明治,大正,昭和元年〜,昭和6年〜,昭和11年〜,昭和14年〜,昭和16年〜,昭和21年〜,昭和26年〜,昭和29年〜,昭和31年〜,昭和33年〜,昭和35年,昭和36年,昭和37年,昭和38年,昭和39年,昭和40年,昭和41年,昭和42年,昭和43年,昭和44年,昭和45年,昭和46年,昭和47年,昭和48年,昭和49年,昭和50年,昭和51年,昭和52年,昭和53年,昭和54年,昭和55年,昭和56年,昭和57年,昭和58年,昭和59年,昭和60年,昭和61年,昭和62年,昭和63年〜,その他(不明),平成の歌
昭和51年
哀愁のシンフォニー,愛に走って,愛の始発,赤い運命,赤い衝撃,赤いハイヒール,赤提灯の女,明日に向かって走れ,あなたがいたから僕がいた,あなただけを,あばよ,池上線,裏切り者の旅,S・O・S,大阪ラプソディ,沖縄ベイ・ブルース,落葉が雪に,踊り子[私は踊り子よ],おまえさん,想い出ボロボロ,おゆき,およげ!たいやきくん,女友達,帰らざる日々,かけめぐる青春,翳りゆく部屋,風になりたい,河内のオッサンの唄,カントリー・ロード<Take Me Home, Country Roads>,気まぐれ雨,きみ可愛いね,君は悲しみの,君よ抱かれて熱くなれ,きらめき,霧のめぐり逢い,恋のシーソー・ゲーム,恋の弱味,恋人試験,故郷に帰りたい<Take Me Home, Country Roads>,コバルトの季節の中で,最後の一葉,酒場川,さくらの唄,酒と泪と男と女,ささやかなこの人生,さざなみ,四季の歌,失恋レストラン,新宿情話,針葉樹,ジャガー,ジョリーン<Jolene>,すきま風,スローバラード,青春時代,セクシィ,世間,線香花火,ソウルこれっきりですか,たえこMY LOVE,冷たい雨,東京砂漠,遠くで汽笛を聞きながら,時,どうぞこのまま,ドリーム,泣いて昔が返るなら,泣かないわ,夏が来た,夏にご用心,浪花節だよ人生は,涙のシークレット・ラヴ,ねえ!気がついてよ,20才の微熱,春一番,春うらら,パタパタママ,パールカラーにゆれて,陽ざしの中で,ビューティフル・サンデー,歩,ファンタジー,フィーリング,ペッパー警部,ホテル・カリフォルニア<Hotel California>,ホネホネロック,ぼくの妹に,盆帰り,未来,目覚めた時には晴れていた,もう一度逢いたい,山口さんちのツトム君,夕焼け雲,夢で逢えたら,揺れるまなざし,横須賀ストーリー,嫁に来ないか,わかって下さい,別涙,わかんねェだろうナ,Jolene,Take Me Home・Country Roads,Hotel California
哀愁のシンフォニー(2015.11.19)
昭和51年,詞:なかにし礼,曲:三木たかし,唄:キャンディーズ
「あなたの目を私がみて」と始まる歌。
出だしの部分はあまり印象に残っていないが,最後の「こっちを向いて」から「なんとなく恐い」までは強く印象に残っている。
唄の下手なアイドルが歌を唄い出したのがこの数年前だろう。キャンディーズも歌手というよりアイドルだが,アイドルの中では唄が上手いほうだ。唄えるアイドルと言ってよいだろう。
なかにし礼がキャンディーズに書いた詞としてはやや意外だが,キャンディーズに対して私が持つイメージとなかにし礼の持つイメージが異なっていたということだろうか。
愛に走って(2016.6.21)
昭和51年,詞:千家和也,曲:三木たかし,唄:山口百恵
「パジャマのままで走ってきたの」と始まる歌。
山口百恵12枚目のシングル。全て千家の作詞であり,13枚目で初めて阿木の詞になる。12枚目までの多くは都倉俊一の曲だが,1曲が馬飼野俊一,2曲が三木の作曲だ。山口はTBS系の赤いシリーズのドラマに出演していたので,これらのドラマに関係した曲なのだろう。この曲のB面は『赤い運命』で同名ドラマ『赤い運命』の主題歌だ。
歌詞に「あなたの愛がつかみきれないから」とあるのだが,歌詞からは状況が解らない。理解できないので思い入れもなく,次第に忘れて行く歌だ。
当時,多忙でテレビは全く観なかった。それでもラジオを聴くことはあったのだが。
愛の始発(2018.7.12)
昭和51年,詞:山口洋子,曲:猪俣公章,唄:五木ひろし
「川は流れる橋の下 まるでふたりの恋のように」と始まる歌。
「川は流れる橋の下」というフレーズは途中でも現れるが最後もこのフレーズで終わる。
何度も現れるのでこれがこの歌のタイトルではないかと思うほどだ。しかし,結局は愛の為に全てを捨てて「明日の始発に とびのるのです」ということでこちらがタイトルになったのだろう。
赤い運命(2017.2.28)
昭和51年,詞:千家和也,曲:三木たかし,唄:山口百恵
「誰かが私を呼んでいる 小さく淋しく そしてなつかしく」と始まる歌。
TBSドラマ『赤い運命』のテーマ曲で『愛に走って』のB面曲。
「もうひとりの私が」「もうひとりのあなたを 捜しています」とドラマの内容を知らないと理解しにくい歌詞だ。そもそもドラマの設定が奇想天外だと思うが,ひょっとしたらこんなこともあり得るかもしれないと思わせたのがヒットの理由だろうか。
残念ながら当時は忙しく,このドラマを観ることはできず,ドラマに関してはいろんなソースから粗筋を知った程度だ。話のスタートが伊勢湾台風だということだから,観ていれば引き込まれていたかもしれない。私にとっても伊勢湾台風は強い衝撃を受けた災害だったから。
赤い衝撃(2017.7.21)
昭和51年,詞:千家和也,曲:佐瀬寿一,唄:山口百恵
「あなたがいる 私がいる 答えは愛だけ」と始まる歌。
「愛は人と人をむすぶ鍵」という歌だが,「鍵」という言葉に違和感を持つ。「鍵」は「ほどく」となら馴染むが「むすぶ」とは馴染まない言葉ではないだろうか。問題を解く鍵とか扉を開く鍵とかのように使われるはずだ。ひょっとしたら「鍵」と「錠」を混同しているのではないかとも思ってしまう。鍵を使って開閉する錠も多いが,南京錠などは鍵なしで施錠できるが鍵を使わないと開錠できない。・・・こんなことを言っているから嫌われるのかも知れないが。
まあ,詞の中の言葉選びは山口の責任ではないだろう。
佐瀬寿一の曲は山口にとって2曲目になる、1曲目の『パールカラーにゆれて』は『横須賀ストーリー』路線のような雰囲気で共にオリコン1位を獲得しているが,この曲は3位どまりだった。デビュー当時は都倉俊一の曲が多かった山口百恵が,この頃は,三木たかし,宇崎竜童,佐瀬寿一の曲といろんな作曲家の曲を唄っており,いろんな方向を試していた時期といえるのだろうか。
この時期の後,阿木耀子・宇崎竜童コンビがいろんなテイストの歌を山口百恵に提供している。
この歌はTBS系テレビドラマ「赤い衝撃」のオープニングテーマ曲。
赤いハイヒール(2015.5.2)
昭和51年,詞:松本隆,曲:筒美京平:唄:太田裕美
「ねえ友達なら聞いて下さる?」と始まる歌。
田舎から東京に出てきて「赤いハイヒール」を買った少女の歌。「マニキュアの指 タイプライター ひとつ打つたび夢なくしたわ」と夢を失っていく。「おとぎ話の人魚姫はね 死ぬまで踊るあゝ赤い靴」と都会の水に染まっていくのを止められない。松本の詞のなかでは解りやすく好きな部類に属する。
そういえば,この頃はワープロやパソコンではなくタイプライターで文章を清書していた。文章の修正は大変で,基本的にはページの最初から打ち直しだった。英文タイプは手動・電動・メモリ付などを時代に応じて使った。メモリ付というのは1行くらいを打ち込んで文を確認した後打ち出すことができるもので,打ち間違えが多い人には画期的だが,一般にはそのようなことをするとスピードが極端に落ちるのでいちいち確認することをしない場合が多いのであまり役には立たなかった。
パソコンのワープロソフトが役立つようになったのは昭和60年代に入ってからだ。プリンタの性能があがったのはワープロソフトの普及よりも数年遅れた。昭和60年代前半,印字が綺麗と評判だった米国製のプリンタは小さな国産車なら2台くらい買える値段だったように思う。
和文タイプは手動しか使ったことがない。初めて16ビットのパソコンが研究室にはいったとき,日本語が使えるとのことだったが,日本語入力のソフトがなく,何ページかの書類をJISコードで入力したことがある。JISコードの漢字の並びは和文タイプと同様なので,この文字ならこの辺にありそうだということが何となくわかっていたからできたことだ。
赤提灯の女(2019.4.11)
昭和51年,詞:矢吹光,曲:真木陽,唄:牧村三枝子
「さいはての 赤提灯に 身を寄せる」と始まる歌。
赤提灯の客ではなく,赤ちょうちんで働く女の歌だ。
「赤提灯」は種々ある酒を提供する店のなかでは客単価が低い。当時,今でいう居酒屋があったのかどうかは知らないが,私は行ったことがなかった。感覚的には新しい高級?赤提灯が居酒屋になったというイメージだ。同じくらいの価格帯で飲める店というと,ラーメン屋くらいだろうか。ラーメン屋は食事がメインだが赤提灯は呑む方がメインだ。厨房と配膳が別れている大きな店もあるが,カウンターだけの店も多い。酒はビール・清酒・焼酎くらいだろう。簡単な料理も出す。つまみはほとんどが乾き物の立ち飲みよりはややランクが上で,客の椅子はある。
赤提灯でも自分の店ならまだしも,雇われならばこの手の仕事としては報酬は少ない。だからこそ「気がつきゃ ここまで 落ちていた」と言っているのだろう。ただ,当時の赤提灯はもう少し前の時代に比べてステイタスが向上しつつあった。「落ちて」などと言ったら赤提灯で働く人や客に失礼だろう。以前にはほとんど見られなかった若い女性の一人客などもたまには見られるようになってきていた。
「酒の味 吐いて覚えた」というのは,昔も今も同じだなと感じたが,ひょっとしたら今の人達は「吐いて覚える」ということはないのかもしれない。まあ,昭和50年以前では普通のことだった。
結局,「何処にもあるよな話です」と終わるが,私がこの店で飲んでいたなら,酔った勢いで,『もっとしっかりしろ』と喝を入れるかもしれない。湿っぽい話は止めて楽しく呑もう。
明日に向かって走れ(2019.8.19)
昭和51年,詞:吉田拓郎,曲:吉田拓郎,唄:吉田拓郎
「流れる雲をおいかけながら 本当のことを話してみたい」と始まる歌。
私には難解すぎる歌。「通りすがりに微笑を持ち 一人である事を忘れた時 ノアの方舟が笑って消えた」とはどういうことだ。「ノアの方舟」が解らないからだろうが,「話してみたい」「本当のこと」も何なのかが解らない。
メッセージは「明日に向かって走れ 言葉をつくろう前に」ということなのだろうが,「明日に向かって走れ」と呼びかけることこそ言葉をつくろっているのではないかと感じてしまう。
あなたがいたから僕がいた(2017.10.16)
昭和51年,詞:橋本淳,曲:筒美京平,唄:郷ひろみ
「あなたがいたから僕がいた こころの支えをありがとう」と始まる歌。
詞・曲・歌唱のマッチングが良い。郷のファンではないが,私が郷の歌のベスト3を選べばきっと選ぶだろう歌。
あなただけを(2017.11.20)
昭和51年,詞:大野真澄,曲:常富喜雄,唄:あおい輝彦
