に残るのはこのフレーズだ。第28回レコード大賞受賞曲。

 結局,私は阿木の詞についていけなくなっている。私も汗が飛び散るほど踊ったこともあるが,それはディスコではなく盆踊りだった。

 最も印象的なフレーズでさえ,何を言っているのか聞き取れないのだからメロディーを聴きリズムを楽しむしかない。だから私は歌詞に英語を入れられるのを好まない。

 

時の流れに身をまかせ(2018.7.11)

昭和61年,詞:荒木とよひさ,曲:三木たかし,唄:テレサ・テン,

 「もしもあなたと 逢えずにいたら」と始まる歌。

 歌詞の代表的な箇所をピックアップしようとしても,すべてが昭和歌謡を代表していて一部だけ抜き出すことができない程だ。昭和歌謡もいろいろあるが,高度成長期,それも前期の流行歌と歌謡曲の変わり目あたりの雰囲気を濃く残している。曲は少し時代が下がり,高度成長期中期というところだろうか。

 平成の歌にちかい昭和末期の歌に,歌離れをしたリスナーにも満足できる歌だといえるだろう。

レコードで唄を聴くだけではなくステージを観ることの重要度が増したのはプレスリーの時代からではなかろうか。日劇ウェスタンカーニバル(昭和33年〜昭和52年)に出演していたミッキー・カーチス,平尾昌晃,山下啓二郎あたりからだろう。その後のグループ・サウンズなど,どこがウェスタンなのかとも思ってしまうが,ステージを観たいという点は共通している。また,フォーク集会なども,参加・共有経験ということの重要性が増している。その後のアイドルはステージを観なければ意味がない。唄だけで聴かせる歌手が次第に減ってきた。テレサ・テンはこの時代の数少ない歌手の一人だ。

 

ないものねだりのI Want You(2015.5.1)

昭和61年,詞:松本隆,曲:筒美京平,唄:C-C-B

 「One, Two, Three,Four」との掛け声?で「愛して冷たい 君は電話でつれない」と始まるのだがこれはラップというものだろうか。「愛して冷たい」というのはどういう意味だろう,「愛す」に「ice」を掛けているのだろうか,それは何故だ?「真紅のインクで好きだと書いてくれない」というのはどういう意味だろう?と理解不能な詞だ。私が若い頃は赤インクというのは収支の赤字を記入するか,試験等の採点をするか,絶交宣言の手紙を書くときに使うものだった。

 「揺れないまなざし」というのは小椋佳の歌1)のもじりだろうが,どのような意図でここに登場したのか全く不明だ。

 「女は強く Aha Aha 男はいつも優しく」などと聞くと,時代は変わった,ついていけないと思う。この「Aha Aha」というのは何だ?

 「春一番の微笑み」と聞くとキャンディーズ2)を連想するが結局何も解らない。同じ解らないなら『演歌チャンチャカチャン』3)のほうがずっと好きだ。

1)「揺れるまなざし」(昭和51年,詞:小椋佳,曲:小椋佳,唄:小椋佳)

2)「春一番」(昭和51年,詞:穂口雄右,曲:穂口雄右,唄:キャンディーズ),「微笑かえし」(昭和53年,詞:阿木耀子,曲:穂口雄右,唄:キャンディーズ)

3)「演歌チャンチャカチャン」(昭和47年,詞:多数名,曲:多数名,唄:平野雅昭)

 

渚の『・・・・・』(2019.2.14)

昭和61年,詞:秋元康,曲:後藤次利,唄:うしろゆびさされ組

 「やってくれますね やってくれますね」と始まる歌。

歌詞本文にも現れるが,タイトルは「なぎさのかぎかっこ」と読むらしい。

 どうもおニャン子系の歌には違和感を持つ。少女漫画を初めて読んだときに違和感を持ったが,これと同じかもしれない。慣れれば違和感もなくなるかもしれない。

 秋元は少女漫画を3次元で実現しようとしてこのような歌を作っているのだろうか。

 

夏色片想い(2014.11.25)