「あゝ今年も南の風に 誘われてきたよ」と始まる歌。
青春の香が感じられ良い歌だと思う。このような心境になれるのは青春の特権だろう。
吉田拓郎が挙げた数々の青春1)と重ならないのは時代が違うからだろうか。この時代,若者が何も心配もしなくてもよい時代だったからだろう。
1)「青春の詩」(昭和46年,詞:吉田拓郎,曲:吉田拓郎,唄:よしだたくろう)
あばよ(2012.5.6)
昭和51年,詞:中島みゆき,曲:中島みゆき,唄:研ナオコ
「何もあの人だけが世界中でいちばん」とはじまり「あの人はお前に似合わない」で終わる初期の中島みゆきらしい歌。研ナオコの歌も悪くない。ここで「お前」と呼びかけているのは自分の恋心に対してだ。「笑ってあばよと気取ってみるさ」と強がってみせる。
昭和54年の中島みゆきのアルバム「おかえりなさい」の最初に収録されている歌だ。
中島みゆきに関して論じてみたいのだが,彼女は天才で余りにも多様な面を見せるためどれが素顔かわからない。このころは,屈折した悲観論者の顔を見せている。要するに「ひねくれている」のだ。ひょっとしたらと思いながらも考えないようにしていることを,中島みゆきは「わたしの痛みです」というふりをしながら実は「痛いのは自分じゃない」と容赦なく正面から傷口に塩を摺り込むようなことをする。「ふり」ではないかもしれないが,ひねくれ少女が成功によって明るくなったというのなら,それは単なるラッキーなサクセスストーリーだ。ひねくれ者なら成功できるというわけではない。中島みゆきは初期は主観的には不幸だったのかもしれない。不幸でないのに不幸だと感じていたのが天才なのかもしれない。凡人が茫漠と感じていることを明瞭な言葉にする。
「魔女の辞典」1)には「荒井由実: 職業にかかわらず,アミタイツをはいて何が悪いか,という開き直りを身をもって証明した女流画家」とある。
1) 中島みゆき:「愛が好きです」(新潮文庫,昭和57年)
池上線(2019.11.19)
昭和51年,詞:佐藤順英,詞:西島三重子,唄:西島三重子
「古い電車のドアのそば 二人は黙って立っていた」と始まる歌。
「終電時刻を確かめて あなたは私と駅を出た」というのだから,このときは二人一緒だったのだ。しかし,あなたは今夜は帰ることを既に決めていた。
「池上線が走る町に あなたは二度とこないのね」と解って「あとからあとから 涙あふれて」しまう。
男が夢を追うために恋人と別れて旅に出る。そのとき相手はこうであってほしいという男の願望の歌ではなかろうか。昭和30年代以前の歌なら,諸般の事情により止むを得ず出稼ぎ等に出かけるため別れる。戻ることはないかもしれないとは思いつつ,希望として『きっと戻って来る』とか『落ち着いたら呼び寄せる』などのリップサービスをしたのではないか。この時代になると,自分の意志で別れて行くのだ。『また戻る』というようなその場しのぎの嘘は言わないというのが優しさだと思っているのだろう。それでも相手には涙を望む。男の身勝手を歌にしたのではないか。
裏切り者の旅(2020.1.16)
昭和51年,詞:阿木耀子,曲:宇崎竜童,唄:ダウン・タウン・ブギウギ・バンド
「お前と逢えない淋しさだけから 行きずりの女を愛した俺」と始まる歌。
繰り返しの多い詞で,「ひび割れた鏡の中に 裏切者の顔が歪む 色褪せた写真の中で お前の微笑が俺の胸を刺す」というのも繰り返されるが,これがメインテーマか。
「俺の胸を刺す」というが,痛みは感じていないのだろう。この歌の作詞が阿木と宇崎の連名になっている資料も見たことがあるが,せめて良心の呵責を感じていて欲しいと願うのは女で,男は鏡を見て「裏切り者」などとは思わないのではないか。ということで作詞は阿木の単名でいいのではないかと思い,宇崎の名は書かなかった。もちろん共作の可能性はあるのだが。
宇崎が主体で書いたのなら,その後の展開についてもっと書いた気がする。
S・O・S(2014.10.15)
昭和51年,詞:阿久悠,曲:都倉俊一,唄:ピンクレディー
「男は狼なのよ 気をつけなさい」と始まる歌。
ピンクレディーの2枚目シングルであるが,ピンクレディーのイメージを確立した曲だろう。後になって聴くといかにもピンクレディーという歌で,誰がカバーしてもオリジナルにはかなわないのではないか。
ところで,この歌のタイトルでは「S・O・S」と三文字が区切られている。モールス信号は1文字送信するごとに間隔を空けて文字と文字の切れ目を示すが,緊急遭難信号のSOSの場合はSとO3文字の間には間隔を空けずに1文字として送信する。従ってWikipediaのようにと記載するほうが適している。モールス信号の短点と長点の組み合わせは
や
などでも同じであり,他にも文字間のスペースを省略すると
と同じ信号になる組み合わせはいくつもある。SOS自体には意味がないはずだ。無線電話による緊急遭難連絡はSOSではなく「MAYDAY」だから日本式の発音で「えすおーえす」と言っても外国人には何のことか解らない可能性が高い。SOSと書けばもっと通じる範囲は増えるだろう。
ついでながら真珠湾攻撃の際の「ワレ奇襲に成功セリ」の意味を表す暗号電文「トラトラトラ」は「ト」と「ラ」は続けて一文字として送信されたわけではなく,二文字として送信されたようである。もちろん和文のモールス信号を使っての送信である。
大阪ラプソディ(2013.8.24)
昭和51年,詞:山上路夫,曲:猪俣公章,唄:海原千里・万里
「あの人もこの人もそぞろ歩く宵の街」と始まる歌。ご当地ソングなのだが,固有の地名は「御堂筋」「道頓堀」「戎橋」「法善寺」しか出てこない。
海原千里・万理は当時人気の高かった漫才コンビだが,歌はまじめ?な歌である。現在,海原千里は本名の上沼恵美子でテレビに出ているのを見るが,姉の万理のほうはあまり見ない。
ところで「ラプソディ」とは何なのか私は知らない。もちろん音楽の授業で「狂詩曲」と訳されることは習ったが,中身は何も解っていないのだ。授業で習ったといえば「ハンガリー狂詩曲」1)だが,その一部を聴いてみても「大阪ラプソディ」との共通点は私には解らない。辞書で「狂詩曲」を調べてみると「民族的または叙事的内容・・・」とあるので,ハンガリーと大阪は共通点がなく,曲にも共通点がないのが当然ということなのだろうか。一方「東京ラプソディ」2)と「大阪ラプソディ」は雰囲気が似ている。東京と大阪で民族が異なるわけではないだろうが,雰囲気は大分違う気がする。それなのに,二つの曲は違うのに似ている気がするのが,ハンガリーよりは東京のほうが大阪に似ているということだろうか。「大阪〜」と「東京〜」は前奏が似ているような気がする。歌詞は「東京〜」のほうが若干キザな感じを受ける。しかし,これは東京と大阪の違いというより,(作詞家ではなく)歌手の違いによるように感じる。
まあ,「東京〜」も「大阪〜」も,どちらもノリの良い曲で,自分に元気があるときには益々元気が出る曲だ。すこしの落ち込みなら,元気が出る曲だが,本当に落ち込んでいる時には,ちょっとノリについていけない。
1) ハンガリー狂詩曲:曲:リスト
2) 東京ラプソディ:昭和11年,詞:門田ゆたか,曲:古賀政男,歌:藤山一郎
沖縄ベイ・ブルース(2019.3.14)
昭和51年,詞:阿木燿子,曲:宇崎竜童,唄:ダウン・タウン・ブギウギ・バンド
「アーン アーン お前となら もう一度」と始まる歌。
「勘違いなの」などと言ってはいるが,相手は口から出まかせ,要は騙されたのだ。結局「青い鳥が逃げた」ということは解っているようだ。というよりも最初から口先だけだということは解っていたのだろう。
詞も曲も当世風だが,中身は昔ながらの心情だから,時代遅れの私が聴いても違和感が少ない。
落葉が雪に(2013.12.30)
昭和51年,詞:布施明,曲:布施明,唄:布施明
「人恋しさのあまり書き始めた日記に」と始まる歌。
日記を書く動機として「人恋しさ」ということはあるだろう。しかし,1番2番で繰り返される「落葉が雪に」以降はよく解らない。これは晩秋のイメージだが,「うららの小川に」は春のイメージだ。最後は「どうして僕はここにいるのだろう」と作詞者も解らなくなっているのではないだろうか。
自分と同じ気持ちが詞に書かれていると共感するが,自分でははっきり認識できず言葉に出来なかったことが明快に言葉にされているともっと心の中に染み入る。私が,この歌の雰囲気には共感できるのにもう一つ浸りきれないのは「うららの小川」から喚起される私のイメージが作者のイメージと異なっているからではないだろうか。
踊り子(2020.6.23)
昭和51年,詞:阿久悠,曲:井上忠夫,唄;フォーリーブス
「私は踊り子よ ふるまいのお酒にも 気軽く酔うような浮草の踊子」と始まる。
全体の構造をどうとらえるべきかはっきりとは解らないのだが,詞は踊り子の言葉であり,男性が歌っているのだから,歌い手がこのように言われたということなのだろう。
「あなたは うぶなのよ 何一つ知らない」と言われ「このまま 別れていきましょう」と言われている。歌手から言えば振られ歌。歌詞から言えば振った歌と言えるだろう。
当時のフォーリーブスは20代後半だろうが、彼らを相手に「うぶなのよ」などと言えるのはかなりの年増なのではないだろうか。川端康成の『伊豆の踊子』に比べると年齢は倍以上ではなかろうかなどと感じる。
「あなたとは くらしてはゆけない」というのは『幸せになってね わたし祈ってます』1)ということなのだろう。
1)「わたし祈ってます」(昭和49年,詞:五十嵐悟,曲:五十嵐悟,唄:敏いとうとハッピー&ブルー)
おまえさん(2019.9.17)
昭和51年,詞:阿久悠,曲:丹羽応樹,唄:木の実ナナ
「おまえさん 雨だよ 淋しいよ」と始まる歌。
「おまえさん 帰っておくれよ あたしが あたしが 悪かったよ」と終わる。
弱い女の歌だ。昭和演歌の一大パターンは『弱い女』・『耐える女』だろうが『怨む女』・『自嘲する女』も珍しくないし,もちろん阿久はピンク・レディーに書いたような全く違う女性の詞も書ける。私がイメージする木の実ナナにはこの詞は合わない気がするが,阿久はなぜこのような詞を書いたのだろうか。
想い出ボロボロ(2017.12.12)
昭和51年,詞:阿木燿子,曲:宇崎竜童,唄:内藤やす子
「ドアを細目に開けながら 夜更けにアイツが帰ってくる」と始まる歌。
状況が目に見えるような詞だ。しかし,私にはこの女性の感情までは解らない。「幸福ぼろぼろ こぼれるから」とあり,これまで感じていた幸福が壊れつつあると感じていることは確かだが,「涙がぼろぼろ溢れる」のは悲しみからだろうか。涙は喜怒哀楽どれでも感情が高ぶれば出そうな気がする。怒りの涙,悔し涙などいろんな涙がありそうだ。
小説ならばこの幸せが真の幸せか,幻想かなど種々の伏線を張っておき,登場人物の性格描写も済ませて涙の訳まで説明するまでもなく必然と感じるようになっているのだろう。
しかし,歌詞ではそこまでの余裕はないので『私のどこがいけないの それともあの人が変わったの』と疑問や『いまの一言 冗談だよと 笑ってほしい』との願いなどを明示して感情を確定させる歌が多いように感じていたが,この歌は感情が不明のまま,聴き手の解釈に任せているようだ。聴き手に応じてそれぞれ別な感情で共感してもらおうという意図かもしれないが,明確でない分感情移入も中途半端になりそうな気がする。