昭和61年,詞:有川正沙子,曲:林哲司,唄:菊池桃子

 「木洩れ陽が眩しい微風の坂道」と始まる歌。

 アイドル歌謡の一種だろう。女優系のアイドルが唄ってみたという感じを受ける。タレント人気で歌にも人気がでたのではないか。

 「片想い同志」とか言いながら「愛の軌跡がおきる」などと都合の良い詞だが,菊池だから許される詞なのだろう。人生そううまくことはない。

 「Avec Toi」などと外国語を入れているのは気に入らないが,昔流行った言葉でもあり懐かしさも少しだけある。

 

夏を待てない(2019.1.17)

昭和61年,詞:秋元康,曲:後藤次利,唄:国生さゆり

 「ノックミー 私のハート ノックミー あなたの愛で」と始まる歌。

 「マザコン坊やお帰り もっと強い誰かに奪われたい」

 いかにもというおニャン子の歌。私にはコメントのしようがない。

 しいていえば『秋元さん,これはあなたの妄想ではないですか?』と尋ねてみたい。

 もうひとつ。『国生さん,もっと強い誰かといっても強ければ誰でもいいわけではないですよね。』

 

NANA(2018.8.2)

昭和61年,詞:藤井郁弥,曲:藤井尚之,唄:チェッカーズ

 「ねぇナナ おまえが死ぬほど好きなのに」と始まる歌。

 うーん。私には自己中男の歌としか聞こえない。その歌も自分だけ満足しているようで聴き手に訴える力が弱く感じる。そもそも日本語の中にチョロッと英語?が入るのが嫌いなのだ。歌でなく会話や講演などでもそうだ。満足に日本語で表現できないのかと思ってしまう。「cry 過去」などと言って英語と日本語の掛詞にしているつもりなのだろうか。こんなの聞いて解る筈がない。

 

ノーブルレッドの瞬間(2024.2.3)

昭和61年,詞:秋元康,曲:後藤次利,唄:国生さゆり

 「ジュータンのような 夕陽を空に敷きつめて 少しずつ 秋が遠くの街を 色づける」と始まる。

 「やさしさは時に 誰かを傷つけるものね」とか「甘えそうで わざと背中むけたの」などと意味のありそうな歌詞があるのだが,実は意味がなく,フレーズを並べただけというのが全体としての印象だ。アイドル・ソングだから深い意味は気にしなくていいのだろう。後にAKBなどのビッグ・アイドル・グループを量産する秋元の才能は私などのはるか上にあるのは間違いないから,私が理解できない意味があるのかもしれない。

 

バナナの涙(2016.4.27)

昭和61年,詞:秋元康,曲:後藤次利,唄:うしろゆびさされ組

 「バナナんボー バナナんボー 男の子の気持ち HATENA わからないの」と始まる歌。

 うしろゆびさされ組はおニャン子クラブメンバーによるユニット(メンバー:高井麻巳子,岩井由紀子)の一つ。

 当時おニャン子クラブの存在は知っていたが,唄は聴いたことがなく,メンバーの識別もできなかった。おニャン子ではないが,当時何かの折に当時のアイドル中山美穂の話題がでたとき,私は吉本タレントの中山美保しか知らなかったので美保の話だと思って話していて話がかみ合わず,笑われたことがある。それくらい,当時はこの分野に疎かった。

 さて,この歌だが,歌われている内容は歌にしても良いとおもうのだが,歌詞・曲共に軽薄に聞こえる。当時この歌を知らなかったことが残念だと思う気持ちが全く湧かない。もちろん,当時の私も現在の私もこの歌のターゲットではないことは十分理解しており,私にはこの歌を論じる資格はないのだろう。

 

バラードのように眠れ(2019.3.13)

昭和61年,詞:松本隆,曲:筒美京平,唄:少年隊

 「Slow Slow Slow, Life Is A Slow Ballade」と始まる歌。

 英語の歌かと思ったら,いつの間にか日本語になっているようだが,その日本語が理解できない。なんども「バラードのように眠れ」と出てくるが,どういう意味なのだろう。

 この歌に限らず,松本の歌詞には私の理解を超える言葉の使い方がしばしば現れるように思う。聞いたことがない言葉ではなく,私が思っているその言葉の意味では前後とつながらない用法なのだ。

 「バラード」の定義はしらないが私がこの言葉から連想するのは『雨のバラード』1)や『My Way2)だ。スロー・バラードという言葉があるので高速バラードもあるのかもしれないが,私のイメージではバラードと言えばこの歌のようにせわしない歌はバラードのイメージに合わない。もちろん,誰もこの歌自体がバラードであるとは主張していないのかもしれない。「バラードのように眠れ」と言っているだけだ。でもそれはどういう意味なのか。