内藤の歌唱からは,自他共に許す強い女が自分の内面の弱い部分に気づき狼狽している歌のような印象を受ける。
1)「あなたならどうする」(昭和45年,詞:なかにし礼,曲:筒美京平,唄:いしだあゆみ)
2)「恋人よ」(昭和55年,詞:五輪真弓,曲:五輪真弓,唄:五輪真弓)
おゆき(2018.2.9)
昭和51年,詞:関根浩子,曲:弦哲也,唄:内藤国雄
「持って生まれた 運命まで 変えることなど 出来ないと」と始まる歌。
「茶柱で 明日を占う」ような古風な女性,放っておくと自分から不幸になっていきそうな女性,「あれは・・・おゆきという女」だったという歌。
このような女性が少なくなったと多くの人が感じてこの歌がヒットしたのだろうか。
内藤國雄は将棋棋士。九段で平成27年に引退。獲得タイトルは棋聖と王位がそれぞれ2期づつである。歌手としては名前表記を国雄として活動している。歌の上手さはとても余技とは思えない。
およげ!たいやきくん(2012.3.7)
昭和51年,詞:高田ひろお,曲:佐瀬寿一,唄:子門真人
「毎日毎日僕らは鉄板の」で歌いだし,鯛焼きは海に逃げ,どうも本物の魚になってしまうようだが,海老に食いついて釣り上げられてしまう。釣り上げられたらやはり鯛焼きだったという歌。醜いアヒルの子が美しい白鳥になるのではなく,つかの間の自由を得るが結局は「たい焼き」のままで食べられてしまうという閉塞感を感じさせる。子供向けの歌ならもっと夢を持っても良いのではないだろうか。そういえば,わらべの「めだかの兄妹」1)も「蛙の子は蛙」というものだった。
「たこやき」には蛸がはいっているが,「たいやき」に鯛は入っていない。日本語の語順は修飾語の後に被修飾語が来る。「美しい花」という具合だ。焼いた芋なら「焼芋」,同様に「焼とうもろこし」「焼ハマグリ」「焼松茸」「焼魚」「焼肉」「焼そば」「焼おにぎり」などいくらでもある。「焼く」を修飾しようとすれば,「炭火焼」「鉄板焼」「蒲焼」「照り焼き」「塩焼」あるいは「今川焼」「大判焼」「太鼓焼」「人形焼」さらには「お好み焼」「もんじゃ焼」「明石焼」「広島焼」「有田焼」「九谷焼」「清水焼」などもある。「大文字焼」などというものもあり,焼いた形が「大」の字になる・・・ということは,焼いた形が鯛の形になるのが「鯛焼き」ということだ。「人形焼」に人形は入っていない。とすると焼いた形が「たこ」の形になれば「たこ焼」で,蛸が入っているのは特別サービス?と言うことになる。わざわざ「大蛸入り」と書く意味があるのだ。
イカを焼いたものは,イカの形をしているので,「焼きイカ」でありかつ「イカ焼き」である。
「焼〜」というのは,どうも動詞+目的語という形で作られた言葉らしい。漢文で言えばレ点をつけて読むということだ。
これらの規則が解り,スッキリした。たしかに「もみじ饅頭」はこの規則に合っている。「ウインナコーヒー」にウインナソーセージが入っているかもしれないと期待するのが間違いなのだ。
しかし「栗饅頭」は栗の形をしていて「栗羊羹」は栗の形をしていない。「柿羊羹」は,「苺大福」は,「えびせんべい」は?と考えていて「せんべい」は動詞ではないことに気づいた。「煎餅」なら動詞+目的語なのだが。とすると「えびせん」は???他にもあった。「たまご焼き」は???
1)荒木とよひさ:「めだかの兄妹」(曲:三木たかし,唄:わらべ)
女友達(2020.9.9)
昭和51年,詞:山上路夫,曲:佐藤寛,唄:野口五郎
「君に電話を かけても今では どこに越したか 行方は知れない」と始まる。
「誰よりも仲のいい 女ともだちだった」「そんなやさしさ 失くしてしまった」ということだが,時代は変わったという印象が強い。
我々が若い頃は『男女間の友情はあり得るか』などとことをテーマに真面目?に討論した。この頃は既に友情は性別に無関係という時代になっていたのだろう。
しかし,そのような時代でも,友情以上を期待する場合もあっただろう。一方が友情以上の感情を持っていても,相手から友情以上のものが感じられなかったら去っていく場合もあったのではないか。去られた方は,去られた後に失ったものの大きさを感じる。よくある話だ。
帰らざる日々(2014.11.26)
昭和51年,詞:谷村新司,曲:谷村新司,唄:アリス
「最後の電話握りしめて」と始まる歌。
「バイバイバイ」のコーラスが何度も繰り返され別れの歌だとはすぐわかるが,「私は一人で死んでゆく」という歌詞を聞き逃すと単に愛する人との別れの歌と思ってしまう。「バイバイバイ私のいのち」と聞いても「いのち」は比喩だと感じてしまう。
しかし,よく歌詞を読んでみると比喩ではないようにも感じられてくる。状況は「電話握りしめて」というだけなのでなぜこうなったのか解らない。
自分の選択でなければもっと事情を説明しないと後に残された者はせつないだけだろう。
自分が選択した結果なら,このような曲をつけるべきではないと思う。重い選択を軽い気持ちでしてしまっているような曲になっている。選択を変えさせるような歌にするべきだ。歌声が哀しみを含んでいるようにも聞こえ,全体としては軽薄な感じは受けないのだが,唄う人によっては軽い気持ちで唄っているように聞こえるのではないかと感じるので,曲自体をもっと重い曲にして欲しいというのが私の希望である。
かけめぐる青春(2015.6.1)
昭和51年,詞:石原信一,曲:あかのたちお,唄:ビューティ・ペア
「ヒューティービューティービューティーペア」とのイントロに次いで「踏まれても汚れても野に咲く白い花が好き」と始まる歌。
「リングに開く花ふたつ」とか「四角いマットが呼んでいる」との歌詞からも想像できるかも知れないが,ビューティ・ペアは当時人気のあった全日本女子プロレス所属のジャッキー佐藤とマキ上田のタッグチームである。女子プロレス界のアイドルとしてマッハも文朱がいたが,ビューティ・ペアは赤城マリ子・マッハ文朱ペアに勝ってタッグのWWWA世界王座のタイトルを獲得した。ライバルとしてブラック・ペアがいた。プロレスを少しでも観たことがあるなら,ペアの名前からだけでもこのタッグ・マッチの試合展開は想像できるだろう。もっとも,想像通りの試合展開だったかどうかは試合を観ていないので知らない。
私がテレビでプロレスを観ていたのは力道山やブラッシーの時代だ。シャープ兄弟からデストロイヤーくらいまでだろうか。
翳りゆく部屋(2015.12.12)
昭和51年,詞:荒井由実,曲:荒井由実,歌:荒井由実
「窓辺に置いた椅子にもたれ」と始まる歌。
「どんな運命が 愛を遠ざけたの 輝きはもどらない わたしが 今 死んでも」のフレーズが耳に残る。
私にとってはこれぞニュー・ミュージックという曲だ。この曲がという意味ではなく,ユーミンがという意味だ。
曲は私が聴き慣れた歌謡曲と全くちがうものがほとんど,詞にも違和感満載のものが何曲もあり,この歌詞も違和感たっぷりなのだがなぜか耳に残る。
風になりたい(2019.10.22)
昭和51年,詞:吉田拓郎,曲:吉田拓郎,唄:川村ゆうこ
「白い雨が街中濡して もうすぐ朝です 少し寒い」と始まる歌。
寒いのは「あなたをつかめない」からだろう。「覚えているのは 煙草の香りと 私を離した時の すきま風」,「追いかけたくても一人で残ります」。書いてはないが,あなたを捕まえることはできないと分っているからだろう。
「通り過ぎる あなたが風なら 私も今すぐ 風になりたい」が繰り返されるので,メインテーマだが,「悲しむことより 想い出作りに 私は今でも時を送りたい」とのことだ。
女歌だが,当時の男性が期待する女性のような気がする。当時の男性というのはやや古い昭和の男性という意味で,拓郎は過渡期の人だと思うが,新しい女性を歌わずに古い女性を歌っているように感じる。
河内のオッサンの唄(2014.2.7)
昭和51年,詞:ミス花子,曲:ミス花子,唄:ミス花子
「オー良う来たのワレ」とこれは台詞のようだが,これから始まる。いちおう次は歌なのだろうか。ラップ調とでもいえるのか,単調なメロディーで歌詞のあちらこちらが「ワレ」できりになる。「河内のオッサンの唄」というフレーズだけが優しく唄われるがメロディーは単調だ。サビかどうかは知らないが,「やんけやんけそやんけワレ ワレワレワレ そやんけ」という箇所など印象に残る。まあ,歌詞の面白さで聴かせる曲なのだろう。
私は河内の本当の言葉を知らないのだが,これが本当の河内の言葉なら,特に面白そうなことを話しているわけではないように感じる。私が知っている他の地方の言葉に置き換えれば普通の会話だ。
ひょっとしたら,自分が普段使っていないような言葉遣いを聞くと,可笑しく聞こえるのかもしれない。「おかしい」という言葉は「変だ」と同義でつかうこともあるが,自分と違っているのが「変だ」「おかしい」「可笑しい」と成るのかもしれない。
いつも丁寧語をつかう人々と丁寧語は一切使わない人々はお互いに相手に違和感を覚えるのかもしれない。単なる習慣の違いにしか過ぎないのだが。そのような習慣ができたのにはそれなりの背景があるのだが,その背景まで考えを廻らす場合は少ないようだ。
結局,この歌は何がポイントなのかよく解らない歌だ。
気まぐれ雨(2020.4.22)
昭和51年,詞:斎藤保,曲:吉田佐、唄:内山田洋とクール・ファイブ
「雨の舗道に二人を 映したネオンのその先は」と始まる歌。
「どこえ行くのか」の「え」など,いかにも前川だ。斎藤もこれを期待して表記を通常の「へ」ではなく明確に「え」と指示したのだろうか。
最後の「雨が今日も降る」には私は賛成できない。この一言で「あても あてもない旅なのか」などまでも「長崎は今日も雨だった」に収斂してしまい,この歌全体が二番煎じに感じられてしまう。
1)「長崎は今日も雨だった」(昭和44年,詞:永田貴子,曲:彩木雅夫,唄;内山田洋とクール・ファイブ)
きみ可愛いね(2016.7.30)
昭和51年,詞:阿久悠,曲:三木たかし,唄:伊藤咲子
「あなたの指が肩にふれたら」と始まる歌。
タイトルからは男歌かとおもうのだが「ひとこと云って きみ可愛いね」と終わることからわかるように,このように言われたいという女(少女?)の歌だ。爽やかなアイドル歌謡曲と言ってよいだろう。
君は悲しみの(2019.7.1)
昭和51年,詞:イルカ,曲:イルカ,唄:イルカ
「きのうの事さえ 思い出せない程 ぼくはいつも 疲れてた」
「ぼくは ぼくの事しか見えなかった 君が泣いてるなんて 知らなかった」
自分のことに精一杯で,周囲にまで気が回らないということはありうることだ。それでも気付いたのだ。
「迎えてくれたのは 灯りがついた 明け方の部屋と 眠ったふりした君」までしか書かれていないのでその後どのようになったかは不明なのだが,気付いたのが遅すぎたということはないのだろう。幸せにと祈りたい。
君よ抱かれて熱くなれ(2019.1.18)
昭和51年,詞:阿久悠,曲:三木たかし,唄:西城秀樹
「君は今僕の胸で蝶に変るよ」と始まる歌。