1)「雨のバラード」(昭和43年,詞:こうじはるか,曲:植田嘉靖,ザ・スウィング・ウエスト)

2)My Way」(昭和44年,詞:Paul Anka,曲:Claude François,唄:Frank Sinatra

 

バレンタイン・キッス(2016.8.30)

昭和61年,詞:秋元康,曲:瀬井広明,唄:国生さゆりwithおニャン子クラブ

 「シャラララ素適にキッス シャラララ素顔にキッス」と始まる歌。

 アイドルソングだろう。アイドルが唄わなければ話題にならない気がする。メロディーにのせた歌詞のアクセントなど,アイドルが唄えば可愛いのかもしれないが,誰もが唄える歌ではない。

 私が子供の頃はバレンタインデーというのはなかった。ローマ皇帝の迫害で殉教した聖バレンタインなので,バレンタインデーはあったのだろうが,私の周囲では誰も注目していなかったので全男子はハッピーだった。

 昭和35年の新聞広告に『チョコレートを添えて手紙などを贈る日』と出ていたらしいが,広まってはいなかった。昭和40年代後半になってバレンタインデーにチョコレートの贈答が増え,女子から男子へチョコレートを贈るのがポピュラーになったのは昭和50年代になってからだ。昭和50年代の初めにマシュマロデーが提唱され,昭和50年代中頃にはホワイトデーが提唱された。最盛期には義理チョコも多数売れたようだ。

 自由競争の時代になったということだろう。義理チョコは,贈る側が本命の戦いに敗れた時の保険ではなく,誰からも貰えないだろう弱者へのいたわりだったと考えたい。その義理チョコが最近減ってきているそうだ。。

 

BAN BAN BAN(2019.10.21)

昭和61年,詞:桑田佳祐,曲:桑田佳祐,唄:KUWATA BAND

 「BAB BAN BAN  One day wearin’ so many wears,  So many chapeauz,  And so many ties,」と始まる歌。

 歌詞に英語が多いことも理由のひとつだろうが,私には理解できない歌。

 「別れるために出逢う二人に 夏は訪れる」。このように考えていることを普段から公言しているのか,隠している思いが思わず出たのか,あるいは夏が終わったあとにこのような思いが湧いて出たのか私にはわからない。しかし,詞の後半には「別れ話のその後は」とか「二度と逢えない女性(ひと)なのに」などという言葉が並んでおり,予定通り別れたようだ。

「やがて涙のGood^Bye」などと言っているが,全て予定通りの経過で,次の夏にも同じようなことを繰り返すのだろうと感じてしまう。私には共感できない歌。

 

瞳に約束(2016.12.30)

昭和61年,詞:秋元康,曲:後藤次利,唄:渡辺美奈代

 「星のカーテン空に下した夏の終わりの高原」と始まる歌。

 渡辺美奈代はおニャン子クラブ会員番号29番。この歌は渡辺のファーストシングル曲で,渡辺の歌はファーストシングルから5枚連続でオリコン初登場1位だったらしい。歌だけを聴くとこれでオリコン1位かと私などは疑問符をつけたくなるがレコードは売れたのだろう。後のAKB48売り出し方の元はこのおニャン子クラブだ。とにかく人気があった。

 

Fin(2019.5.6)

昭和61年,詞:松本一起,曲:佐藤健,唄:中森明菜

 「情熱はガラスの扉 燃えるほど悲しく冷める」と始まる歌。

 「わかっているわ 愚かな愛よ」相手は「美しい人を いつか抱く」だろうとおもい「手でピストル真似て 涙をのむ」。

 詞のせいかも知れないが,独り言のようで他人に訴えようという歌ではない。唄わずに朗読するほうがよいのではないか。

 

不思議な手品のように(2018.8.27)

昭和61年,詞:秋元康,曲:後藤次利,唄:新田恵利

 「ふいに名前を呼ばれて 振り向いたら 変わってない昔の彼」と始まる歌。

 元彼と久し振りに(とは言ってもまだ1年経っていないのだが)会った歌。

 「“恋人できた”なんて聞きたいくせに聞けない」と「初めて会った」ときのような気持ちに戻っている。「手品のように時は戻って」という歌だが,曲も歌唱も明るく,過去にこだわっている様子は感じられず,あの頃に戻りたいという深い想いは感じられない。時は戻らないだろう。

 

冬のオペラグラス(2015.1.16)

昭和61年,詞:秋元康,曲:佐藤準,唄:新田恵利

 「白い雪がガラス窓に咲くように」と始まる歌。

 おニャン子クラブ会員番号4番(この時点で13番はすでに脱退)新田恵利のソロデビュー曲である。初登場でオリコン1位を獲得しているが,正直に言えば私の好みではない。おニャン子の歌は少数の例外(この例外をすぐには思い出さないのだが)を除いて聴くための歌というより,アイドル(の卵・・・雛?)を観るための歌のように感じられてならない。もっとも当時は忙しく、夕やけニャンニャン1)などを観ている暇はなかったので詳しくはしらない。

1)            フジテレビ系で昭和60年〜62年に放映されたバラエティ番組。大人向け?の深夜番組だった「オールナイトフジ」の青少年向け?バージョンとして夕方に放映された。おニャン子クラブはオールナイトフジのオールナイターズ(女子大生中心)に相当するものとして女子高校生を中心に作られた。おニャン子クラブの会員番号12番以降は夕やけニャンニャン内のオーディションで選ばれた。AKB48はこのおニャン子クラブの進化系だろう。

 

Broken Sunset(2018.12.20)

昭和61年,詞:有川正沙子,曲:林哲司,唄:菊池桃子

 「潮風のバイパスを染める夕陽 突然にカーラジオ止めてあなた」と始まる歌。

 突然別れを切り出される歌。

 どうしようもない。それでも「ごめんね 気が付かなくて」と相手を非難するわけではなく,自分が悪かったという古い日本人・・・古い日本人でもこんなにものわかりが良いとは思えない。

 「どうして愛はゆらめき 答えを謎に隠すの」と他人事のように云い,どこか醒めているように感じるのは私だけだろうか。

 

プルシアンブルーの肖像(2015.5.31)

昭和61年,詞:松井五郎,曲:玉置浩二,唄:安全地帯

 「はげしい雨が降る」と始まる歌。

 「もう はなさない はなさない はなさない はなさない」の箇所などが印象に残る。

 とはいえ,聞き終わった後何も残らない。聴いている間だけは心地よいのだが。

 歌詞の細部に,情景描写やメッセージを込めないのがこの時代のはやりなのだろうか。もちろん,この歌には「はなさない」というメッセージがあるのだが,どのような状況なのか不明なのでこのメッセージは幼い子供が駄々をこねているように聞こえる。

 理解できない歌詞の歌が増え,次第に歌を聴かなくなった。

 

My Revolution(2013.4.30)

昭和61年,詞:川村真澄,曲:小室哲哉,唄:渡辺美里

 「さよならSweet Pain」とはじまる歌。やはり平成への架け橋となっている歌のように感じる。メロディー自体は昭和人間にもついていけるが,歌詞にはついていけない。「わかり始めたMy Revolution」以降は昭和の感じが残り,基本的には私が知っている部分はこの辺りだけと言ってもいいかもしれない。「My Tears  My Dreams」など,どうしてこのようなメロディーに乗せたのかと不思議に思うが,一旦耳に入ってしまうと印象に残る。まあ,「my」を強調したいということなのだろうが私の感性ではI my meを強調しなくても理解するという関係のほうが好みだ。

 私にとってはこの歌は自分で唄う歌ではなく,歌詞もあまり耳に入らないので作業をしながらBGMとして流れていても特に邪魔になることも無く,ある意味で心地よい曲だ。

 

無錫旅情(2011.10.15)

昭和61年,詞:中山大三郎,曲:中山大三郎,唄:尾形大作

「き〜みの知らない,異〜国のまーちで」で始まる。小節どおりに歌詞が進むのでリズムがとりやすく,唄いやすい。しかし,感情移入はしにくい。そもそも鹿頂山も太湖も知らないので情景が思い浮かばない。「おーれなど忘れてー幸せつかめと」など別れたのは「い〜のちを賭けたらで〜きたのに」というので何か障害があったのだろうが,「ごめんよも一度出直そう」というのでは演歌にはならない。曲も軽快で,「泣けてくる」というのは言葉だけのようだ。