阿久の詞にしては難解だ。特に「愛は人の前を流れて行く川だよ」という比喩が理解できない。「思い悩む前に裸になり跳ぶのさ」というのだが,ということはこの「川」は跳び越えるべき障害なのか。しかし「愛は・・・川だよ」と言っているので愛を跳び越えろということなのか。この歌では「愛とは勇気なんだ」とも言っている。
ギリシャ的な愛,キリスト教的な愛,仏教的な愛,日本語ではその他も含め多くの「愛」の意味がある。この詞ではどのような意味を込めているのだろうか。
「愛」という言葉を無視すれば,この歌は単に抱き合いたいということだけしか言っていないように感じる。
きらめき(2019.6.3)
昭和51年,詞:山上路夫,曲:筒美京平,唄:野口五郎
「ここの街へと あなたと僕は これまでいく度 訪ねたろう二人」と始まる歌。
「なぜにあなたと」から始まるサビの部分より,最後の「この愛と 僕は生きよう」が印象に残るのだが。
詞は山上流のハッピーソング,曲はややハッピーソング風ではない程度の普通なのだが,野口の歌唱がハッピーさに欠け,全体として『私鉄沿線』1)の雰囲気になっている。『私鉄沿線』のインパクトが強すぎるのかもしれない。
1)「私鉄沿線」(昭和50年,詞:山上路夫,曲:佐藤寛,唄:野口五郎)
霧のめぐり逢い(2017.3.26)
昭和51年,詞:阿久悠,曲:筒美京平,唄:岩崎宏美
「あなたね やはりあなたなの」と始まる歌。
阿久と筒美ならもっと岩崎の歌唱力を引き出す歌を作ることができるのではないかと思うが,アイドル歌謡曲になってしまっている。『二重唱(デュエット)』1)でそれなりに売れたのでズルズルとその路線で来たのだろう。
1)「二重唱(デュエット)」(昭和50年,詞:阿久悠,曲:筒美京平,唄:岩崎宏美)
恋のシーソー・ゲーム(2024.2.4)
昭和51年,詞:落合恵子,曲:井上忠夫,唄:アグネス・チャン
「恋はどちらかいつも 片想い」と始まる。
「五分おきに 時計見て 背のびしては あなたに似た人 探す」とか「待ちぼうけに つかれてそれでも 帰れない」というシーソーが一方に傾いた状態から,「変わったのよ わたしは 昨日と違うの」と逆向きに傾いたようなフレーズはあるが,結局は「待っていますあなたを」ということで「そう恋に こんにちは」と終わる。
落合もアグネスも,マスコミを通じてしか知らないが,詞は落合よりアグネスのイメージに合うと思う。
恋の弱味(2021.10.31)
昭和51年,詞:橋本淳,曲:筒美京平,唄:郷ひろみ
「ミルクの好きな仔猫を抱きしめて 君はいつものエレベーターにのる」と始まる。
「Get Downボクはひとり 星を見つめ あせってしまう」などとあるが何のことかわからない。消化不良の歌。
全くの妄想を述べるなら,エレベーターまでしか送ることを許されず,その後のことを想像して焦ってしまうということか。もう少し詳しく詞で解説してくれればよいのにと思う。
恋人試験(2013.10.11)
昭和51年,詞:伊藤アキラ,曲:あかのたちお,唄:松本ちえこ
「私の一番かわいいとこどこですか」と始まる歌。
「恋人試験」というタイトルどおり,試験問題で始まるのだが,この試験が6択問題だ。「一緒に行きたいとこ」,「好きな言葉」,「現在やりたいこと」と続くが,「ひとつ選んでその理由をのべよ」などとなっている問題もある。
松本ちえこは入浴剤のCMで有名だった。そこでは『まんまる顔の女の子はいい妻になれるって』とか『太い脚の女の子は強い母になれるって』などと女の子の歌を『私ってなれそう』と唄っていた。
恋人に試験を課そうなどという発想は昭和54年に共通一次試験(後に大学入試センター試験になる)が始まったことと関係があるかもしれない。
自分のことをどれだけ理解しているかを試験問題にしているが,知りたいと思っているときこそ恋心が一番強いものであろう。知りすぎることは恋から醒める原因になるかもしれない。もっとも「100点とるひと大嫌い」と言っているのでストーカーなどは高得点でも嫌われるのだろう。従って,この試験はこれから恋人にするかどうかを決める試験ではなく,恋人から更に昇格させるかどうかの試験なのだろう。
バブル全盛期には結婚相手としては三高(高学歴,高収入,高身長)が理想だったようだが,最近では3K(価値観の一致,金銭感覚の一致,雇用形態の安定)に変わってきたとか。しかし,この試験問題を見る限り,昔も価値観の一致は重点評価項目であったのだろう。あるいはこの歌が時代に先行していたのだろうか。
コバルトの季節の中で(2017.8.7)
昭和51年,詞:小谷夏,曲:沢田研二,唄:沢田研二
「髪形がかわりましたね 秋風によく似合いますね」と始まる歌。
何かあったのだろうか「今朝はなにも話しかけません」と気遣いを見せる。しかし最後は「あなたを見失いたくないのです」と何となく女性っぽい。髪形を変えたのは女性だろうから女性から女性への歌のように感じるのだが,それを沢田研二が唄っている。私には違和感が残る。
曲は素直な感じを受け好感を持つ。
最後の一葉(2017.8.23)
昭和51年,詞:松本隆,曲:筒美京平,唄:太田裕美
「この手紙着いたらすぐに お見舞いに来てくださいね」と始まる歌。
松本の詞の中では極めて解りやすい部類の詞。松本はもっと違う方向を志向しているようなので本人にとっては不本意かもしれないが,私はこのような詞のほうが好きだ。サビの部分の太田の声も好印象だ。
残念ながら実体験でこのような状況の経験はないので,それほど感情移入はできず,男の願望の歌かとも思ってしまうが,悪い歌だとは思わない。自分で唄うことはないが。
酒場川(2020.6.3)
昭和51年,詞:石本美由起,曲:船村徹,唄;ちあきなおみ
「あなたの憎くさと いとしさが からだのなかを 流れます」と始まる。
「私と暮らした アパートで あなたは誰と いるのでしょう」という歌。
心情は観念的には理解できるつもりだが,似た経験が無いのでどこまで理解できているかは解らない。
さくらの唄(2020.2.12)
昭和51年,詞:なかにし礼,曲:三木たかし,唄:美空ひばり
「何もかも僕は なくしたの 生きてることが つらくてならぬ」と始まる歌。
「これで皆んないいんだ」とあるが,しばらくはなぜこのような状況なのか解らない。最後に「愛した君も 今頃は 僕のことを忘れて 幸福だろう」とでてきて,そういうことか輪郭が解る。なぜ別れたのかは最後まで解らずじまいだが,最後の最後に「おやすみをいわず ねむろうか やさしく匂う さくらの下で」と初めて「さくら」が登場し,タイトルに使われている。
「もしも僕が死んだら 友達に ひきょうなやつと わらわれるだろう」と言っているが,死んでしまいたい気分の時の歌だろう。なかにしは当時,兄弟の借金を抱え込み,このような気分だったのかもしれない。借金苦では歌詞にならないと思ったのかもしれない。
『かもしれない』を繰り返してしまったが,ひばりは『死ぬほどつらい別れ』の歌として歌っているようだ。つらさが伝染してくる。
酒と泪と男と女(2015.1.17)
昭和51年,詞:河島英五,曲:河島英五,唄:河島英五
「忘れてしまいたいことや どうしようもない寂しさに」と始まる歌。「飲んで飲んで飲まれて飲んで」のあたりが印象的だ。
この歌詞のように酒を飲む男女も確かにいるが,私の少ない観察例でもこのような経過をたどらない例は多数ある。「飲まれて」とあるが,この状態を経過せず寝てしまうのがいるが,起こせば起きるなら一番面倒がない。起こしても起きない場合は救急車を呼ぶ,タクシーに担ぎ込む,そのまま放置するなど,相手との関係や過去の経験などで対応を考える必要があり,こちらの酔いも醒めてしまう。このような相手と飲むときは先につぶれたほうが勝ちだ。
「飲まれて」状態が胃腸に現れる者がいる。これは水を飲ませて放っておけばよい。時々声を掛けて,正常そうな反応ならば心配ない。
「飲まれて」状態が泣き上戸というのはほとんど見たことがない。もちろん「泣く」のはいるが,ただ泣くだけでなく,大抵は絡んで来る。なだめるのが大変だ。「飲まれた」状態で攻撃的になるのはかなり多い。それでも暴力的になるのは比較的少なく,口撃が多かったのは一緒に飲んだ相手がまだ完全には「飲まれて」いなかったのかもしれない。
酔って朗らかになるのが,一緒に飲む相手としては最適だ。酒は楽しむために飲むものだ。この歌のように飲むことは,理解できなくはないが,アル中の元だろう。
若いころはワインを飲むと頭がよくなると言っていた。また,ビールを飲むと人がよくなると言っていた。
ささやかなこの人生(2017.10.27)
昭和51年,詞:伊勢正三,曲:伊勢正三,唄:風
「花びらが散ったあとの 桜がとても冷たくされるように」と始まる歌。
よく解らない歌。「ささやか」なのは「この人生」なのだろうが,「この」というのは『自分の』という意味ではないのか。「やさしかった恋人達よ ふり返るのはやめよう」と「恋人」が複数になっているが,自分の「恋人達」への呼びかけなのだろうか。最後の「言葉で決めてほしくはない」と他人に向かって言っているようだ。もし,世の中に多数いるカップルに対して「恋人達」と呼びかけているのなら,『大きなお世話』だと言いたい。
私は,『歌は感情を表すもの』,『論理を示すには文章が必要』だと考えている。同じような状況でも個人により種々の感情が湧き起るだろ。それを歌にすればいい。歌には共感できる歌もあれば共感できない歌もあるがそれは仕方がない。しかし,中には『人は皆』などのように他人も自分と同じ思いのはずと思い込んだような歌がある。私はそのような歌が概ね嫌いだ。他人のことは放っておいてくれと言いたい。『概ね』と書いたのは『ふれあい』1)のように『人は皆 一人では 生きて行かないものだから』と一般化した物言いをしている詞でも嫌いでない歌もあるからだが。
1)「ふれあい」(昭和49年,詞:山川啓介,曲:いずみたく,唄:中村雅俊)
さざなみ(2018.12.21)
昭和51年,詞:荒木一郎,曲:平尾昌晃,唱:西崎みどり
「誰だか ばかに気にしてる わたしの書いた 落書きを」と始まる歌。
朝日放送制作のテレビドラマ『必殺仕業人』の主題歌。
歌詞とドラマとの関係はよく解らないが,『湖のさざなみを見てみたいの』というのがドラマとの関係箇所なのだろうか。歌ではあからさまに裏の顔を見せないということか。
曲も表の顔のようだが,やや影を感じさせる。編曲はドラマによく合っている。と私が感じるということは陳腐だということかも知れないが私は好きだ。
四季の歌(2016.1.24)
昭和51年,詞:荒木とよひさ,曲:荒木とよひさ,唄:芹洋子
「春を愛する人は 心清き人」と始まる歌。
他にも多くの歌手が唄っている
歌声喫茶とかママさんコーラスなどで唄われていそうな歌。
心がうきうきしているときには特にどうとも感じない歌であり,心が平穏なときあるいは少し落ち込んでいるときには共感あるいは希望もって聴き・唄うことができるが,どん底にあるときには偽善的に聞こえる歌ではないだろうか。
失恋レストラン(2014.3.25)
昭和51年,詞:つのだ☆ひろ,曲:つのだ☆ひろ,唄:清水健太郎
「悲しけりゃここでお泣きよ」と始まる歌。
「失恋レストラン」と聞くと「Heart Break Hotel」1)を思いだすのは私だけではないだろう。つのだも私と同世代なので,つのだの頭にもプレスリーがあったのではないか。もちろん,詞も曲もプレスリーの曲とは全く異なる。似ているのはタイトルだけだ。
失恋とはいえ,こちらのほうは失恋した人を慰める歌なのか,あまり悲しそうな曲調ではなく,元気付けようとしているようだ。「ネェマスター作ってやってよ涙忘れるカクテル」などと言っていたのに,最後に「ネェマスター ラスト・オーダーは失恋までのフルコース」と意外なオーダーをする。失恋どころか,「まだ恋したこともない」ようだ。このラスト・オーダーを「ネェ マスター ネェ マスター ネェ マスター 早く」と切なそうにせかす。結局最後には恋に憧れている少年の歌のようにも聞こえる。清水はどのような気持ちでこの歌を唄ったのだろうか。
1) 「Heart Break Hotel」(昭和31年,詞:Mae Boren Axton,Tommy Durden, Elvis Presley,曲:Mae Boren Axton,Tommy Durden, Elvis Presley,唄:Elvis Presley
新宿情話(2020.5.9)
昭和51年,詞:猪又良,曲;船村徹,唄;ちあきなおみ
「新宿は 西口の 間口五尺の ぽん太の店が とうとうつぶれて」と始まる歌。
「これからは どうなるの 赤いランプの 最終電車 しょんぼり見送る」。それでも「三畳一間で よかったら ついておいでよ ぼくんちに」と言ってくれるような男がいるらしい。それで「情話」とタイトルがついているのだろう。
しかし,どこでそんな男と知り合ったのだろう。つぶれそうな店の常連客だったのだろうか。その男も好きで三畳一間に住んでいるわけではないだろう。
「ぼくの笑顔が」などと言っているようだが,どうやって生活している人物なのだろうか。「東京は 広いから」似たような境遇の人が「いっぱいいるさ」などと,慰めているように思うが,そんなことが慰めになると思っているらしいことも男の素性を解らなくしている。
船村徹までこの歌を唄っているようだが,私にはこの歌詞にリアリティが感じられない。私が世の中の人間をよく知らないせいかもしれないが,
針葉樹(2018.11.23)
昭和51年,詞:麻生香太郎,曲:筒美京平,唄:野口五郎
「あなたのかなしみは 雪で出来ている 僕を凍らせる 白いためいきだ」と始まる歌。第18回日本レコード大賞・歌唱賞。
別れの歌のようなのだが,どのような状況か過去も現状も理解できない。「愛したつもりだ」ということなので愛したつもりなのだろうが,ひょっとしたら本当に「つもり」だけだったのではないかと感じてしまう。
ジャガー(2018.8.28)
昭和51年,詞:阿久悠,曲:三木たかし,唄:西城秀樹,
「愛にいのち賭けたやつは誰だ」と始まる歌。途中で「君が死んだら俺は死ぬ」ではじまる比較的長い台詞が入る。
「君のためなら おれがたたかう たたかう」と西城秀樹のイメージに合っている歌詞だ。新御三家1)の中での印象比較ではヒデキが一番闘うイメージだ。
1)郷ひろみ,西城秀樹,野口五郎。御三家(橋幸夫,舟木一夫,西郷輝彦)の話題が少なくなってからは,新御三家はビッグスリーと呼ばれることも増えた。
すきま風(2015.6.30)
昭和51年,詞:いではく,曲::遠藤実,唄::杉良太郎
「人を愛して人は心ひらき」と始まる歌。NET(テレビ朝日)系ドラマ『遠山の金さん』のエンディングテーマ曲。
「いいさそれでも生きてさえいれば」「いつかしあわせにめぐりあえる」,幸せに巡り合ったとき「熱い涙をながせばいい」とこの時代には珍しくなった詞だとおもう。
ただ,「生きてさえいれば」というのが「人を愛して・・・傷ついて」とか「夢を追いかけ・・・つまずいて」という状況でのことらしい。昔だったらこの程度では普通のことで,「生きてさえいればそれでいい」というほどではなかったのではないだろうか。
長い間続いた高度成長もオイルショックで昭和49年には狂乱物価と言われるほどのインフレ傾向になり,公定歩合が引き上げられ,戦後初のマイナス成長となった。高度成長が続く間に人々は逆境に対する耐性を失ったのであろうか。
それにしても,幸せに巡り合ったとき初めて涙を流すというのはかなり昔の感覚ではなかろうか。私が知っている昭和の歌では結構涙を流している(流さずこらえる歌も多いが)。少々の悲しみでは涙が浮かばないのはひょっとしたら新しいのかもしれない。
すきま風(2017.4.19)
昭和51年,詞:いではく,曲:遠藤実,唄:杉良太郎
「人を愛して 人は心ひらき」と始まる歌。
NET(現テレビ朝日)系の連続ドラマ『遠山の金さん』(主演:杉良太郎)の主題歌。
「すきま風」に悩まされることがあっても「いいさそれでも 生きてさえいれば」と前向きである。
遠山金四郎の物語とこの歌詞との関係はよく解らないが,日の当たらない庶民の味方ということなのだろうか。
遠山金四郎の物語は映画やテレビドラマに何度もなっている。映画では東映の片岡千恵蔵のシリーズが有名だが,テレビでは各局で制作されており,金四郎を演じた役者としては坂東好太郎,夏目俊二,坂東鶴之助,中村梅之助,市川段四郎,橋幸夫,杉良太郎,高橋英樹,松方弘樹,松平健などがいる。
スローバラード(2019.12.21)
昭和51年,詞:忌野清志郎・みかん,曲:忌野清志郎・みかん,唄:RCサクセション
「昨日はクルマの中で寝た あの娘と手をつないで」と始まる歌。
最後は「ぼくら夢を見たのさ とってもよく似た夢を」と終わるのだが,この夢というのが解らない。寝ている間に夢を見たというようにも感じられるが,この歌詞全てが夢の内容かとも思える。歌詞全てといっても,私には大した意味がある内容とは思えない。
結局何の歌か解らない。
青春時代(2011.10.7)
昭和51年,詞:阿久悠,曲:森田公一,唄:森田公一とトップギャラン
「卒業までの半年で」で始まる。
この頃,PbSnTeという材料を使って,スピン・フリップ・ラマンレーザを作ろうとしていたのだが,上手くいかなかった。それで同じ材料を使って,より簡単な赤外線検出器の研究に変わったのだ。レーザはある程度までの品質に達しないと全く出力が得られないが,検出器は良い物は良く,悪い物もそれなりに出力がでてくるのでデータがとりやすいのだ。「青春時代の真ん中は道に迷っているばかり」だった。
この頃が青春時代の真ん中なら,常在青春と思っていたが,もう青春は終わってしまったのかもしれない。現在は「あとからほのぼの思」っているような状況である。
セクシィ(2019.5.7)
昭和51年,詞:下田逸郎,曲:下田逸郎,唄:下田逸郎
「子供みたいに 笑うあなたが 急に黙って セクシィ」と始まる歌。
石川セリに提供した曲のセルフカバー。
「つぶやくあなた セクシィ」とか「二つの心 セクシィ」とか,何か一言いう度に「セクシィ」と付けている印象を受ける。この言葉しか頭に無いのだろうか。
当時の私にも今の私にも共感するところのない歌。
世間(2016.8.31)
昭和51年,詞:鳥井実,曲:叶弦大,唄:小林旭
「誰かが幸せになるために誰かが不幸になる」から始まる台詞が冒頭にあり,歌は「籠の鳥よりまだつらいだろ」と始まる。間奏の間にも「道端に咲く花はきれいなもんです まして日陰に咲けば」と始まる台詞が入る。
最後の「そんなお前も意固地な奴さ」の高音など,小林旭としっかり結びついてしまっている。ただ、スクリーンから受ける私の勝手な印象だが,歌詞の内容は小林旭より高倉健に合っているように感じる。
線香花火(2018.10.25)
昭和51年,詞:さだまさし,曲:さだまさし,唄:さだまさし
「ひとつふたつみっつ流れ星が落ちる」と始まる歌。
お盆明けの夜空の下,二人で別れの花火をしている。別れといっても「いつ帰るの」と聞くくらいだから,二度と会えないわけではないが,次に会えるのは何時かは判らない。
「線香花火を持つ手が震え」「火玉がぽとりと落ちて ジュッ」
何となく二人の将来を暗示しているようで,淋しい。
ソウルこれっきりですか(2018.1.1)
昭和51年,唄:マイナー・チューニング・バンド
横須賀ストーリーをベースにきみ可愛いねや春一番などを1フレーズづつメドレーで唄う歌。13曲が入っているのではないか
『演歌チャンチャカチャン』1)のアイドル歌謡版だ。この歌の方が古いようだが,跡から出た『演歌〜』の方が有名なように感じるのは,『ソウル〜』に登場する歌は活躍中のアイドルによる唄を観ながら聴くほうが良いと感じる人が多かったからではないか。アイドルファンは特定のアイドルファンで,演歌ファンは特定の歌手ではなく演歌というジャンルのファンであることが(当時は)多かったからかもしれない。
1)「演歌チャンチャカチャン」(昭和52年,唄:平野雅昭)
たえこMY LOVE(2017.5.12)
昭和51年,詞:吉田拓郎,曲:吉田拓郎,唄:吉田拓郎
「たえこMY LOVE 雨の中を 踊るように消えていった」と始まる歌。
詞も曲も私には共感が持てない。
先ず,詞が理解できない。ある種の雰囲気は感じるが,少なくとも理系の文ではない。論理が見えないのだ。「男は明日を 女は昨日を」「かみしめていた」と想いのベクトルが異なる方向を向いているため気持ちがかみ合わないことを表しているのだろう。その状況に忠実に詞にしたら論理的でない詞になったということなのだろうか。
曲はフラストレーション発散のための曲のように感じる。想いが伝わらないもどかしさにキレてるのではないか。何となくジコチュー男の歌のように感じる。
冷たい雨(2018.2.21)
昭和51年,詞:荒井由実,曲:荒井由実,唄:ハイ・ファイ・セット
「冷たい雨にうたれて 街をさまよったの」と始まる歌。
喧嘩でもしたのだろう。頃合いをみて戻ってみたら「あなたの靴と だれかの赤い靴」,もう戻れないことは判ったが「こんな気持のままじゃ どこへも行けやしない」という歌。
ニュー・ミュージックとしか言いようがない曲。
東京砂漠(2015.7.28)
昭和51年,詞:吉田旺,曲:内山田洋,唄:内山田洋とクール・ファイブ
「空が哭いてる煤け汚されて」と始まる歌。
「あなたがいれば ああ あなたがいれば 陽はまた昇る この東京砂漠」と繰り返されて終わる。砂漠の太陽というのは灼熱地獄の象徴のように感じられるが,この歌詞からは東京砂漠での「陽」は明るさと暖かさを表しているように思われる。
いしだあゆみも『砂漠のような東京で』1)と唄っていたが,ウェットな人間関係の田舎から上京した者にとって,親戚・友人に対する赤の他人の比率が,圧倒的に後者が多い東京では人間関係がドライに感じられ,砂漠のように感じられるということだろうか。生きていくだけで精一杯だった時代から,少し余裕がでてきた時代とも言える。皆が貧しく苦しかった時代が過ぎ,同レベルと思っていた人々の中にも格差を実感し始める人が出てきたのだろう。もちろん,雲の上の人は昔からいたのだが。
その東京砂漠でも「あたなの傍で ああ 暮らせるならば つらくはないわ」という歌。何となく昭和を感じる。
遠くで汽笛を聞きながら(2014.5.6)