 まだ見ぬ太湖や三山を想像しながら,修学旅行に向かうときの気分を感じる。言葉だけが先行するこの感覚が現代風なのかもしれない。

 

MAY(2018.11.22)

昭和61年,詞:谷山浩子,曲:MAYUMI,唄:斉藤由貴

 「MAY そんなにふくれないでよ 笑った顔見せて いつもみたいにおどけて」と始まる歌。

 「MAY」は「メイ」と唄っている。

「好きよ好きよ好きよ誰よりも好きよ 世界がふるえるほどにいつか 大きな声で告げるわ」と思っているだけだ。いつかはそのようなことが出来ると考えているのは現代的だが,現実には行動には移せない。詞は昔ながらの心情を現代的に表現していると言えるのではないか。

 曲は従前の歌謡曲から離れよう離れようとしているように感じる。このような試みから新しい曲が生まれてくるのだろうが,私の音楽脳には従前歌謡曲が染み込んでいるので,このような曲にはなかなか馴染めない。

 

MERRY X’MAS IN SUMMER(2019.7.25)

昭和61年,詞:桑田佳祐,曲:KUWATA BAND,唄:KUWATA BAND 

 「恋は真夏のHistory  I’ve been cryin’, X’mas in Summer」と始まる歌。

 英語が多く使われ,桑田の(日本語の)発音も特徴的で,どこから英語でどこから日本語なのかもよく解らず,歌詞がさっぱり頭に入って来ない。

 KUWATA BANDはサザンの原が産休で1年間休んでいたときに臨時に結成されたバンド。イメージが確立されているサザンではできないような実験的試みがなされたと聞いている。

 歌詞の意味の伝わり方などほとんど気にしていないのではないかと思うが,私は歌詞が伝わってこそ歌だと思う。

 

MERRY X’MAS IN SUMMER(2019.7.25)

昭和61年,詞:桑田佳祐,曲:KUWATA BAND,唄:KUWATA BAND 

 「恋は真夏のHistory  I’ve been cryin’, X’mas in Summer」と始まる歌。

 英語が多く使われ,桑田の(日本語の)発音も特徴的で,どこから英語でどこから日本語なのかもよく解らず,歌詞がさっぱり頭に入って来ない。

 KUWATA BANDはサザンの原が産休で1年間休んでいたときに臨時に結成されたバンド。イメージが確立されているサザンではできないような実験的試みがなされたと聞いている。

 歌詞の意味の伝わり方などほとんど気にしていないのではないかと思うが,私は歌詞が伝わってこそ歌だと思う。

 

やっぱ好きやねん(2018.4.29)

昭和61年,詞:鹿紋太郎,曲:鹿紋太郎,唄:やしきたかじん

 「もう一度やり直そうて 平気な顔をしていまさら」と始まる歌。

 私の英語のような関西弁の歌。つまり,ネイティブ・スピーカではない私にも変な関西弁に聞こえる。たかじんは関西人だがら当然関西弁との違いを解っていたが,歌われている女心のほうに感じ入り,そのままの歌詞を唄ったとのこと。曲と一体化しているので,歌詞だけ直すことはできなかったのだろう。

 日本語のアクセントは強弱というより高低アクセントだ。作曲の際には歌詞のアクセントに合わせるようにするというような話を大昔に聞いたことがあるが,このころの曲はすでに歌詞のアクセントを無視した曲が普通になっていた。

 とはいえ,この歌の詞は文字で読んでも変な関西弁だが。                              

 

雪国(2011.10.12)

昭和61年,詞:吉幾三,曲:吉幾三,唄:吉幾三

 レコード大賞作曲賞。

 「好きよあなた今でも今で〜も」。

 「バカねバカな女ね意地をはってた私」とあるので女心を作詞・作曲・歌唱とも男性が行っている曲である。しかし,私には男心を歌っているように聞こえる。理由はいろいろあるのだが,これを論じるとジェンダーバイアスだと非難されるかもしれない。私にとって歌は聴くものであり唄うものであって議論するものではない。今夜も唄おう「追いかけて,追いかけて,追―いかけて雪国」。

 

Raspberry Dream(2013.1.2)