昭和51年,詞:谷村新司,曲:堀内孝雄,唄:アリス
「悩みつづけた日々が」と始まる歌。「何もいいことがなかったこの街で」生きていこうと諦めにも似た悟りを開いたような歌。
心の持ちようにもよるが,他人がうらやむようないいことが次々と起こることは普通はない。「何もいいことがなかった」というのは普通のことだ。それでも人によっては他人から見たらつまらぬことにも喜びを感じ小さな幸せを感じることが出来る。
「俺を見捨てた女を」とあるので,このことで頭が一杯で今は「何もいいことがなかった」と思っているのだろうが,時が問題を解決してくれるだろうということは感じているようだ。悟りに近い状態にあるから,そのうちに立ち直るだろう。それまでの間このような歌を唄って悲しみを癒せばよい。
遠くで汽笛を聞きながら(2016.2.16)
昭和51年,詞:谷村新司,曲:堀内孝雄,唄:アリス
「悩みつづけた日々が まるで嘘のように」と始まる歌。
いつか忘れられる時まで心を閉ざしてひっそりと生きて行こうという歌。「何もいいことがなかったこの街で」と終わる。青春の歌だ。
若い時にはこのように思ったこともあった。人によってはひっそりと生きることさえやめてしまおうと考える人もいるようだ。このような人はその悩みがいつか忘れられる時がくるとは思えないのだろう。それが若いということならば,谷村や当時の私は既に若さを失いつつあったのかもしれない。
人によってはその後何かいいことがあるかもしれない。しかしそのような人はそれほど多くはないのではないだろうか。いいことがあっても,当然だと考えたりして,それがいいことだと気づかないのが青春だ。年をとるにつれ,何もないことがいいことだと思えるようになる。何もいいことがなかったと思えた時代も懐かしくなる。
時(2016.10.2)
昭和51年、詞:塚原将,曲:小椋佳,唄:中村雅俊
「街角で偶然に出あった とても とても 遠い日」と始まる歌。
「時に長さがあるなんて」,「時がすべて流すなんて」,「時はもとに戻れないと」と,明確に詞には書かれていないが,想いを打ち明けようと言葉を捜しているうちに時を逸して今はもう会えないということなのだあろう。小椋らしいと思ったが詞は小椋じゃなかった。
私のイメージでは,中村ならもっとさりげなく言葉に出しているように感じるので,詞と歌手のイメージが若干合致しないのだが,唄う雰囲気は十分この歌の気分に合っている。
どうぞこのまま(2013.5.1)
昭和51年,詞:丸山圭子,曲:丸山圭子,唄:丸山圭子
「この確かな時間だけが」と始まる歌。「どうぞこのまま」が何度もでてきて印象的。演歌の世界を軽快なボサノバのリズムにのせ,フォークシンガーのような唄声も爽やかで良い歌だ。
Paul MauriatやRaymond Lefèvreのイージーリスニングを聴き慣れた耳には心地よく響く。歌詞も悪くないのだが,私は曲のほうが好きで,曲だけが耳に残り,歌詞は「どうぞこのまま」だけを聴いていた。当時の私の実生活は「このまま」から脱出したいという生活だったのだが。
ドリーム(2017.9.6)
昭和51年,詞:阿久悠,曲:筒美京平,唄:岩崎宏美
「あなたにとどけ あなたにとどけ」と始まる歌。
最後の「どんなにか どんなにか ああ いいでしょう」が耳に残る。
この歌の歌詞は別として,岩崎の声を聴いているだけで心地よい。
泣いて昔が返るなら(2016.11.1)
昭和51年,詞:星野哲郎,曲:叶弦大,唄:小林旭
「昔恋しい伊勢佐木町の 夜はあなたのおもいでばかり」と始まる歌。
「涙ぽろぽろ 涙ぽろぽろ 泣いて昔が返るなら」が印象に残る。
ややハスキーな小林旭の高音が素適だ。
泣かないわ(2021.2.16)
昭和51年,詞:阿久悠,曲:森田公一,唄:桜田淳子
「頬ぬらす涙 そのままにして 少しよろめく足で ひとり私は歩く」と始まる。
なにがあったかは触れられていないが,「私平気 きっと明日は元気になるわ だけど木間はだめよ 泣けるだけ泣くわ」とタイトルに反して泣くようだ。泣くだけ泣いた後,ようやく「泣かないわ 泣かないわ」と終わる。
取り立てて言うほどの中身は私には見つけられない。ただ,昔の音源で聴くと,後のアイドルたちとは比べ物にならないほど明瞭に歌詞を発音していて非常に聴きやすい。
夏が来た!(2015.8.25)
昭和51年,詞:穂口雄右,曲:穂口雄右,唄:キャンディーズ
「緑が空の青さに輝いて 部屋のカーテンと同じ色になっても」と始まる歌。
これといったメッセージは伝わって来ないが,ハッピーな気分は伝わってくる。アイドルソングだろう。今,この詞を眺めると,軽薄な若者の詞としか思えないが,当時は少しぐらい元気がでないときでも,このような歌を聴き,テレビで映像をみると少しやる気がでてきたような気がする。
本当に落ち込んでいるときはこのような曲はうるさいだけだ。でも,テレビの中では彼女たちはいつも元気よく唄っている。そんな気分じゃない日もあるだろうに,仕事だから仕方なく唄うこともあるだろうが,いつも画面の中での彼女たちは元気だ。よし,私ももう少し頑張ってみよう。
夏にご用心(2016.3.15)
昭和51年,詞:阿久悠,曲:森田公一,唄:桜田淳子
「夏は心の鍵を 甘くするわご用心」と始まる歌。
うーん。私には関係ないが,桜田淳子には合っているのではないだろうか。
当時,どのような気持ちでこの歌を聴いたのかまったく思い出さない。あまり関心がなく,聞き流していたのだろう。桜田淳子ファンが近くにいて,この歌もよく聞いたが,私が思い出すのは彼のことばかりだ。
浪花節だよ人生は(2017.6.4)
昭和51年,詞:藤田まさと,曲:四方章人,唄:小野由紀子
「飲めと言われて 素直に飲んだ」と始まる歌。
詞は昭和の歌謡曲,曲は浪花節というより浪曲歌謡に近い歌謡曲だ。
昭和56年二代目木村友衛,その後歌手16人が競作しているので,歌手には何らかの理由で人気があったのだろう。昭和59年には紅白で水前寺清子と細川たかしが同曲対決している。
涙のシークレット・ラヴ(2020.3.27)
昭和51年,詞:宇崎竜童,曲:宇崎竜童,唄:ダウン・タウン・ブギウギ・バンド
「シークレット・ラヴ 愛されても溜息ばかりが」と始まる。
結局,「音をたてて 絆が切れた」つまり破局だ。シークレットだったので「想い出さえ 誰にも言えずに」「ぬけ殻みたい」になっているという歌。
周囲に祝福されていない愛はこのような結末になる可能性がある。昔なら,このような場合は覚悟を持っていただろうから,最後に抜け殻になることもなく,自分だけの想い出としてその後を生きただろう。この頃は覚悟が足りないというか,人生すべて甘く考えているのではなかろうか。
ねえ!気がついてよ(2017.9.20)
昭和51年,詞:阿久悠,曲:大野克夫,唄:桜田淳子
「ねぇ!気がついてよ早く よそ見などしないで」と始まる歌。このフレーズは何度も繰り返される。
昔も今も私には十八の少女の気持ちは解らないが阿久悠には解ったのだろうか。阿久は桜田に唄わせようと書いたのだろうが,桜田にはこの詞が合うと考えたのだろうか,この詞のように桜田を育てていこうと考えたのか。
昭和末期の多作作詞家というと秋元康,阿久悠,松本隆などが思い浮かぶ。この三人の中では阿久の詞が最も私の感性に近いと思うのだが,他の多くの昭和後期の作詞家のヒット曲の多くが私の感性に近いのに対し,上記三人のヒット曲の中には私の感性と合わないものが少なくない。この詞も私の感性とは合わないが,そういうものかもしれないとも思う。
20才の微熱(2025.3.12)
昭和51年,詞:橋本淳,曲:筒美京平,唄:郷ひろみ
「あてもないのに 誰かがほしくて 汗ばむ街へ 出かけた」と始まる。
最後は「おんなっぽく まぶしいよ」と終わるのだが,歌詞は最初から最後までが一連のストーリーになっており,解り易い。一例をあげると「やさしく会釈したのに ひそひそ噂して 逃げるよに 背中むけた」など,目に見えるようだ。
曲も,郷ひろみによく似あっている。特徴的なフレーズ「いそぐ いそぐ いそぐ」を聴くと,ああ郷ひろみだと感じる。
春一番(2014.6.16)
昭和51年,詞:穂口雄右,曲:穂口雄右,唄:キャンディーズ
「雪が融けて川になって流れてゆきます」と始まる歌。
若者の歌であろう。雪融け水は冷たい。春一番も暖かいとは言えないが確かに春が始まりつつある。しかし「もうすぐはぁ〜るですねぇ」といいつつも,気分は既に春だ。「重いコート脱いで出かけませんか」と声を掛けられれば,引き籠りの若者も外に出てみようかと思うのではないか。曲もキャンディーズの歌声も春の喜びにあふれて,springのように飛び跳ねているような感じだ。自分が気分が良いときにこの歌を聴くとますます元気がでてくる。
この歌詞の一部には「水をけってカエルの子が泳いでいきます」とあるが,ここだけは少し理解できない。最近カエルも見ないので確認はできないのだが,子供の頃の記憶では,雪融け水から水温が上がり,水温むという時期水辺で遊ぶようになってもカエルは卵だったような気がする。蛙の卵はしばしば見た。しばらくしてからおたまじゃくしになり,足が生えてカエルになるが,足が生えて水をけることができるようになるのは雪融け水の時期とはかなりずれているのではないだろうか。カエルの種類が違うのかもしれない。
雪融けの歌に『春になればしがこもとけて』1)というのもあるが,これは炬燵の中でおばあさんが小さな孫に春を待つ気持ちを伝えているような歌だ。
1) 「どじょっこふなっこ」(昭和11年,詞:豊口清志,曲:岡本敏明)作詞者不詳で東北地方わらべ唄とする記事も多い。
春うらら(2017.6.29)
昭和51年,詞:最首としみつ(補作詞:中里綴),曲:田山雅充,唄:田山雅充
「みぞれ混りの春の宵 二人コタツにくるまって」と始まる歌。「ああゥー・・・ああゥー 春うらら」が印象に残る。
いいほうに解釈すれば小さなことにも幸せを感じているようで微笑ましいように見えなくもないが,社会との関わりが見えず,内に閉じこもっているようにも見え,いい若い者がそんなことでいいのかと言いたくなるような詞だ。社会から逃避しているように感じてしまう。
パタパタママ(2015.9.15)
昭和51年,詞:高田ひろお,曲:佐瀬寿一,唄:のこいのこ
「パタパタママ パタパタママ」の繰り返しで始まる歌。
『ひらけ!ポンキッキ』1)の中で使われた歌。
主要な歌詞は「6じ あまど パタパタ うるさいな」から始まり「7じ おなべ ケロケロ だいどころ」と続き,「7じ ゆうしょく パクパク ママよくたべる」まで1時間ごとのママの様子が続く。最後は「もう8じ そろそろぼく パジャマをきて おやすみさ」と終わる。
なお,午前と午後の間奏部は「パクパクママ パクパクママ」の繰り返しだ。
昭和50年,結城アンナが『わたし,つくる人』と言うのに対し,佐藤祐介が『ぼく,食べる人』と笑顔で答えるインスタントラーメンのCMに対し,『従来の性別役割分業をより定着させるもの』との抗議があり,このCMは中止された。この歌も『ママの役割を定着させる』ようにも感じられる。しかし,かなりヒットしたと思うが,この歌に関して同様な抗議があったかどうかは不明だ。
1) 「ひらけ!ポンキッキ」:昭和48年から平成5年までフジテレビ系で放映された子供向け番組。午後だった放映時間が昭和50年から朝になった。後継番組は「ポンキッキーズ」
パールカラーにゆれて(2013.2.27)
昭和51年,詞:千家和也,曲:佐瀬寿一,唄:山口百恵
「街は恋するものたちの港」と始まる歌。
6月に『横須賀ストーリー』で阿木の詞を唄って大ヒットしたが,再び9月には千家の詞に戻った。千家の詞はデビュー曲から続いており,背伸びをした女の子という詞が,その女の子も次第に成長してきていたのだが,阿木の詞は一気に成長過程を飛び越え,アダルトな女性に変身させてしまった。この千家の詞は,再び従来路線の延長で,成長したので無理やり背伸びをする必要がなくなった元女の子の歌というところだ。
歌詞には理解不能な箇所があるが,山口百恵はそのようなことを気にせずに唄いきっている。この歌は自分に引き寄せて聴くのではなく,絵を眺めるような気分で聴けば,所詮は他人事なので理解不能な箇所も気にならずに,聴くことができる。良い曲のように聞こえるのは山口百恵の歌唱力のせいではないかと思うのだが。
パールカラ−にゆれて(2017.10.2)
昭和51年,詞:千家和也,曲:佐瀬寿一,唄:山口百恵
「街は恋するものたちの港 落葉はひき潮の浜辺」と始まる歌。
前曲の『横須賀ストーリー』1)に続き,オリコン1位を獲得している。
デビュー以来,千家が山口に書いてきた詞は背伸びしている少女の詞だったが,この数曲前からそのような傾向が見えないようになってきた気がする。これはドラマ等からの制約を受けたからかもしれない。しかし阿木が初めて山口に書いた詞のヒットを見て千家も路線を変えたのかもしれない。この後,山口は阿木の詞を何曲も唄うが,千家と異なり阿木は種々の異なるテイストの詞を書いている。山口と阿木は進むべき方向を模索していたのかもしれないと感じる。
1)「横須賀ストーリー」(昭和51年,詞:阿木耀子,曲:宇崎竜童,唄:山口百恵)
陽ざしの中で(2022.12.14)
昭和51年,詞:関真次,曲:吉川忠英,唄:布施明
「坂道を下って 走り寄る君がいた」と始まる。
すぐに明かされるが,これは夢の中の話だ。
「白い陽ざしがまぶしすぎて もう君をさがせない」と終わるのだが,これも恐らく夢の中の話なのだろう。
たしかに夢の中に「笑顔の君がいた」のに,今では夢の中ですら見つけることができない。もちろん現実に君を見ることはできず「陽ざしの中で」というタイトルにもかかわらず悲しい歌だ。
ビューティフル・サンデー(2017.11.10)
昭和51年,詞:Daniel Boone/Rod McQueen,曲:Daniel Boone/Rod McQueen,唄:田中星児
「さわやかな日曜 降りそそぐ太陽 ヘイヘイヘイ イツア ビューティフル デー」と始まる歌。
日本語詞:亜美ゆう というのが私の昔のメモにあるが,現在出典を確認していない。
ダニエル・ブーンが唄った原曲の発売は昭和47年である。またトランザムも松本隆の詞を唄っている。
曲の雰囲気も爽やかな日曜日という雰囲気にぴったりだが,キリスト教徒は日曜日は教会に行くのでこの日本語詞の雰囲気は少し違うのではないかと思ってしまう。原詞はどうなっているのか知らないが,日本語詞は日本の晴天の日曜日にピッタリだ。
歩(2018.1.23)
昭和51年,詞:関沢新一,曲:安藤実親,唄:北島三郎
「肩で風きる王将よりも」と始まる歌。
「歩のない将棋は負け将棋」、「いつかと金で大あばれ」「後にゃ引かない俺のみち」と自分を将棋の駒の「歩」になぞらえている。一歩一歩前に進むしか能がないと自覚しているのだろう。「歩には歩なりの意地がある」とあり,今は軽輩だがいつかは大暴れしてやるという演歌なので,頑張れと応援したくなる。
しかし「歩」はたとえ「と金」になっても他の「成金」と同等になるだけだ。単独では「龍」や「馬」には到底かなわない。決定的な役割を果たせるのは他の駒との共同作業によってだけだということを忘れているのではないか。
ファンタジー(2016.4.28)
昭和51年,詞:阿久悠,曲:筒美京平,唄:岩崎宏美
「ギターの弦(いと) 人さし指 はじいてひいて」と始まる歌。
「あのひとからいわれた 悲しいさよならを」と「半日前」「今朝のこと」を思い出しながら「あなたのこと考えてる」。「あのひと」と「あなた」は別の言葉を使っているので別人と解すこともできるが,同一人物だろう。
「二月前」,「一月前」の「あなた」との想い出のあと「半日前」の「あのひと」の「さよなら」。同じ人とは思えない心が表現を変えてしまったのだろう。
知り合って二月での破局だが,この詞のどこが「ファンタジー」なのか私には理解できない。夢のように思えるかも知れないが,ファンタジーではないだろう。
フィーリング(2012.11.6)
昭和51年,Morris Albert・Louis Gaste・Mauricion Kaiserman,日本語詞:なかにし礼,曲:Morris Albert・Louis Gaste・Mauricion Kaiserman,唄:ハイ・ファイ・セット
「ただ一度だけのたわむれだと知っていたわ」と「その場かぎりの」愛の歌である。ハイ・ファイ・セットの歌はフォーク・ソングなのかニュー・ミュージックかよく知らないが,素人っぽいフォーク・グループというよりきれいなコーラスだ。山本潤子の声がとても聞きやすく素敵だ。「フィーリング woh woh woh」がどういう意味か理解できないが,フィーリングで聞けばよいのだろう。
感性だけで刹那的な愛に生きると言っているが最後に「泣かないわ」と伝統的な心の底を見せている。
この年,日本ビクターはVHSビデオを発表,発売を開始した。その後のベータとの戦争1)は日本の電子工業界に教訓として何を残したのだろうか。
1) 昭和50年にソニーが発表したベータと日本ビクターのVHSが他の方式に比べて格段に優れていたので,東芝・三洋電機・NEC・ゼネラル・アイワ・パイオニアはベータに,松下電器産業,シャープ,三菱電機,日立,船井電機はVHSに加わり,世界を二分して戦った結果VHSが勝利した。勝敗を分けた原因のひとつがVHSが画質を多少犠牲にしても録画時間を長くしたことであるように言われているが,他の要因も多い思う。
フィーリング(2015.2.19)
昭和51年,詞:Morris Albert, Louis Gaste, Mauricio Kaiserman,日本語詞:なかにし礼,曲:Morris Albert, Louis Gaste, Mauricio Kaiserman,唄:ハイ・ファイ・セット
「ただいちどだけの 戯れだと知っていたわ」と始まる歌。
「今 あなたと私が 美しければそれでいい」と刹那的な愛をうたっているようで,歌詞を文字で読むとそれほど好みではないのだが、山本潤子の素晴らしい歌声が全ての欠点を覆い隠している。曲も歌声と合っているのだろう。名曲だと思う。
ペッパー警部(2013.1.3)
昭和51年,詞:阿久悠,曲:都倉俊一,唄:ピンク・レディー
「ペッパー警部邪魔をしないで」と始まるピンク・レディーのデビュー曲。
阿久悠がどのような意図でこの詞を書いたのか知らないが,阿久・都倉共にキャンディーズとは違う曲をと意図してはいただろう。
振り付けも当時としてはかなり動きの激しいものだったが,その運動量にも係らず,後のアイドルソングに比べるとはるかに明瞭に歌詞が聞き取れる。
歌詞自体は『若いお巡りさん』1)を思い起こさせるが,「ペッパー警部」というのはどのような人なのだろう。
警部というのは警察官の階級としては警視総監を1位とすれば6位に相当し,西部警察2)で言えば大門巡査部長(渡哲也)より2階級上で木暮警視(石原裕次郎)の一つ下だ。Gメン753)なら黒木警視(丹波哲郎)の一つ下で立花警部補(若林豪)の一つ上だ。若いお巡りさんに登場するのは階級9位(最下位)の巡査だろうから,市中を巡回し犯罪を未然に防ぐのが任務の一つで,巡回中にアベック4)をみつけて声をかけたのだろう。しかしペッパー警部は巡回には出ないのではないか。
まあシムノンのメグレ警部,ピンク・パンサーのクルーゾー警部,名探偵コナンの目暮警部にルパン三世の銭形警部,十津川警部などと多くの警部がいるので,警官の階級として思わず警部というのが出たのだろう。
この歌がでたとき,また,変わったのが出てきたと感じはしたがピンク・レディーがその後あれほどの人気者になるとは予想できなかった。
1) 「若いお巡りさん」(昭和31年,詞:井田誠一,曲:利根一郎,唄:曽根史郎)
2) 西部警察:昭和54年〜,テレビ朝日系テレビドラマ
3) Gメン75:昭和50年〜,TBS系テレビドラマ
4) 若い男女のカップル
用例: 「アベック同士のすれ違い」
出典「おさななじみ」(昭和38年,詞:永六輔,曲:中村八大,唄:デューク・エイセス)
ホネホネロック(2016.11.30)
昭和51年,詞:高田ひろお,曲:佐瀬寿一,唄:子門真人
「ひとくいしゅうちょうが おおだいこ つきよにこっそり たたいたら」と始まる歌。
フジテレビ系で放映されていた『ひらけポンキッキ』で流された。同じく,同番組で流されていた『パタパタママ』1)のB面曲。
博物館の恐竜を始め,いろんな場所で死体や骨が踊り出すという歌。どこかは知らないが一部に現在の放送コードに抵触する詞があるらしく,現在この歌の一部は放送されないそうだ。
「ホネホネロック ホネホネロック」と繰り返して終わる。
1)「パタパタママ」(昭和51年,詞:高田ひろお,曲:佐瀬寿一,唄:のこいのこ)
ぼくの妹に(2017.11.30)
昭和51年,詞:岩谷時子,曲:弾厚作,唄:加山雄三
「ぼくの妹なら 愛ひとすじに 生きぬいておくれ」と始まる歌。
近々嫁に行こうとしている妹に話しかける歌。妹に対する思いと娘に対する思いが同じなのか違うのか,違うとすればどのようにちがうのかが解らない。なんとなく,加山雄三の好青年ぶりを印象づけるために岩谷が書いた優等生的詞と解釈するのは私の邪推が過ぎるのだろうか。
盆帰り(2013.11.25)
昭和51年,詞:小椋佳,曲:小椋佳,唄:中村雅俊
「君が着た花がすり君が舞う花まつり」と始まる歌。
「汽車に乗れば故郷の手土産の一輪の花の色あせることを知りながら」というサビの部分,あるいは最後の「ララララ ララララ ララララ ラララ」など小椋佳らしい。このあたりはメロディーから小椋らしさを感じるのだが,歌詞は全体に小椋らしさが滲み出ている。悪意を持って評をするならワンパターンだが,加藤登紀子などよりはるかに良い意味での東大らしさがでていて好ましい。荒井由実のように独創性がほとばしるというふうには行かないが,独自の型をつくり安定しているように感じる。
この歌では中村雅俊が十分感じられず,小椋佳のほうが強くでていると感じる。
未来(2015.10.6)
昭和51年,詞:阿久悠,曲:筒美京平,唄:岩崎宏美
「あゝ私の未来はあなたと同じ」と始まる歌。