昭和61年,詞:NOKKO,曲:土橋安騎夫,唄:レベッカ

「今夜も月が見てるわ鏡の前のStep and Step」と始まる歌で,某洗顔料のCM曲だったらしい。この頃,日本に居なかったせいか,あまり聴いた記憶はない。曲は嫌いじゃないが,詞は私の好みではない。自分の発想にないからか,詞のなかの英語部分がほとんど耳に残らない。詞の意味が心に浸み込まないのだ。

月に見られている感覚はわからないでもないが,「月のエレジー」1)のような詞のほうが私の心には合う。

1)      「月のエレジー」(昭和36年,詞:浜口庫之助,曲:浜口庫之助,唄:守屋浩)

 

RASPBERRY DREAM(2021.10.30)

昭和61年,詞:NOKKO,曲:土橋安騎夫,唄:REBECCA

 「今夜も月が見てるわ 鏡の前のStep and Step」と始まる。

 「野良猫は夢見るの」とあるが,この「野良猫」は自分のことか。

 「どうか 魅力を ください」とか「どうか 勇気を ください」とか,歌詞からはまだまだ弱気な印象を受けるが,曲はそんな弱気はふっ飛ばす勢いだ。しかし「Raspberry Dream」の意味が解らないので全体が解らない。

 

六本木純情派(2019.4.10)

昭和61年,詞:売野雅勇,曲:吉美明宏,唄:荻野目洋子

 「You've broken my heart 雨の高速で クルマを飛び出したの Parking Area」と始まる歌。

 訳の解らない歌。一応,歌詞を読むとストーリーは解らないではない。しかし大人の思いは感じられないし,青春の思いも感じられない。小学生の日記のようだ。

 曲は単調で,歌詞も耳をそばだたせるものではないので,無心に踊るためのダンス・ミュージックとしては最適だろう。

 

わかれ道(2020.4.21)

昭和61年,詞:水木かおる,曲:杉本真人,唄:渡哲也・いしだあゆみ

 「おなじ夢 見ていたはずが いつからか 離れていった」と始まる歌。

 「心残して 別れる二人」の気持ちが表れたメロディだ。

 これだけ心が通い合っていたら,なぜ別れなくてはならないのか解らないのだが,これが大人の関係なのだろうか。

 

WAKU WAKUさせて(2018.10.24)

昭和61年,詞:松本隆,曲:筒美京平,唄:中山美穂

 「WAKU WAKUさせてよ DOKI DOKIさせてよ」と始まる歌。

 フジテレビ系ドラマ『な・ま・い・き盛り』の主題歌。FNS歌謡祭優秀歌謡音楽賞受賞。

 ドラマは観ていない。ドラマ放映時は帰国したばかりで忙しかった。この前しばらく日本にいなかったので,私にとってのナカヤマミホは吉本の中山美保だった。

 曲は,編曲のせいもあるのだろうが,私には歌の曲とは思えない。世の中変わってしまって,私は浦島太郎状態だ。

 詞も「ひとりぼっちじゃ生きられない」と人生の真理とも思える言葉が入っているのだが,それでどうするかというと「頭ん中 Upside-down からっぽに消去して」とあるとおり,頭の中がからっぽになっているようだ。

 バブルの時代なのだろうか。世の中おかしい。

 

私は里歌ちゃん(2025.3.11)

昭和61年,詞:秋元康,曲:見岳章,唄:ニャンギラス

 「ねえみんな! 悩まないで!」と始まる。

 りかちゃんはおニャン子メンバーの立見里歌のこと。

 「テレビの固いニュース・キャスター」「暗い事件を伝えるけれど」「まるで関係ないわ」と「悩んでも仕方がないから 楽しく 生きていきたい」という歌詞で歌の雰囲気も歌詞とよく合っている。歌詞にはほかにも「与謝野晶子は 知らないけれど」とか「ドップラー効果は 知らなくたって」などというフレーズもある。

 バブルはもうはじまっていたのだろうか。

 当時,私は米国にいたが,上司からニューヨークの家を買わないかと言われたことがある。当時日本人(企業)が米国のいろんなものを買いあさっており1),日本人は金を持っていると思われていたのだ。もちろん私にはそんな金はなかったが。

1) 平成2年にはロックフェラーセンター,平成3年にはエンパイアステートビルを買ったりした。