ハッピーソングである。岩崎宏美と同期デビューには太田裕美,岡田奈々,片平なぎさらがいるが,歌唱に関しては岩崎が最も私の好みに合致している。岩崎と堀越学園高校同期の森昌子と比較すると,ジャンルが異なるので甲乙つけがたいが,私は演歌好きということから森に軍配を上げる。容姿や唄の良し悪しではない。歌の好みだ。もっとも,山口百恵は別格だ。
何人か名前を挙げたが,彼女らは当時のアイドルだったが今のアイドルタレントとは違う。大歌手の卵であり雛だった。
目覚めた時には晴れていた(2016.12.31)
昭和51年,詞:阿久悠,曲:坂田晃一,唄:伝書鳩
「目覚めた時にはいつでも晴れてる あなたとわたしの愛のくらし」と始まる歌。
「あまりに愛して」「息苦しくなる」とフォークの典型と言ってもよい歌声で幸せの中での不安を唄う。
いつも不安を抱えているというのは心の病気だろうが,「いつでも晴れてる」と感じるのも脳天気だろう。これらのバランスをとって生きていくしかない。歌声はやや哀愁を帯び,この曲によく合っている。
他に,赤い鳥,ビリーバンバン,朝倉理恵などが唄っている。
もう一度逢いたい(2020.5.24)
昭和51年,詞:山口洋子,曲:野崎真一,唄;八代亜紀
「あんな男と 言いながら 今日も来ました 港町」と始まる。
「さようならも聞えない」「情なしの うつり気の」男だが,「別れても 離れても 愛してる もう一度 逢いたい」ということらしい。恋心は理性では制御できないものだから,時が想い出に変えてくれるまで待つしかないだろう。
八代の歌唱はメソメソしていないので,吹っ切れるのも近そうな印象を受ける。
山口さんちのツトム君(2014.7.20)
昭和51年,詞:みなみらんぼう,曲:みなみらんぼう
「山口さんちのツトムくん このごろすこしへんよ」と始まる歌。
最近ツトム君は引きこもりがちだと思っていたが,母親が田舎から帰ってきたら元通り元気になったという歌。
この曲のヒットを受け,『ユミちゃんの引越し〜さよならツトム君〜』1)が作られており,この続編から「山口さんちのツトムくん」が幼馴染のユミちゃんの視点で歌われていることがわかる。ユミちゃんの視点だとすると私は若干違和感を持つ。なにかもっと大人の視点のように感じるのだ。
1)「ユミちゃんの引越し〜さよならツトム君〜」(昭和51年,詞:みなみらんぼう,曲:みなみらんぼう)
夕焼け雲(2015.10.27)
昭和51年,詞:横井弘,曲:一代のぼる,唄:千昌夫
「夕焼け雲に誘われて 別れの橋を越えてきた」と始まる歌。
別れの思い出の歌である。この歌詞ができた事情は解らないが昭和30年代のテイスト,少なくとも10年以上は時代に遅れた歌のように感じる。
「花が咲くまで帰らない」と決意して別れて来たが,予想していたより長い間「帰りたいけど帰れない」というのだから別れたのはずっと前だから詞・曲ともに古いテイストなのかも知れない。昭和30年代・40年代は時代の変化が激しかったので時代の波に乗り切れなかったに男としては「ひとりの酒に 偲ぶ町」となるしか仕方ないのかもしれない。
夢で逢えたら(2017.2.3)
昭和51年,詞:大瀧詠一,曲:大瀧詠一,唄:吉田美奈子
「夢でもし 逢えたら 素敵なことね」と始まる歌。
『うたた寝に恋しき人をみてしより夢てふものは頼みそめてき(小野小町)』と古今集にもあるように,昔の人も夢をみた。小野小町の時代には相手の想いが夢に現れると考えられていたようだ。この歌では「あなたに逢えるまで眠り続けたい」とあるが,自分の想いの強さで相手の夢を見ることができると考えているのか,相手が自分のことを想っているはずだから夢に現れるに違いないと思っているのかは不明だ。
いずれにせよ夢のある話で,このような夢は嫌いではない。しかし,曲は私好みではない。このような詞なら,もっとスローな曲をつけたい。
揺れるまなざし(2015.3.26)
昭和51年,詞:小椋佳,曲:小椋佳,唄:小椋佳
「街にひとふきの風 心にふれゆく今日です」と始まる歌。
詞はハッピーな状況を描いているのではないかとは感じるのだが,曲調は暗く小椋の唄い方もいつも通り暗い。サビの部分は少しは明るく感じるのだがすぐに暗くなって終わる。これが小椋なりの喜びの表現なのかも知れない。手放しでハッピーさを全開するのに照れるのか,『幸せの中で つきあたりを見ること』1)があるんじゃないかといつも心の一部が醒めているのだろうか。まあ,そのような感覚は理解できなくもなく,バカみたいにハッピーハッピーというより好感を持つ。
この曲は化粧品会社のCMにも使われた。
1)「傾いた道しるべ」(昭和50年,詞:小椋佳,曲:小椋佳,唄:布施明)
横須賀ストーリー(2012.9.9)
昭和51年,詞:阿木燿子,曲:宇崎竜童,唄:山口百恵
「これっきりこれっきり もうこれっきりですか」を何度も繰り返す歌。山口百恵はこの年から阿木・宇崎コンビの歌を唄い始める。
一緒にいても心ここにあらずという相手に,これが最後かと思いつつ惰性で抱かれる女の歌。千家和也は山口百恵に背伸びをした女の子を演じさせていたが阿木燿子は山口百恵を一気に大人の世界へ放り込んだ。2・3乙女チックな詞を書いてみたが,「イミテーション・ゴールド」や「プレイバックPart2」の世界のほうが百恵にあっていると考えたのだろう。私は,後の「しなやかに歌って」とか「さよならの向こう側」などより山口百恵の声・歌唱に合っていると思う。
嫁に来ないか(2013.7.1)
昭和51年,詞:阿久悠,曲:川口真,唄:新沼謙二
「嫁に来ないかぼくのところへ」と始まる歌。「からだひとつで」と終わる。第18回日本レコード大賞新人賞受賞。
加山雄三1)のイメージはブルジョワのお坊ちゃま,家に嫁入りという印象があるが,吉田拓郎2)はヒッピーに近い。ヒッピーとは違うことは判ってはいるが家のことは頭になく,二人だけの個人の関係だ。それに比べて新沼健二は農家のイメージだ。農家ではあるが,後継ぎのイメージは薄く,家を離れている。「嫁を娶る」と「結婚する」の違いは何かなどということは考えたこともなく,ただただ「きみのことあれこれと考えている」。家という観念は考えもしないが身体に浸み込んでしまっている。そんな印象を受ける。
1) 「お嫁においで」(昭和41年,詞:岩谷時子,曲:弾厚作,唄:加山雄三)
2) 「結婚しようよ」(昭和42年,詞:よしだたくろう,曲:よしだたくろう,唄:吉田拓郎)
わかって下さい(2012.7.15)
昭和51年,詞:因幡晃,曲:因幡晃,唄:因幡晃
「貴方の愛した 人の名前は」と始まる。「町で貴方に似た人をみかけると振り向いてしまう」。指輪はまだしたままにしているようなので未練たっぷりの女歌だ。揃いのティーカップはどうなったかしらなどと思っているので,男に新しいパートナーができたので別れたというわけでもないようだ。サビの部分,手紙を書くので「涙で文字がにじんでいたならわかって下さい」が印象的な歌だ。
しかし,この女性からこのような手紙は来ないだろう。私には,男が未練を残しており,去って行った女がこのように思っていて欲しいと願っている歌のように感じられる。自分の願いを女に写し,その虚像を描いた詞であろう。
別涙(2014.9.2)
昭和51年,詞:因幡晃,曲:因幡晃,唄:因幡晃
「白い旅行カバンを渡す時 そっとふれた貴方のやさしい手」と始まる歌。「泣いてついてゆきたいけれど 貴方には貴方の道がある」とあり女歌だろうが,男歌としても通用する。
因幡晃の声は優しい。
演歌になりそうな内容を新しい詞・新しいメロディーに乗せて歌うのはやはりニューミュージックの一種だろう。
わかんねェだろうナ(2015.10.29)
昭和51年,詞:元木すみお,進しげお,(原曲)中村雨紅,曲:(原曲)草川信,唄:松鶴家千とせ
「夕焼け小焼けで日が暮れて」と始まる歌。歌自体はよく知られた「ゆうやけこやけ」だが引き伸ばして唄い,最後まで途中で台詞がたくさん入る。台詞の一部を紹介すると「オレが昔夕焼けだったころ 弟は小やけだった 父さんが胸焼けで・・・」と続き「ワカンネーダロウナ」と締める。いろんな台詞がありその度に「ワカルカナ?」とか「ワカンネーダロウナ」が入る。
松鶴家千とせは漫談家だから,これは歌謡漫談,いや童謡漫談というべきものだろう。
Jolene<ジョリーン>(2019.2.15)
昭和51年,詞:Dolly Parton,曲:Dolly Parton,唄:Olivia Newton-John
「Jolene, Jolene, Jolene, Jolene I’m begging of you」と始まる昭和48年のDolly Partonの唄のカバー。
私の英語力は怪しいが,Joleneに懇願する歌だろう。内容は貴女は私と比べものにならないほど素適なのだから,どうか私の彼を盗らないでということのようだ。
私から見るとオリビアの美貌や美声は平均よりはるかに上で,このようなことは言われることはあっても言う立場に立つことはなさそうに思う。ドリー・パートンが唄ってこそ心情が伝わるというとドリーに失礼だろうか。
オリビアに伝えたい。外見の美しさだけが全てではないと。
Take Me Home, Country Roads〈カントリー・ロード〉〈故郷に帰りたい〉(2018.9.26)
昭和51年,詞:John Denver,Bill Danoff, Taffy Nivert,曲:John Denver, Bill Danoff, Taffy Nivert,唄:Olivia Newton-John
昭和46年にJohn
Denverが唄った歌を昭和48年イギリスでカバーした。日本でのシングル発売が昭和51年。
「Almost heaven, West Virginia Blue Ridge Mountain, Shenandoah
River」と始まるのだが,Olivia盤にはその前に「Country roads, take me home」で始まるサビの部分がコーラスでついている。
John Denverの唄は昔ながらのカントリー(の進化系?)に聞こえるが,Olivia Newton-Johnの唄はフォーク(の進化系?)のように聞こえる。それぞれに味がある。
Hotel California<ホテル・カリフォルニア>(2019.7.26)
昭和51年,詞:Don Felder, Don Henley, Glenn Frey,曲:Don Felder, Don Henley, Glenn Frey,唄:Eagles
「On a dark desert highway, cool wind in my hair」と始まる歌
走り疲れてホテルを見つけ入るのだが,そのとき「This could be heaven or this could be Hell」と感じた。いろいろあったが「Last thing I remember, I was running for the door」だ。そして「You can check out any time you like, but you can never leave」と言われる。
ほとんど聞き取れないのだが,歌詞を見るとそういうことらしい。曲は歌詞とよくあっていると感じる。若者の閉塞感(少し違うが適切な言葉を思いつかない)を表した歌だろう。